◀外伝第1章『世界のはじまり、私のはじまり』
▶うん、俺、がんばった。『俺だけ知ってる彼女の秘密 ~封印スキルで最強幼馴染を守る件~』◀
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第51章『封印使い、伝説へ』 迷宮の最深部を踏破した翌朝、王都はざわついていた。 いや、ざわつくというより、もう“お祭り騒ぎ”だった。
「紅蓮の牙、最深部を制覇!」 「レイガ隊長、魔力暴走体を一刀両断!」 「リズの遮断陣、王都防衛にも応用可能か!?」
街角の掲示板には、彼らの名前が踊っていた。 レイガ、リズ、ヴァル。 そして、紅蓮の牙の紋章が、王都の旗と並んで掲げられていた。
……僕の名前は、どこにもなかった。
(いや、いいんだけどね。むしろ、ありがたいくらいで)
僕は、そっとフードを深くかぶった。 目立たないように。 誰にも気づかれないように。 それが、僕の“いつものやり方”だった。
◆
「ルイ様、こちらにどうぞ。特等席をご用意しております」 クラリス嬢が、満面の笑みで手を引いてくる。
「え、いや、僕はその……裏口から帰ろうかと……」 「いけませんわ!ルイ様は、真の英雄なのですから!」
(……真の、って何基準?)
「皆が見ていないところで、封印を操り、世界の均衡を保ったお方。まさに“影の封印者”ですわ!」 「それ、誰が言い出したの……?」
「私ですわ!」 即答だった。
◆
広場では、レイガたちが歓声に包まれていた。 子どもたちが「レイガさまー!」と駆け寄り、彼は照れくさそうに頭を撫でていた。
リズは、魔術師たちに囲まれて遮断陣の講義をしていた。 ヴァルは、屋台の焼き鳥を片手に「これ、うまっ!」と叫んでいた。
(……うん、みんな、すごいな)
僕は、少し離れた木陰からその様子を見ていた。 誰にも気づかれず、誰にも呼ばれず。 でも、それが心地よかった。
(僕は、ただ……セリナさんを助けたかっただけだから)
それ以上でも、それ以下でもない。
◆
「ルイ様」 クラリス嬢が、そっと隣に座った。
「……どうして、そんなに僕を持ち上げるの?」 「持ち上げてなどおりませんわ。ただ、見ているだけです」
「見てる……?」 「ええ。皆が見ていないところで、誰よりも深く考え、誰よりも静かに行動するあなたを」
彼女の声は、風のように柔らかかった。
「皆が“伝説”と呼ぶのは、目に見える強さ。でも、私が信じるのは、目に見えない優しさですわ」
僕は、何も言えなかった。 ただ、少しだけ顔を伏せた。
(……そんなふうに、見てくれてたんだ)
◆
その夜、王都の空にはふわふわの雲が浮かんでいた。 焼き菓子みたいな形。 セリナさんが好きな形。
「セリナさん、今ちょっと微笑みましたよ」 世界の意志が、脳内で報告してくる。
(……ほんとに?)
