荒涼とした大地が、どこまでも続いていた。百年前の大災害の爪痕は、まだ癒えぬまま残っている。地面には巨大な地割れが走り、まるで大地そのものが裂けて呻いているかのようだった。そこから吹き上がる上昇気流が、白い霧を巻き上げ、峡谷全体を覆い隠している。
「わぁぁぁぁ!すっごいーーーっ!」 なぎさは両手を広げ、霧の中へ駆け込むように歩みを進めた。髪が風に舞い、声が霧に吸い込まれていく。
「……ただの霧。」 りんは短く呟く。だが心の奥では、霧が揺らめく様子に不思議な緊張を覚えていた。
「ただの霧じゃないよぉ!ほら、地面が割れてるし、風がぶぉぉって吹いてるし!まるで大地が呼吸してるみたいじゃん!」 なぎさは興奮気味に叫ぶ。
りんは肩をすくめるだけだったが、内心では「確かに呼吸みたいだ」と思っていた。だが口には出さない。
峡谷の縁に立つと、下から「ゴォォォォ……」という低い風の音が響いてきた。
「おおー!なんかお腹空いてきた音みたい!」 なぎさは笑いながら腹をさすった。
「……風の音。」 りんは淡々と答える。
「いやいや、絶対お腹グーグーだよ!ほら、私のお腹も同じ音してるし!」 なぎさが自分の腹を叩くと、「ぐぅぅ……」とタイミングよく鳴った。
りんは思わず口元を緩めそうになったが、すぐに真顔に戻した。心の中では「少し面白い」と思っていた。
霧の奥へ進むと、突然、無数の光の粒子が舞い始めた。淡い金色や緑色の輝きが、霧の中で漂い、まるで星空が地上に降りてきたようだった。
「きゃーーーっ!なにこれっ!星が降ってきたぁぁぁ!」 なぎさは飛び跳ねて手を伸ばす。粒子は触れるとふわりと消え、また別の場所で瞬いた。
「……きれい。」 りんは短く呟いた。だが胸の奥では、言葉にできないほどの感動が広がっていた。
「りんもそう思うでしょーー!ほら、笑って笑って!」 「……無理。」 りんはそっけなく返すが、心の中では「少し笑いたい」と思っていた。
二人は霧の中を慎重に降りていき、やがて峡谷の底に広がる森へ辿り着いた。そこには見たこともない植物が群生していた。
「うわぁぁぁ!なんか花がしゃべってるーー!」 なぎさが指差すと、赤い花が「ポンッ!」と音を立てて開閉した。まるで太鼓のようにリズムを刻んでいる。
「……音を出す花。」 りんは冷静に観察する。だが心の中では「面白い」と思っていた。
なぎさは花に合わせて踊り始めた。「ポンッ!ポンッ!」と花が鳴るたびに、「どんっ!どんっ!」と足を踏み鳴らす。
「なぎさ……うるさい。」 「えへへーー!だって楽しいんだもん!」
その拍子に、花の群れが一斉に「ポンポンポン!」と鳴り響き、森全体が太鼓の祭りのようになった。二人は慌てて耳を塞ぎながら笑い合った。
夕暮れが訪れ、二人は森の中で焚き火を起こした。炎が揺れ、霧の粒子が淡く光りながら漂っている。
「今日のご飯はーー!じゃじゃーん!干し肉と木の実だよっ!」 なぎさは得意げに袋を広げる。
「……質素。」 りんは短く言う。だが心の中では「温かい食事があるだけで十分」と思っていた。
焚き火の前で二人は食事を分け合い、霧の中で響く花の音を遠くに聞きながら、静かな夜を過ごした。
「ねぇりん、明日はいよいよーー!空に浮く湖を探しに行くんだよ!」 「……楽しみ。」 りんは小さく答えた。
炎がぱちぱちと音を立て、二人の影が揺れる。夜は深まり、期待を胸に眠りについた。
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