教授・真宮寺の秘密講義 〜阪神大賞典:不確定要素の解体新書〜《デブ猫競馬》


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第4章:高等演習――砂の城に君臨する五人の王

遠くから響く海峡の潮騒が、静寂に包まれた夜の研究室に微かなリズムを刻んでいる。開け放たれた窓から入り込む海風が、若葉の机の上に置かれたシーフード味のカップ麺から立ち昇る湯気を、白いリボンのように揺らしていた。エビと潮のジャンクな香りが、先ほどまでの張り詰めた空気を少しだけ緩める。

割り箸をパチンと心地よい音で割ってから、若葉がモニターを指差した。
「高級車がエンストしたなら、次は家族で仲良く安全運転のドライブや! 残った5頭のうち、まずは『ファミリータイム』! 家族の絆はどんな困難も乗り越える、日曜朝のアニメの基本ですやん! 前回のレースも銀メダルで絶好調やし、上位間違いなしちゃいます!?」

ずずっ、と勢いよく麺をすする若葉を見つめながら、真宮寺教授は呆れたように細い息を吐いた。

(家族の絆、ね。美しい言葉だけれど、ここは過酷な生存競争の舞台よ。温かな幻想は、冷酷なデータの前ではあっさりと崩れ去るわ)

「若葉、残念だけれどその家族旅行のドライブは、目的地にたどり着く前にガス欠で止まるわ。彼は今回のランキングで最下位、第5位よ」

「ええー!? なんでですか! 前回の銀メダルは本物の実力ちゃいますの? アニメならここから家族の力で覚醒する熱い展開やのに!」

むせそうになりながら抗議する若葉に、佐倉がカップ麺の容器の底をペン先で軽く叩いてみせた。
「若葉さん、前回のレースは彼にとって、すべての条件が奇跡的に味方しただけなんです。走りやすいコース、楽なペース……言うなれば、自転車でずっと追い風を受けて走っていたようなものです」

「追い風最高やないですか! そのままスイスイ行けるでしょ!」

真宮寺教授が、眼鏡のブリッジを中指でスッと押し上げる。
「問題は距離よ。彼が普段走っているのは2000メートルから2400メートルの『中距離』。今回はそこからさらに600メートルも長い未知の領域なの。追い風の魔法が解けた過酷な長距離マラソンで、中距離のスピードしか持たない彼が最後まで走り切れると思う? 途中で足が止まるのは火を見るより明らかよ」

「うわぁ……家族旅行、まさかの道中で力尽きた……! ドライブ繋がりでいくと、次は地球規模のお出かけや! 第4位は『アドマイヤテラ』! テラって地球って意味ですよね! スケールでかすぎ!」

カップ麺のスープを飲み干しながら、若葉が次のターゲットに目を輝かせる。

「スケールは大きいですが、彼が背負う荷物も地球並みに重いんですよ。だから第4位です」
佐倉がホワイトボードに『58キロ』と大きく書き込んだ。
「彼は過去に大きな大会で優勝しているため、ルールで今回一番重い58キロの重りを背負わされます」

「58キロ!? 私の体重より……いや、なんでもないです! でも重いって言っても、過去に優勝するくらい力持ちなんやから、プロなら余裕ちゃいます?」

真宮寺教授は静かに首を横に振った。
「過去の栄光は、今の彼を救ってくれないわ。最近のレースを見て。途中で走るのをやめてしまったり、大負けしたりしているでしょう? 明らかに体調のピークを過ぎているのよ。そんな疲れ切った体に一番重い荷物を背負わせて、一番過酷な長距離を走らせるの。奇跡を信じるには、あまりにもデータが残酷すぎるわ」

「地球、重力に負けて崩壊! ほな、次は地球を支配する皇帝や! 『マイネルエンペラー』! エンペラーは物語の終盤に立ち塞がる絶対的なラスボスですよ! でも最近ボロ負けしてるから、これは流石に最下位候補でしょ?」

若葉が勝ち誇ったように笑うと、真宮寺教授の唇がふっと弧を描いた。

「ふふっ。素人はそうやって彼を見くびるわ。でもね、彼こそが今回の第3位、最も美味しい存在よ」

「えっ!? なんでですか! 最近負けまくってるお爺ちゃんちゃいますの!?」

驚きで目を丸くする若葉に、佐倉が笑顔で解説を引き継ぐ。
「若葉さん、彼はスピード勝負が苦手なだけなんです。最近負けていたのは、距離が短くて周りのスピードについていけなかったから。でも、今回は3000メートルの長距離戦です。彼は過去に、これ以上の長い距離の大きな大会で優勝している『生粋のマラソンランナー』なんですよ」

「そう。上位の馬たちが重い荷物や距離の長さでバテていく中、彼だけは泥臭く最後まで走り続ける無尽蔵の体力を持っているの」
真宮寺教授が、長い指でデスクをトントンと叩く。
「みんながバテて足が止まる泥沼の消耗戦……それこそが、このラスボスが真の力を発揮する最高の舞台よ。最近の負けでみんなから忘れられている今こそ、狙い目なの」

「泥沼の持久戦で輝く泥臭いラスボス! 熱い展開や! 次は泥を洗い流す清らかな水! 第2位は『アクアヴァーナル』! アクアって水の女神ですね! 某異世界アニメの駄女神みたいに、実はめっちゃポンコツやったりして!」

若葉の冗談めかした言葉に、佐倉は真剣な表情で首を振った。
「いえ、彼女はポンコツどころか、長距離のスペシャリストです。そして最大の武器は『55キロ』という軽さです」

「あっ! さっきの皇帝とか地球は58キロ背負ってるのに、女神様は55キロでいいんですか!?」

真宮寺教授が深く頷く。
「ええ。女の子だからというルールの恩恵ね。たかが3キロと思うかもしれないけれど、最後に体力が限界を迎える長距離戦において、この3キロの差は決定的な武器になるわ。おまけに彼女は3000メートルの距離を得意としているデータが完璧に揃っている。重い荷物を背負った男たちを、軽い足取りでまとめて抜き去るポテンシャルを秘めた、恐ろしい女神よ」

「軽さは正義! 女神降臨や! ほな、残る堂々の第1位は……水の女神を導く熱血主人公! 『レッドバンデ』! レッドはいつだってスーパー戦隊のリーダーの色ですやん! でも、なんでこの子が1位なんですか?」

若葉が身を乗り出して尋ねると、真宮寺教授と佐倉は顔を見合わせた。

(同世代の頂点を決める過酷な戦いを生き抜き、最も成長する時期に、最も有利な条件を与えられた存在。彼を疑う論理は、このデータ上には存在しないわ)

「若葉さん、彼はまだ4歳の若者です。でも、同世代のトップが集まる3000メートルの全国大会で、見事に上位に入った確かな実力を持っています。スタミナは証明済みなんです」
佐倉が力強く説明する。

真宮寺教授が、その言葉に最後の決定的なピースを嵌め込んだ。
「そして何より、彼が背負う荷物は『56キロ』よ。実績のある先輩たちが58キロで苦しむ中、若い彼にはまだ重いペナルティが課されていないの。若さと実力、そしてルールの恩恵。すべてのデータが、彼こそが絶対的な主人公であると指し示しているわ。彼が今回の私たちの本命よ」

「おおおー! 燃える赤の主人公が、泥だらけのラスボスや重装備の先輩たちを打ち破る! めっちゃ論理的で美しいストーリーですやん!」

若葉が拍手喝采する中、研究室のホワイトボードには、下から順に5頭の名前が綺麗に並び上がっていた。