◀第23話:熱血のマーク、僕の前で師匠ごっこを始める
▶第27話:分岐する道、僕らの本当の強さを試すとき
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第25話:方程式に涙を混ぜて、僕は新しい式を描いた
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学院の実験場は、朝から妙な緊張感に包まれていた。 床には複雑な魔法陣が三重に重ねられ、壁際には魔力観測装置がずらりと並んでいる。 魔導ランプが淡く点滅し、まるで「今日は何か起きるぞ」と言わんばかりだ。
僕――アリアは、材料テーブルに並べられた触媒を確認しながら、指先を“とんとん”と叩いた。 (……大丈夫。理論上は成立する。たぶん。いや、成立してくれないと困る)
今日の目的は―― 「感情魔法」と「無詠唱多重魔法」の融合実験。
幼い頃、僕の魔法は“機械のように正確で、温度がなかった”。 詠唱も、魔力操作も、ただの作業。 でも今は違う。 感情が魔力に影響し、魔法の波形が揺らぎ、世界が少しだけ柔らかく見える。
その変化を、理論として形にしたい。 それが今日の実験だ。
「アリアくん、準備できてる?」 リンネが心配そうに覗き込む。
「うん。あとは……みんなの位置を確認したら始められるよ」
その横で――
「おーいアリア! この触媒、なんか光ってるぞ!」 クロスが触媒石を振り回している。
「振り回さないで! それ、揺らすと爆ぜる可能性あるから!」 「えっ!? 爆ぜる!?」 「落ち着いて。爆ぜるのは“可能性”だから」 「十分怖いわ!」
さらに反対側では――
「アリアぁぁぁ! 俺の魔力測定器が動かねぇ!」 マークが測定器を逆さにして叫んでいた。
「それ上下逆だよ」 「なんだと!? 俺の魔力が逆流してるのかと思った!」 「そんな現象は存在しないよ……」
ナギはその様子を見て、無表情のまま一言。 「……実験前からトラブルしかないね」 「ナギさん、言い方ぁ……!」
それでも、仲間が揃っているだけで不思議と心が落ち着く。
(……よし。やるしかない)
僕は深呼吸し、魔法陣の中心へと歩み出た。
実験場の中央に立ち、僕は深呼吸した。 魔法陣の光が淡く揺れ、観測装置の針が小刻みに震えている。 指先を“とんとん”と叩きながら、僕は資料を広げた。
「――では、今回の理論を説明します」
仲間たちが円を描くように集まる。 ナギは腕を組み、クロスとマークはなぜか正座、リンネは心配そうにメモを構えている。
「まず、感情魔法の波形は“揺らぎ”が特徴です。 これは魔力の位相が感情によって微妙に変化するためで……」
僕は魔導モニタに数式と波形を映し出した。 感情の強度に応じて波形が上下し、魔力の密度が変わる。
「一方、無詠唱多重魔法は“固定波形”です。 詠唱を省略する代わりに、魔力の流れを完全に制御しなければならない。 つまり、揺らぎと固定――本来は相反する性質なんです」
クロスが手を挙げた。 「つまり……柔らかい魔法とカチカチの魔法を混ぜるってことか?」 「……まあ、極端に言えばそうだね」 「おお、分かりやすい!」 「分かりやすすぎるよ」 ナギが冷静に突っ込む。
マークが勢いよく手を挙げる。 「アリア! その揺らぎって、俺の魂の震えみたいなもんか!?」 「違うよ」 「即答!?」 「魂の震えは測定できないからね」 「ひどい!」
会議室に笑いが広がるが、僕は続けた。
「今回の融合理論は、この“揺らぎ”を固定波形に重ねることです。 つまり、感情魔法の柔軟性を保ちながら、無詠唱多重魔法の精密さを同時に成立させる」
ナギが顎に手を当てる。 「……理論上は可能。でも、感情の揺らぎを制御できるのはアリアだけだね」 「うん。だから僕がやるしかない」
その瞬間、幼い頃の記憶がよぎった。 冷たい魔法陣、正確すぎる詠唱、感情を排除した“機械的な魔法”。 あの頃は、魔法はただの作業だった。
(でも今は違う。 仲間がいて、感情があって……魔法が“生きている”)
リンネがそっと声をかける。 「アリアくん……無理はしないでね」 「大丈夫。理論は固まってるから」
ナギが資料を覗き込みながら言う。 「……成功すれば、魔法理論が一段階進化する。 失敗すれば、爆発する」 「最後の一言いらないよ!」 クロスが叫ぶ。
マークは拳を握りしめて叫んだ。 「よし! 爆発しても俺が守る!」 「爆発しないから!」 「しても守る!」 「だからしないってば!」
実験場に、緊張と笑いが入り混じった空気が流れた。
(……よし。みんながいる。大丈夫だ)
僕は魔法陣の中心に立ち、次の段階へ進む準備を整えた。
