灯台での滞在は、あっという間に数日が過ぎていた。朝の光が差し込む頃、二人はいつもと違う空気を感じ取った。老女の歌声はまだ響いていたが、その旋律にはどこか別れを予感させる切なさが混じっていた。
「わぁぁぁ……なんか今日の歌、ちょっとしんみりしてるよぉぉ……」 なぎさは毛布を抱えたまま、目を潤ませて呟いた。
「……別れ。」 りんは短く答える。心の奥では「この時間が終わる」と理解していた。
老女は機械の前に立ち、歌を続けながら二人を見つめた。瞳には優しさと決意が宿っている。 「旅人たちよ……そろそろ行く時だね。」
なぎさは慌てて立ち上がり、両手をぶんぶん振った。 「えぇぇぇーー!もう行っちゃうのぉぉ!?もっと一緒にいたいよぉぉ!」
「……旅。」 りんは静かに言った。心の奥では「ここに留まることはできない」と分かっていた。
灯台の中に漂う空気は、温かさと寂しさが入り混じっていた。別れの朝が、確かに訪れていた。
老女は静かに立ち上がり、奥の棚から小さな箱を取り出した。箱は古びていて、錆びた金具がかろうじて留め具を支えている。彼女は慎重に蓋を開け、中から掌に収まるほどの小さな装置を取り出した。
「これは……音の羅針盤。」 老女の声は低く、しかし温かかった。
装置は丸い形をしており、中央には小さな振動板がついている。微かな音を発しながら、針のような光がゆっくりと北を指し示していた。
「わぁぁぁ!なんかピカピカしてるよぉぉ!コンパスみたいだぁぁぁ!」 なぎさは目を輝かせて身を乗り出す。
「……音で方向。」 りんは短く呟いた。心の奥では「不思議な仕組みだ」と感心していた。
老女は羅針盤を見つめながら語り始めた。 「これは、昔の仲間が作ったものだよ。海が消える前、北の果てにまだ希望があると信じていた。だから、この羅針盤は北を指し続ける。誰かがそこへ辿り着けるように。」
なぎさは胸に手を当てて「すごいすごいーー!」と声を上げる。 りんは黙って耳を傾け、心の奥で「この羅針盤は願いそのものだ」と理解していた。
老女の瞳には、長い年月の記憶と、誰かに託したいという強い想いが宿っていた。
老女は音の羅針盤を両手で包み込み、ゆっくりと二人に差し出した。 「これは……私の願いそのものだ。北へ向かう者に、歌を届けたい。」
なぎさは受け取った瞬間、目に涙を溜めて叫んだ。 「うわぁぁぁぁ……やだよぉぉ!おばあちゃんともっと一緒にいたいのにぃぃ!」 声は震え、涙が頬を伝って止まらなかった。
「……ありがとう。」 りんは短く言った。だが心の奥では、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。冷静に見える彼女の瞳にも、静かな涙が滲んでいた。
老女は二人の頭に手を置き、優しく撫でた。 「私はここで歌い続ける。灯台がある限り、誰かが道を見つけられるように。だから……行きなさい。」
なぎさは声を詰まらせながら「うぅぅぅ……いやだぁぁぁ!」と泣きじゃくる。 りんは黙って羅針盤を見つめ、心の奥で「必ず北へ進む」と誓った。
灯台の歌は、別れの旋律のように響いていた。
羅針盤を受け取った瞬間、装置の中央が微かに震え、針のような光がゆっくりと北を指し示した。音は「コォォン……」と低く響き、まるで歌の余韻が方向を告げているかのようだった。
「わぁぁぁぁ!ほんとに北を指してるよぉぉ!すごいすごいーー!」 なぎさは涙を拭いながら、笑顔で羅針盤を掲げた。
「……道しるべ。」 りんは短く呟いた。心の奥では「この光が未来へ導く」と確信していた。
老女は二人を見つめ、静かに頷いた。 「この灯台はここに残る。だが、歌は羅針盤を通してお前たちと共にある。北へ進みなさい。」
なぎさは泣き笑いの顔で叫んだ。 「うん!絶対に行くよぉぉ!歌を未来に届けるんだぁぁぁ!」
りんは羅針盤を握りしめ、心の奥で「必ず辿り着く」と誓った。
灯台の歌は風に乗り、二人の背中を押すように響いていた。干上がった海底を越え、北の空へと続く旅路が始まった。
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