猫でも書ける短編小説
◀第10章:君のいない世界で生きる
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音声 VOICEVOX:白上虎太郎様 制作動画 YMM4Lite フリー素材 フリーBGM BGM:ベートーヴェン:ピアノソナタ 第8番 ハ短調 Op.13 「悲愴」 第2楽章 背景 フリーAI画像
素材ありがとうございます。 イラスト:意識低い系デブ猫
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第1章:目覚めない朝
目を開けたはずなのに、世界はぼんやりと霞んでいた。 音も、匂いも、温度も、全部が遠くて、まるで夢の中にいるようだった。 僕は、どこにいるんだろう。 身体が動かない。声も出ない。 でも、意識だけが、ここにある。
気づいたとき、僕は教室にいた。 窓から光が差し込んでいて、風がカーテンを揺らしていた。 その光景は、何度も見たはずなのに、どこか違っていた。 僕の席に、誰も座っていない。 いや、誰も座れない。 そこは、もう“空席”になっていた。
千紗が、僕の席を見つめていた。 彼女の目は、静かで、でも何かを堪えているようだった。 僕は、声をかけようとした。 「千紗」 でも、声は届かない。 僕は、もう“そこ”にはいないんだ。
事故の記憶は、曖昧だった。 春休みの終わり、坂道を下っていた。 風が気持ちよくて、少しだけスピードを上げた。 その先に、車がいた。 それだけだった。
痛みはなかった。 ただ、時間が止まっただけだった。 そして、気づけば、僕は“この世”と“あの世”の間にいた。
千紗は、僕のことを覚えていてくれた。 それが、嬉しかった。 彼女の目に、僕が映っている。 それだけで、僕はここにいる意味を感じた。
でも、彼女は泣いていた。 誰にも見せないように、静かに、そっと。 その涙が、僕の胸を締めつけた。 「ごめん」 そう言いたかった。 「ありがとう」 そう伝えたかった。
僕は、もう君に触れられない。 君の声も、君の笑顔も、君の怒った顔も、全部、もう届かない。 それが、こんなにも寂しいなんて、知らなかった。
でも、君が僕を思ってくれる限り、僕はここにいる。 それが、僕の“目覚めない朝”の始まりだった。
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第2章:君の涙を見た日
君が泣いているのを、僕は見ていた。 誰にも見せないように、そっと俯いて、袖で目元を隠して。 その仕草が、あまりにも君らしくて、僕は胸が痛くなった。
教室のざわめきの中で、君だけが静かだった。 誰も気づかないふりをして、誰も触れようとしない。 でも、僕は知っている。 君は、僕のことを忘れていない。 それどころか、僕の不在に、毎日、少しずつ傷ついている。
君が僕の席を見つめるたび、僕はそこに立っていた。 声をかけたかった。 「千紗、泣かないで」って。 でも、僕の声はもう届かない。 僕の存在は、もう“過去”になってしまった。
それが、こんなにも苦しいなんて、思ってもみなかった。 僕は、君の涙を止めることができない。 君の手を握ることも、背中を押すことも、もうできない。
君が図書室で、僕の読んでいた本を手に取った日。 君が通学路で、僕の影を探していた日。 君がベンチに座って、名前を呼んだ日。 全部、僕は見ていた。 全部、僕は君のそばにいた。
「好きだったよ」 君が初めてその言葉を口にしたとき、僕は涙を流した。 それは、誰にも見えない涙だったけど、確かに僕の心を震わせた。
君の涙は、僕の存在を証明してくれる。 君の言葉は、僕の心を救ってくれる。 だから、僕はここにいる。 君のそばに、静かに、優しく。
でも、君が前を向く日が近づいている。 それは、僕との別れの日でもある。 寂しいけれど、それが君のためなら、僕は笑って見送る。
君の涙を見た日、僕は初めて“死”の意味を知った。 それは、終わりじゃなくて、誰かの心に残ること。 君の中に、僕が生きているなら、それでいい。
ありがとう、千紗。 泣いてくれて、思ってくれて、 そして、僕を忘れないでいてくれて。
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第3章:図書室の窓から
図書室の窓から、君を見ていた。 君は静かに本棚の前に立ち、指先で背表紙をなぞっていた。 その仕草は、僕が知っている君そのものだった。 迷いながらも、確かに何かを探しているような、そんな目。
そして、君は一冊の本を手に取った。 それは、僕が最後に読んでいた本だった。 魔法の仕組みについて書かれた、少し難しくて、でも面白いやつ。 君は、ページをめくりながら、ふと立ち止まった。 そこには、僕が落書きした小さな星のマークがあった。
