◀第21話:君との約束は、まだ歌にならない
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第23話:熱血のマーク、僕の前で師匠ごっこを始める
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学院の演習場は、いつになく賑わっていた。 砂地の広場には標的が並び、観客席には他クラスの生徒たちがざわざわと集まっている。 教官の笛が鋭く鳴り、結界灯が淡い光を放って演習場全体を包み込んだ。
「今日は公開訓練だからね。みんな気合い入ってるなぁ」 リンネが手を振りながら言うと、クロスが胸を張る。 「任せろ! 俺の筋肉が今日も輝く!」 「筋肉は関係ないよ!」 コトネが即ツッコミを入れ、ナギは無言で視線だけをそちらに向けた。 (……騒がしい)
そんな中―― 砂埃を巻き上げながら、一人の男が勢いよく走ってきた。
「よっしゃああああ! 今日から俺も混ぜてくれぇぇぇぇ!!」
演習場の空気が一瞬止まる。 その男――マークは、太陽みたいな笑顔で両手を広げていた。 背中には大きな剣、腕には謎の包帯、そしてテンションだけは誰よりも高い。
「……誰?」 アリアが小声でつぶやく。 指先が“とんとん”と緊張のリズムを刻む。
「俺はマーク! 未来の英雄! そして今日から君たちの仲間だ!」 胸を張って宣言するマーク。
「未来の英雄……?」 クロスが眉をひそめる。 「なんか俺とキャラ被ってない?」 「被ってないよ!」 リンネが即答した。
ナギは冷ややかな視線を向ける。 「……自己評価が高いのは悪いことではないけど、根拠は?」 「根拠? 情熱だ!」 「非論理的」 「ひどい!」
しかし、マークは全くめげない。 むしろナギの冷静なツッコミすら嬉しそうに受け止めていた。
「ま、とりあえず歓迎するよ!」 リンネが笑顔で言うと、マークは親指を立てた。 「任せてくれ! 俺の力、全部使ってやる!」
その勢いに、アリアは思わず内心でつぶやく。 (……大丈夫かな、この人)
こうして、陽気すぎる新入りがチームに加わることになった。
教官の笛が鋭く鳴り、演習場の結界灯が一斉に光を強めた。 砂地の中央に、演習用の魔獣型ターゲットが複数体、淡い光をまとって出現する。
「よし……始めようか」 アリアが小さく息を整え、指先を“とんとん”と叩く。 そのリズムは緊張と集中が混ざった、彼特有のテンポだ。
「アリアくん、指揮お願い!」 リンネが声をかけると、アリアは少し戸惑いながらも頷いた。
「じゃあ……前衛はクロスとリアム。リンネは左から牽制。 ナギは後方で波形の監視を。僕は中央で結界の調整をする」
その指示は簡潔で、無駄がない。 観客席から「おお……」と小さなざわめきが起きた。
一方、マークはというと―― 観客席の端で腕を組み、アリアを凝視していた。
(……なんだあの落ち着き。 いや、落ち着きというより……静かな炎? なんだこの感じ……胸が……熱い……!)
マークの内心はすでに大騒ぎだった。
アリアが詠唱を始める。 その声は小さいが、魔力の波形が美しく整っていくのが遠目にも分かる。
アリアの周囲に、小さな光の粒がふわりと舞い上がる。 結界の縁が音を立てずに重なり、まるで“静かな演奏”のように広がっていく。
(……な、なんだこれ……! 魔法ってこんなに……綺麗なもんだったのか!? 俺の知ってる魔法と違う……!)
マークは拳を握りしめ、震えた。 完全に観客の一人ではなく、何かの宗教的啓示を受けた人の顔になっている。
「アリア、右側のターゲットが動いた」 ナギが冷静に告げる。
「了解。結界、第二層展開」 アリアが指を鳴らすと、光の輪が重なり、ターゲットの動きを封じた。
その一連の動作は、無駄がなく、精密で―― それでいてどこか温かい。
(……あれは……芸術だ……! いや、違う……魂の演奏だ……! アリア……お前……すげぇ……!)
