なつきは、記録の最後のページを指差した。日付は止まっていた時計の示す時刻と近かった。そこには、殴り書きに近い文字で、たった一行の文章が残されていた。
「『…もう、誰も信じられない。データは、このケースに。生きろ、未来の…』で、途切れてる」
なつきの声には、いつもの快活さがなかった。彼女はそっとノートを閉じる。
なつき: 「この人、きっと最後まで頑張っていたんだね。何かの『異常』を記録して、誰かに伝えようと…。でも、結局、全ては間に合わなかった」
えちか: 「…合理的な行動だ。滅亡という事態を前にして、唯一できることは『記録』を残すことだった。しかし、**『誰も信じられない』**とは、どういう意味だ?災害や戦争の記録ではない、と?」
えちかは、USBメモリを手に取り、その古めかしい形状を検分する。
なつき: 「さあ?でも、なんだか胸が痛くなるよ。この人たちの『日常』が、この記録の向こうにあったんだって思うと。私たちは、ここが『歴史』になった後の世界にいるんだもんね」
なつきは、錆びたアタッシュケースを抱きしめる。命を奪うことを嫌う彼女にとって、この「観測記録」は、失われた100万の命の代わりに、誰かの生きた証拠のように感じられた。
えちか: 「感傷的になるな、佐藤。しかし、これは重要な発見だ。100年前の世界が『なぜ』終わったのか、**『何が』**引き金になったのかを知る手がかりになる。このUSBメモリの内容を解析する必要がある」
えちかは冷静にそう言うが、その視線はどこか遠い。効率と規律を重視する彼女もまた、この手のひらサイズの記録が持つ「過去」の重さを理解していた。
なつき: 「うん。そうだね。これを持って、次の場所に行こう、えちか。この人たちの『生きたかった未来』を、この目でちゃんと見て回らないとね」
なつきは再びポジティブな表情に戻り、えちかと顔を見合わせた。鉛色の空の下、二人はアタッシュケースを携え、廃墟の街を後にする。次の目的地は、海岸線だった。
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