「ええ、夢の中でクラリス嬢のことを“ちょっといい子かも”って言ってました」 (それ、僕の立場的にどうなの……)
「でも、ルイさんが照れてるのを見て、もっと微笑んでました」 (……それなら、まあ……)
僕は、空を見上げた。 彼女が、いつか目を覚ましたとき—— この空を見て、笑ってくれるだろうか。
「ルイ様」 クラリス嬢が、そっと手を差し出した。
「あなたが伝説であること、私はずっと信じておりますわ」 その言葉は、どんな称号よりも、あたたかかった。
(……ありがとう)
僕は、そっとその手を握った。 ほんの少しだけ、勇気を出して。
(セリナさん。僕、ちゃんとここにいます)
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第52章『紅蓮の牙、再び旅へ』 王都の朝は、昨日より少し静かだった。 祭りの熱狂がひと段落し、空気がふわっと落ち着いている。 焼き菓子の香りが風に混じって、なんだか懐かしい。
僕は、魔術図書館の裏庭で、封印陣のメモを整理していた。 誰にも見られないように、こっそりと。 いや、別に隠す理由はないんだけど……なんとなく、ね。
「ルイ、ここにいたか」 レイガ隊長が、いつもの無骨な声で現れた。 その手には、焼き鳥。朝から焼き鳥。
「……朝食、それですか?」 「うまいぞ。王都の屋台、レベル高いな」 「……なるほど」
彼は、焼き鳥をかじりながら、僕の隣に腰を下ろした。
「迷宮、よくやったな」 「いえ、僕は……皆さんがいたからです」
「そういうとこ、変わらないな」 レイガは笑った。 その笑顔が、ちょっとだけ優しかった。
◆
広場では、紅蓮の牙の面々が出発準備をしていた。 リズは遮断陣の巻物を整理しながら、魔術師たちに指示を飛ばしている。 ヴァルは荷物の山に埋もれながら、「これ、俺のじゃない!」と叫んでいた。
「ルイ、また共闘しようぜ」 ヴァルが、僕の肩をぽんと叩いた。
「……はい。僕でよければ」 「お前じゃなきゃ、困るんだよ。封印、頼りにしてるからな」
僕は、少しだけうつむいた。 (頼りにされるって、こんなに……くすぐったいんだ)
◆
「先生、また来てくださいね」 ミリアが、学園の制服に着替えて現れた。
「先生って……僕、教えた記憶ないんだけど」 「魔力の流れの美しさは、教えじゃなくて芸術です!」 「それ、褒めてるのか……?」
「もちろんです!先生の封印、詩的です!」 「詩的……?」
世界の意志が、脳内でぼそりと呟いた。 「セリナさん、今ちょっと嫉妬しましたよ」 (え、夢の中で?)
「ええ。焼き菓子を握りつぶしてました」 (それ、怖いからやめて)
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フレアは、僕の荷物を静かに整えていた。 「ご主人様のそばにおります」 その言葉は、いつも通りだったけれど—— 今日は、少しだけ違って聞こえた。
「ありがとう。……でも、無理はしないでね」 「無理ではありません。これは、私の“選択”です」
彼女の瞳は、まっすぐだった。 僕は、何も言えなかった。 ただ、そっと頷いた。
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紅蓮の牙が出発する時刻が近づいていた。 レイガが馬に乗り、リズが地図を広げ、ヴァルが荷物を背負い、ミリアが魔術書を抱えて—— それぞれが、それぞれの道へと進んでいく。
僕は、見送るだけだった。 でも、それでよかった。 僕には、僕の“帰る場所”があるから。
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「ルイ様」 クラリス嬢が、ふわふわの傘を差しながら現れた。
「お見送りですか?」 「ええ。皆様も素晴らしい方々ですが……私は、やはりルイ様が一番ですわ」
「……僕、何もしてないよ」 「それが、いいのです。誰かのために動くあなたは、誰よりも美しい」
僕は、また何も言えなかった。 でも、心の中が少しだけ、ふわっとした。
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その夜、僕は魔術図書館の屋上にいた。 空には、ふわふわの雲。 焼き菓子型のやつ。 セリナさんが好きな形。
「セリナさん、今ちょっとまぶたが震えましたよ」 世界の意志が、報告してくる。
(……ほんとに?)
「ええ。夢の中で、ルイさんの声を探してました」 (それ、僕……届いてるのかな)
「届いてます。ふわふわが、少しだけ増えました」 (それ、単位あるの?)