マークの心の中で、何かが爆発した。
観客席の後ろで、コトネが小声でつぶやく。 「……あの人、さっきより目が輝いてない?」 「輝きすぎてて怖い」 ナギが淡々と返した。
アリアはそんな視線に気づかず、ただ静かに魔法を紡ぎ続けていた。
演習場の中央で、アリアの結界が静かに脈動していた。 光の縁が揺れ、ターゲットの魔獣型が動きを封じられている。
「……よし、今だ」 アリアが小さく呟き、指先を“とんとん”と叩く。 その瞬間、結界の波形が変わり、拘束が強まった。
(……っっっしゃああああああ!!) マークの心の中で、何かが完全に弾けた。
(見たか今の!? あの繊細な魔力操作! あの静かな迫力! あれは……あれはもう……師匠だろ!!)
興奮が限界を突破したマークは、ついに動いた。
「アリアぁぁぁぁ!! 援護するぞぉぉぉ!!」
「えっ、ちょっ……!?」 アリアが振り返るより早く、マークは砂地を蹴って突進した。
「マーク、まだ指示してない!」 リンネが叫ぶが、マークは聞いていない。
「任せろ! 俺の拳がうずいてるんだぁぁぁ!!」
(うずくな! 落ち着け!) アリアの内心ツッコミが追いつかない。
だが、マークの動きは意外にも鋭かった。 アリアの結界で動きを封じられたターゲットに向かい、マークは大剣を振り上げ――
「うおおおおおおっ!!」
――見事に決定打を叩き込んだ。
ターゲットが光の粒となって消える。 観客席から歓声が上がった。
「やったぁぁぁ!!」 マークは大剣を肩に担ぎ、アリアの方へ振り返る。 その目は、完全に“尊敬”を通り越して“崇拝”の光を宿していた。
「アリア! 今の拘束、最高だったぞ! あれがあったから俺の一撃が決まったんだ! つまり……つまりだな……!」
(……嫌な予感) アリアが一歩後ずさる。
「アリア! 今日から俺の師匠になってくれぇぇぇ!!」
「いや、ならないよ!?」 「なんでだぁぁぁ!!」 「なんでって……色々あるよ!」
周囲の反応も賑やかだ。
「……あれはもう完全に心酔してるね」 コトネが目を輝かせる。
「アリア、人気者だな」 クロスがにやにやしている。
「……騒がしい」 ナギは淡々と呟くが、口元がほんのわずかに緩んでいた。
マークはさらにアリアへ詰め寄る。 「頼む! 俺は今日、アリアの魔法に人生を救われたんだ! いや、魂を救われたんだ! いや、もう生まれ変わったと言っても――」
「長い長い長い!」 アリアが慌てて止める。
だが、マークの熱は止まらない。 その熱量は、アリアの冷静さとは真逆で―― だからこそ、妙に噛み合っていた。
(……この人、扱いづらいけど……悪い人じゃないんだろうな)
アリアは小さく息をつき、結界の残滓を消しながらそう思った。
演習が終わり、結界灯の光が弱まっていく。 砂地にはまだ熱気が残り、観客席のざわめきもゆっくりと落ち着いていった。
「ふぅ……終わった……」 アリアが額の汗を拭いながら息をつく。 指先は“とんとん”と軽く動いているが、緊張というよりは疲労のリズムだ。
そこへ―― 「アリアぁぁぁ!!」
砂煙を巻き上げながら、マークが全力疾走で突っ込んできた。
「うわっ、近い近い近い!」 アリアが慌てて後ずさる。
マークはアリアの目の前でぴたりと止まり、胸に手を当てて深呼吸した。 その表情は真剣そのもの。
「アリア……さっきの連携……最高だった……! 俺、あんなに気持ちよく動けたの初めてだ! いや、もう……感動した! 魂が震えた! 生まれ変わった!」
「そんな大げさな……」 アリアは困ったように笑うが、耳がほんのり赤い。
マークはさらに続ける。 「お前の魔法、ただの技じゃない。 なんていうか……“音楽”みたいだった。 俺が動くべき場所を、全部示してくれてたんだ!」
(……音楽、か) アリアは少しだけ目を伏せる。 自分の魔法がそんなふうに見えるとは思っていなかった。
その横で、リンネが微笑む。 「アリアくん、褒められてるよ」 「う、うん……分かってるけど……」 アリアは照れ隠しのように指先をとんとんと叩く。
ナギは腕を組み、淡々と観察していた。 「……マークの動きは粗いが、アリアとの相性は悪くない。 熱量が高い分、アリアの精密さが補正している」 「つまり相性いいってこと?」 コトネが目を輝かせる。 「……否定はしない」 ナギはそっぽを向いた。
