列車は長い軌道を走り抜け、やがて都市の外れにそびえる巨大な影へと近づいていった。そこは「データタワー跡」と呼ばれる場所だった。かつては人類の知識と情報を集積した塔。しかし今は骨組みだけが残り、空に突き刺さるように傾いている。
瓦礫に囲まれた終着駅に列車が停車すると、辺りは静寂に包まれた。風が吹き抜けるたびに、鉄骨が「ギィィ……」と軋み、塔の残骸が不安定に揺れる。
「わぁぁぁぁ!でっかいーー!でも倒れそうでこわいぃぃ!」 なぎさは目を丸くして塔を見上げ、両手をぶんぶん振った。
「……緊張。」 りんは短く呟いた。心の奥では「この場所に何が残っているのか」と期待と不安が入り混じっていた。
駅の周囲には、かつての端末やサーバーの残骸が散乱していた。錆びた金属の匂いと、焦げたような匂いが漂う。塔の内部からは微かな光が漏れ、まるでまだ息をしているかのようだった。
「ねぇねぇ、まだ動いてるんじゃない?なんかピカピカしてるよぉぉ!」 「……確かめる。」 りんは冷静に答えたが、心臓は早鐘のように鳴っていた。
二人は列車を降り、塔の入口へと歩みを進めた。そこには、最後の知識を守る存在が待っているような気配が漂っていた。
塔の入口に足を踏み入れると、薄暗い空間に淡い光が漂っていた。古びた端末が並び、スクリーンにはノイズ混じりの文字列が断続的に浮かび上がる。やがて、機械的だが温かみを帯びた声が響いた。
「……司書ユニット、稼働率……二〇%。寿命、残りわずか。」
「わぁぁぁぁ!まだ動いてるんだぁぁぁ!」 なぎさは目を輝かせて叫んだ。
「……限界。」 りんは短く呟いた。だが心の奥では「最後の瞬間に立ち会えるのか」と緊張していた。
光の中に浮かび上がったホログラムは、かすかに揺らぎながら続けた。 「この塔は……人類の知識を集積した場所。私は……最後の司書。記録を……守り続けてきた。」
なぎさは両手を胸に当てて「すごいすごいーー!」と声を上げる。 りんは黙って耳を傾け、心の奥で「知識がまだ生きている」と感動していた。
司書AIの声は途切れ途切れだが、確かに温かさを帯びていた。 「旅人よ……私の残りの時間で……伝えたいことがある。」
二人は息を呑み、塔の静寂の中でその声に耳を澄ませた。
塔の奥に進むと、司書AIの声がさらに弱まりながらも続いた。 「……最後の記録を……再生します。」
古びた端末が点滅し、スクリーンに文字と映像が浮かび上がった。そこにはかつての人々の姿が映っていた。子どもたちが笑いながら本を読む様子、研究者がデータを解析する姿、そして塔の中で知識を守ろうとする人々の記録。
「わぁぁぁぁ……みんな楽しそうに本読んでるぅぅ!」 なぎさは目を輝かせてスクリーンを覗き込む。
「……懐かしい。」 りんは短く呟いた。心の奥では「本を読むことが人を繋げていた」と強く感じていた。
AIの声は途切れ途切れになりながらも、温かさを帯びていた。 「人類の知は……ここに眠っている。旅人よ……この記録を……未来へ……」
なぎさは両手を胸に当てて「すごいすごいーー!」と叫ぶ。 りんは黙って映像を見つめ、心の奥で「私たちが受け継ぐ」と強く誓った。
スクリーンの映像はやがてノイズに覆われ、消えていった。塔の中には静寂が戻り、AIの声だけが残った。
「……残り時間、わずか。次の目的地を……伝える。」
二人は息を呑み、AIの最後の言葉を待った。
司書AIの声は、もうほとんどノイズに埋もれていた。 「……次ノ目的地ハ……残照ノ観測所……北西ノ空ニ……」
淡い光が揺らぎ、ホログラムの輪郭が崩れていく。まるで最後の力を振り絞って言葉を紡いでいるようだった。
「わぁぁぁぁ……消えちゃうのぉぉ……」 なぎさは目を潤ませながら声を上げる。
「……別れ。」 りんは短く呟いた。心の奥では「ありがとう」と強く思っていた。
AIは最後に、柔らかな声で告げた。 「旅人よ……知識を……未来へ……」
その瞬間、光はふっと消え、塔の中は静寂に包まれた。残されたのは、機械の残骸と、二人の胸に刻まれた言葉だけだった。
なぎさは焚き火のように両手を胸に当てて叫んだ。 「絶対に未来に届けるんだよぉぉ!」
りんは静かに頷いた。 「……行こう。」
二人は塔を後にし、北西の空へと歩みを進めた。風が吹き抜け、瓦礫の都市が遠ざかっていく。新たな旅の始まりを告げるように。
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