「……律」 君が僕の名前を口にした瞬間、空気が震えた気がした。 僕は、そこにいた。 君の記憶の中に、確かに生きていた。
それが、どれほど嬉しいことか、君にはきっと伝わらない。 でも、僕にはそれがすべてだった。 君の中に僕がいる。 それだけで、僕は存在している意味を見つけられた。
君は、窓の外を見た。 夕陽が差し込んで、君の横顔を柔らかく染めていた。 その顔は、少しだけ穏やかで、少しだけ寂しそうだった。
僕は、君のそばにいたいと思った。 でも、もうすぐ君は前を向く。 それは、僕との別れを意味する。 寂しいけれど、それが君のためなら、僕は笑って見送る。
君が本を閉じたとき、僕は静かに目を閉じた。 その音が、まるで一つの章が終わったように感じられた。
ありがとう、千紗。 僕を思い出してくれて。 僕の読んだ本を手に取ってくれて。 そして、僕の名前を呼んでくれて。
君の記憶の中で、僕は生きている。 それは、何よりも温かい場所だった。
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第4章:手紙を読んだ日
放課後の教室は、夕陽に染まっていた。 君が、僕の席にそっと手紙を置いたその瞬間、僕はそこにいた。 誰にも見られないように、誰にも気づかれないように。 君の手は、少しだけ震えていた。
その手紙は、僕に向けて書かれたものだった。 君が、僕に伝えられなかった言葉。 君が、ずっと胸にしまっていた気持ち。 僕は、静かにその手紙を“読んだ”。
『律へ あなたがいなくなってから、毎日が少しずつ色を失っていきました。 教室も、通学路も、図書室も、全部あなたの残像でいっぱいです。 本当は、ずっと言いたかったことがあります。 私は、あなたが好きでした。 あなたの声も、笑い方も、わがままなところも、全部。 言えなくて、ごめんなさい。 でも、今なら言えます。 好きでした。大好きでした。 ありがとう。』
その言葉が、僕の胸に深く刺さった。 痛いくらいに、優しくて、温かくて。 僕は、涙を流した。 誰にも見えない、誰にも触れられない涙。 でも、それは確かに僕の心から溢れたものだった。
君が僕を思ってくれていたこと。 君が僕を好きでいてくれたこと。 それだけで、僕は救われた。 それだけで、僕は生きていた意味を見つけられた。
「ありがとう、千紗」 僕は、心の中で何度も繰り返した。 「ありがとう」 「ありがとう」 「ありがとう」
君の言葉は、僕の存在を肯定してくれた。 君の想いは、僕の魂を温めてくれた。 それは、何よりも大切な贈り物だった。
僕は、もうすぐ君の世界から離れる。 でも、君の手紙は、僕の心に永遠に残る。 それは、僕が君に出会えた証。 それは、僕が君に愛された証。
ありがとう、千紗。 言葉にしてくれて。 想いを届けてくれて。 そして、僕を好きになってくれて。
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第5章:君が歩き出す世界へ
君の声が、今日も教室に響いていた。 誰かと話す君の横顔は、少しだけ柔らかくなっていて、僕はそれを見ていた。 もう、君の涙は止まっていた。 それが、嬉しくて、少しだけ寂しかった。
僕は、もうここにはいられない。 君が前を向いて歩き出したから。 それは、僕が望んでいたことだった。 でも、心の奥がきゅっと痛むのは、どうしてだろう。
君が僕の席に花を置いた日、僕は泣きそうだった。 誰にも見えないその手の震えに、君の優しさが詰まっていた。 「好きだったよ」 その言葉が、風に乗って僕の胸に届いたとき、僕は初めて涙を流した。
君は、僕のことを忘れないでいてくれた。 それだけで、僕は救われた。 それだけで、僕は生きていた意味を見つけられた。
君が歩き出す世界に、僕はいない。 でも、君の中に僕がいるなら、それでいい。 それで、十分すぎるほど幸せだ。
ありがとう、千紗。 出会ってくれて、笑ってくれて、怒ってくれて、 そして、好きになってくれて。
僕も、君が好きだった。 君の静かな目も、言葉の選び方も、 誰にも見せない優しさも、全部。
君が歩いていく背中を、僕は見送る。 もう、声は届かない。 でも、心は君と一緒にいる。
さよならは言わない。 君の未来に、僕の記憶がそっと寄り添っていることを願って。
ありがとう。 君のいる世界に、僕は確かにいた。
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《君のいない教室》―君のいない教室で、私はまだ君を待ってる―
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