マークはアリアの肩をがしっと掴む。 「アリア! 今日の連携、忘れられねぇ! これからも一緒に戦わせてくれ!」 「えっ……あ、うん。もちろん」 アリアは驚きながらも、自然と頷いていた。
(……この人、勢いはすごいけど……悪い気はしないな)
アリアの胸の奥に、ほんの少しだけ温かいものが灯った。
「よし! じゃあ俺は今日から――」 マークが勢いよく口を開く。
「し、ししょ――」 「言わせないよ!」 アリアが慌てて止めた。
周囲から笑いが起き、演習場に柔らかな空気が広がった。
夕方の演習場は、日中の熱気が嘘のように静かになっていた。 結界灯の光が弱まり、砂地には長い影が伸びている。
「今日はお疲れさま」 リンネが伸びをしながら言うと、クロスが胸を張る。 「俺の筋肉も満足してる!」 「筋肉の感想いらないよ!」 コトネが即ツッコミを入れ、ナギは無言で視線だけをそちらに向けた。
アリアは少し離れた場所で、指先を“とんとん”と叩きながら結界の残滓を確認していた。 その横に、マークがそっと近づく。
「アリア……今日、本当にありがとうな」 「うん。こちらこそ、助かったよ」 アリアは照れくさそうに笑う。
マークは拳を握りしめ、胸の奥から言葉を絞り出した。 「俺……今日の戦いで分かったんだ。 お前の魔法は、ただの技じゃない。 “仲間を導く力”なんだって」
「そんな大げさな……」 「大げさじゃねぇよ!」 マークは真剣な目で言い切った。
そのやり取りを、ナギは少し離れた場所から静かに見ていた。 (……アリアの周囲に、新しい熱源が増えた。悪くない)
リンネは微笑み、コトネは目を輝かせ、クロスはなぜか筋肉を見せつけている。 チームの空気が、少しだけ賑やかになった。
帰り際、マークはアリアの背中に向かって小声でつぶやく。
「次はもっとお手伝いするぜ……ししょ―― ……いや、アリアさん!」
その声は夕暮れの風に溶け、誰にも聞こえなかった。 ただ、マークの胸の奥で、精霊契約の才が静かに目を覚ましつ
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第24話:作戦図は笑いで塗りつぶせないが、笑いは必要だ
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作戦本部の会議室は、朝から重い空気に包まれていた。 壁一面に広げられた大地図、半透明の魔導モニタがちらつき、残滓濃度のチャートが赤く点滅している。 足音が次々と響き、各班の代表者が席につくたび、椅子がわずかに軋んだ。
僕――アリアは、資料の束を抱えながら席についた。 指先が“とんとん”と机を叩く。緊張のリズムだ。
「全員揃ったな」
指揮官の低い声が会議室に響く。 白髪混じりの厳しい目が、地図の一点を指し示した。
「ここだ。北方の峡谷地帯で、大型魔獣が群れを率いて移動している。 残滓汚染が進んでおり、このままでは周辺三村が危険だ。 討伐、封鎖、避難――三つを同時に進める必要がある」
ざわめきが広がる。 僕は資料を開き、立ち上がった。
「現状のデータを共有します。 まず、魔獣の中心個体は“残滓核”を取り込んでおり、通常より行動範囲が広い。 こちらの観測では、群れの移動速度は平均より20%増。 避難が遅れれば、住民の被害は避けられません」
魔導モニタに波形が映し出される。 ナギが横で小さく頷いた。
「……つまり、急がないとまずいってことだな?」 クロスが腕を組みながら言う。
「そういうことです」 僕が答えると、クロスはにやりと笑った。
「よし、任せろ! 俺の筋肉が――」 「筋肉の話は後でいいよ!」 コトネが即ツッコミを入れ、場の空気が少しだけ和らぐ。
指揮官は咳払いし、再び場を引き締めた。 「……ともかく、今回の作戦は学院でも最大規模だ。 各班の意見をまとめ、最適な戦略を立てる。 アリア、引き続き説明を頼む」
僕は深呼吸し、指先をとんとんと叩きながら次の資料を開いた。
(……ここからが本番だ)
会議室の空気が少し落ち着いたところで、ナギが静かに立ち上がった。 半透明の魔導モニタに指を滑らせると、峡谷周辺の残滓分布が立体的に浮かび上がる。
「では、現状のリスクを整理します」