「“ふわ”です。今、3ふわです」 (……増えてる)
僕は、空を見上げた。 彼女が、いつか目を覚ましたとき—— この空を見て、笑ってくれるように。
僕は、そっと手を伸ばした。 ふわふわに、祈るように。
(セリナさん。僕、ちゃんと待ってるよ)
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第53章『セリナのまぶたが、震える』 夜の魔術図書館は、静かだった。 ページをめくる音も、風のささやきも、すべてが遠くに感じられる。 僕は、最上階の封印室にいた。 セリナさんが眠る部屋。 彼女の魔力を封じるために、僕が毎日、封印陣を調整してきた場所。
でも今日は——何かが違っていた。
◆
「……安定していますね」 フレアが、そっと言った。
「うん。ふわふわの魔力が、暴れなくなった」 僕は、封印陣の中心に手をかざした。 セリナさんの魔力は、まるで雲のように柔らかく、静かに揺れていた。
以前は、彼女の魔力は“世界を創る力”そのものだった。 触れるだけで、空間が歪み、時間が揺らぎ、命が芽吹くほどの力。 それを封じるなんて、僕には到底無理だと思っていた。
でも今は——できている。
「あなたの封印術は、完成しました」 世界の意志が、脳内で静かに語りかけてきた。
「……完成、って」 「セリナさんの魔力を、あなたは“壊さずに包む”ことができるようになったのです」
僕は、息をのんだ。 それは、ただの技術の話じゃない。 彼女の存在そのものを、受け止められるようになったということ。
「もう、彼女を眠らせておく必要はありません」 世界の意志の声が、少しだけ震えていた。
「あなたが、彼女を守れる。だから——私は、彼女を目覚めにいざないます」
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封印室の空気が、ふわっと変わった。 まるで、春の風が吹き込んできたような、やさしい気配。
セリナさんのまぶたが、微かに震えた。 指先が、ほんの少しだけ動いた。 そして——
「……ルイ、くすぐったいよ……」 その声は、夢の中のように柔らかくて、でも確かに“今”の声だった。
僕は、言葉を失った。 ただ、彼女の手を握った。 あたたかかった。 ちゃんと、生きていた。
「……おはよう、セリナさん」 僕の声は、少しだけ震えていた。
「うん、おはよう……」 セリナさんが、微笑んだ。
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「ふわふわ、いっぱいだったよ」 彼女は、そう言って笑った。
「夢の中で、ずっと焼き菓子の雨が降っててね。雲がルイの顔してて、ちょっと笑っちゃった」 「……それ、僕のせいじゃないよね?」
「ううん。嬉しかったの。ずっと、声が聞こえてた。毎日、“おはよう”って」 「……届いてたんだ」
「うん。だから、帰ってこられた」 彼女の瞳が、涙でにじんでいた。
僕は、そっと彼女の髪を撫でた。 ふわふわだった。 あの日、海辺で風に揺れていた髪と、同じ手触りだった。
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「セリナさん」 僕は、少しだけ勇気を出して言った。
「君の魔力は、もう大丈夫だよ。僕が、ちゃんと封じるから」 「……うん。ありがとう」
「だから、もう怖がらなくていい。君は、君のままでいていい」 「……そっか。じゃあ、ふわふわしててもいい?」 「もちろん」
彼女は、笑った。 その笑顔は、世界のどんな魔法よりも、あたたかかった。
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その日、王都の空には、ふわふわの雲が浮かんでいた。 焼き菓子型の雲。 セリナさんが好きな形。
広場では、誰かが言った。 「封印使いが、奇跡を起こしたらしい」 「いや、あれは奇跡じゃない。祈りだよ」
でも、僕は何も言わなかった。 ただ、セリナさんの手を握っていた。 それだけで、世界はふわふわしていた。
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「ねえ、ルイ」 「ん?」
「これからも、一緒にいてくれる?」 「……もちろん」
「ふわふわの世界、守ってくれる?」 「うん。君と一緒に、守るよ」
彼女は、そっと目を閉じた。 でも、それはもう“眠り”じゃなかった。 ただ、安心して、まどろむような—— そんな、やさしい時間だった。
そして僕は思った。
(この世界は、彼女の夢だった) (でも今は、僕の夢でもある)
ふたりで見る夢は、きっと—— もっと、ふわふわで、もっと優しい。
終わり。そして、はじまり。
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うん、俺、がんばった。『俺だけ知ってる彼女の秘密 ~封印スキルで最強幼馴染を守る件~』
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