ナギの声はいつも通り冷静で、淡々としている。 だが、その内容は誰もが息を呑むほど重かった。
「まず、残滓の拡散モデル。 このまま放置すれば、三日以内に汚染域が二倍に拡大。 結界の疲労度はすでに限界近く、強化しなければ崩壊は時間の問題です」
「三日……!?」 リンネが思わず声を上げる。
「はい。しかも、魔獣の中心個体は“核”を取り込んでいるため、通常よりも結界干渉が強い。 つまり、結界を張っても突破される可能性が高い」
ナギは淡々と続ける。
「さらに、魔獣の移動ルートは予測不能。 こちらの誘導に乗る保証はありません。 最悪の場合、避難ルートと衝突する可能性もある」
会議室に重い沈黙が落ちた。
僕は資料をめくりながら補足する。 「……ただし、魔獣の行動には一定の“揺らぎ”があります。 感情魔法を使った位相乱しを行えば、進行方向を限定できる可能性があります」
ナギが頷く。 「アリアの魔法が鍵になる。 ただし、負荷が大きいのでバックアップが必要」
その時、リアムが手を挙げた。 「現地からの追加情報です。補給路の一部が土砂崩れで寸断されました。 復旧には最低でも半日。避難完了率はまだ六割です」
「六割……!」 リンネの表情が曇る。
コトネもタブレットを確認しながら言う。 「医療班の準備もまだ完全じゃないよ。 結界灯の予備も足りないし……」
現実的な問題が次々と積み上がっていく。
そんな中、マークが勢いよく手を挙げた。 「つまり……めちゃくちゃヤバいってことだな!?」 「要約するとそう」 ナギが即答する。
「お、おお……ナギさん、もっとこう……オブラートに包むとか……」 「必要ない」 「ひどい!」
会議室に小さな笑いが起き、張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。
僕は深呼吸し、次の資料を開く。
(……ここから、作戦案をまとめていく)
会議室の空気が再び引き締まる。 僕は資料を前に出し、深呼吸してから口を開いた。 指先が“とんとん”と机を叩く。これは思考を整えるためのリズムだ。
「――では、作戦案を提示します」
魔導モニタに、僕が作成した戦術図が映し出される。 峡谷の地形、魔獣の進行ルート、残滓濃度の分布が重ねて表示されていた。
「中心個体の“残滓核”は、魔力位相が不安定です。 そこで、僕が感情魔法を使って位相を乱し、魔獣の動きを一時的に鈍らせます。 その隙に前衛が突入し、後衛が結界で封鎖。 同時に住民避難を完了させる――これが中核案です」
クロスが手を挙げる。 「つまり、アリアが“魔獣の足止め役”ってことか?」 「正確には“位相乱しによる行動制限”です」 「難しい言い方すんなよ! 要するに足止めだろ!」 「……まあ、そうです」
会議室に小さな笑いが起きる。
リンネが真剣な表情で口を開いた。 「住民避難はどうするの? まだ六割しか終わってないんだよね」 「避難ルートは二本に絞ります。 ナギが結界の補強を担当し、コトネと医療班が後方支援に回る」 僕が答えると、リンネは頷いた。
「じゃあ、私は避難誘導に回るね。 住民の動揺が大きいから、誰かがそばにいないと」
ナギが淡々と補足する。 「結界補強は三段階で行う。 第一段階は避難開始時、第二段階は魔獣接近時、第三段階はアリアの位相乱しに合わせる。 タイミングを間違えると全体が崩壊するので注意」
「お、おう……なんか怖いこと言ったな」 マークが肩をすくめる。
「事実を述べただけ」 「ナギさん、もうちょっと優しく言えないのか!?」 「無理」 「ひどい!」
会議室に再び笑いが広がるが、議論はすぐに真剣さを取り戻した。
クロスが地図を指しながら言う。 「前線は俺とマークが担当する。 陽動班は右側の尾根に配置して、魔獣の注意をそっちに向ける。 撤退ルートは二本確保しておく」
「了解!」 マークが拳を握りしめる。 「俺の熱血で魔獣を引きつけてやるぜ!」 「熱血は魔獣に通じないよ」 ナギが即座に切り捨てた。 「通じるかもしれないだろ!?」 「通じない」 「ひどい!」
そして―― 「作戦名はどうする?」 クロスが軽いノリで言った瞬間。 「“みんなでがんばる大作戦”とかどう?」 マークが満面の笑みで提案した。
会議室が静まり返る。 「……却下」 「……却下」 「……却下です」 三方向から同時に却下され、マークは肩を落とした。
「なんでだよぉぉぉ……!」
しかし、笑いの後には再び真剣な空気が戻る。
僕は資料を閉じ、皆を見渡した。 「――以上が作戦案です。 リスクは大きいですが、これが最も成功率の高い方法だと思います」
全員が静かに頷いた。
(……ここから、実行に向けて動き出す)
会議室の空気は、議論の熱を残しつつも、次第に「実務モード」へと切り替わっていった。 指揮官が地図を叩き、短く言う。
「――よし、作戦はこれでいく。各班、役割を最終確認しろ」
僕は資料をめくりながら、全体の流れを整理する。 指先が“とんとん”と机を叩く。これは、頭の中で手順を並べ替えるためのリズムだ。
「まず、避難誘導はリンネを中心に。 医療班はコトネとリアムが後方で待機。 ナギは結界補強の三段階を担当。 クロスとマークは前線で陽動と突入を担当。 僕は中央で位相乱しを行います」
全員が頷く。
「補給物資の確認をお願いします」 コトネがタブレットを操作しながら言う。 「結界灯の予備、魔力回復薬、応急処置キット……あと、クロスさん、あなたの“筋肉用栄養剤”は本当に必要?」 「必要だ!」 「いらないよ!」 リンネが即ツッコミを入れ、会議室に小さな笑いが広がる。
ナギは淡々と装備リストを読み上げる。 「前線班は軽装で。重装備は逆に動きを阻害する。 魔導器の点検は私が行う。 ……マーク、あなたの剣は研ぎすぎ。刃が薄くなっている」 「えっ、そんなことある!?」 「ある」 「ひどい!」
準備はテンポよく進んでいく。
会議室を出ると、廊下にはすでに各班のメンバーが走り回っていた。 避難告知の伝令が走り、魔導器の調整音が響き、補給班が荷物を積み上げている。
クロスとマークは前線装備の確認をしていたが――
「マーク、胸当て逆だよ」 「えっ!? あ、ほんとだ!」 「なんで逆に着られるの……?」 リンネが呆れた声を漏らす。
ナギはその様子を見て、無表情のまま一言。 「……前途多難」 「ナギさん、言い方ぁ!」 マークが涙目で抗議する。
それでも、全員の動きには迷いがなかった。 緊張と不安はある。 だが、それ以上に「やるべきこと」が明確だった。
(……大規模作戦だけど、みんながいる。 僕は僕の役割を果たすだけだ)
僕は深呼吸し、資料を抱え直した。
会議室を出ると、廊下には夕方の光が差し込み、長い影が伸びていた。 作戦本部の喧騒はまだ続いているが、僕――アリアの足取りは自然とゆっくりになる。
資料を抱え直しながら、指先を“とんとん”と叩く。 これは緊張というより、頭の中で手順を反芻するためのリズムだ。
(……位相乱しのタイミング、結界補強の三段階、避難誘導のルート…… 大丈夫、全部整理できてる)
そう思いながら歩いていると、リンネがそっと隣に並んだ。
「アリアくん、無理しないでね」 柔らかい声とともに、彼女の手が僕の肩に軽く触れる。 その温度が、張り詰めていた胸の奥を少しだけ緩めた。
「うん。ありがとう。……リンネも気をつけて」 「もちろん。でも、アリアくんが一番危ない役なんだからね?」 「……分かってるよ」
リンネは心配そうに眉を寄せたが、すぐに微笑んだ。 その笑顔は、僕の背中をそっと押してくれるようだった。
少し離れた場所では、クロスとマークが装備を担ぎながら騒いでいる。
「よし! 俺の筋肉は準備万端だ!」 「俺の魂も準備万端だ!」 「魂は置いてこい」 ナギが淡々と切り捨て、二人が同時に「ひどい!」と叫ぶ。
そのやり取りに、僕は思わず小さく笑ってしまった。
(……大規模作戦だけど、みんながいる。 僕は僕の役割を果たすだけだ)
会議室の扉が閉まる直前、ナギの端末が小さく警告音を鳴らした。 画面には、新しい残滓拡散予測が赤く点滅している。
「……嫌なタイミングだね」 ナギが小さく呟く。
僕は深呼吸し、資料を抱え直した。
(――行こう。ここからが本番だ)
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◀第21話:君との約束は、まだ歌にならない
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