魔法陣の中心に立つと、空気が一段階ひんやりしたように感じた。 観測装置の針が震え、魔導ランプが淡く脈動する。 僕は深呼吸し、指先を“とんとん”と叩いて魔力の流れを整えた。
(……いける。揺らぎと固定波形を同時に扱う。 感情魔法の“柔らかさ”を、無詠唱多重魔法の“精密さ”に重ねる)
「アリア、魔力安定してるよ」 ナギが観測装置を見ながら淡々と告げる。
「ありがとう。じゃあ……始めるね」
僕は詠唱を省略し、魔力を直接魔法陣へ流し込んだ。 光が走り、三重の魔法陣が同時に起動する。
――第一層、感情魔法の揺らぎ。 ――第二層、無詠唱多重魔法の固定波形。 ――第三層、両者を重ねる融合層。
光が重なり、空気が震えた。
「おおお……なんかすげぇぞ……!」 クロスが目を丸くする。
「アリアぁぁぁ! なんか光が俺の方に来てる気がする!」 マークが後ろに下がりながら叫ぶ。
「大丈夫、それはただの残光だから」 「残光!? 残光ってなんだ!?」 「光の残り香みたいなものだよ」 「余計分からん!」
そのやり取りにリンネが苦笑しつつも、僕の方へ視線を戻す。 「アリアくん、魔力の流れが少し速いよ!」
「分かってる……! 揺らぎが強い……!」
感情魔法は、僕の心の動きに敏感だ。 緊張すれば波形が乱れ、焦れば魔力が暴走する。
(落ち着け……落ち着け…… “機械の魔法”じゃない。 今の僕は、感情を排除するんじゃなくて――使うんだ)
胸の奥がじんわりと熱くなる。 その熱を、魔力の流れにそっと乗せる。
すると―― 揺らぎが、固定波形に吸い込まれるように整っていった。
「……成功率、上昇。安定してきた」 ナギが淡々と告げる。
「よし! アリア、そのままいけ!」 クロスが拳を握る。
だがその瞬間――
「うおおおおおっ!?」 マークが突然転んだ。
「ちょっ、何してるの!?」 リンネが慌てて駆け寄る。
「いや……なんか床が光って……俺の足が勝手に……!」 「それ、魔法陣の反応だから踏んじゃダメだよ!」 「先に言ってくれぇぇぇ!」
コトネが苦笑しながらメモを取る。 「マークさん、今日だけで三回目の転倒記録更新ですね」
「記録更新しなくていいんだよ!?」
そんな騒ぎの中でも、僕は魔力の流れを維持し続けた。 揺らぎと固定波形が重なり、魔法陣の光が一段と強くなる。
(……いける。 この感覚……まるで、魔法が僕に応えてくれているみたいだ)
胸の奥が温かくなり、魔力が柔らかく広がっていく。
「アリア、融合層が安定した!」 ナギの声が響く。
「よし……次は最終段階……!」
僕は魔力をさらに押し上げ、融合魔法の完成へと踏み込んだ。
魔法陣の光が最高潮に達した瞬間、空気が一気に張りつめた。 観測装置の針が限界近くまで振れ、魔導ランプが白く瞬く。
(……ここだ。 揺らぎと固定波形の“重なり”を、完全に同期させる)
胸の奥にある温かさ―― それは、幼い頃には決して持てなかった“感情”の熱だ。 僕はその熱を魔力に乗せ、融合層へと流し込んだ。
――瞬間。
魔法陣が、静かに、しかし確かな輝きを放った。
「……安定した」 ナギの声が、驚きとわずかな感嘆を含んでいた。
観測装置の波形は、揺らぎと固定が美しく重なり合い、まるで一つの旋律のように整っている。
「す、すげぇ……!」 クロスが口を開けたまま固まる。
「アリアぁぁぁ! なんか……なんか涙出てきた!」 マークは拳を握りしめ、なぜか感動で震えている。
「泣くほど!?」 「だって……魔法が……歌ってるみたいなんだよ……!」 「詩的だね」 ナギが淡々と突っ込む。
リンネは胸に手を当て、ほっと息をついた。 「アリアくん……本当に成功したんだね」
「うん……みたいだね」 僕は自分の手を見つめた。
幼い頃の魔法は、ただの作業だった。 正確で、冷たくて、感情を排除した“機械の魔法”。 でも今は――
(……魔法が、僕の気持ちに応えてくれている)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「アリア、波形が完全に融合してる。 これは……学院の魔法理論に新しいページが追加されるレベルだよ」 ナギが珍しく、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「えっ、ナギさんが褒めた!?」 クロスが驚きすぎて変な声を出す。
「褒めてはいない。事実を述べただけ」 「それ褒めてるのと同じだよ!」 「違う」 「ひどい!」
マークは両手を広げて叫ぶ。 「アリア! 今日から俺はこの魔法を“魂のハーモニー”と呼ぶ!」 「呼ばなくていいよ!」 「なんでだぁぁぁ!」
実験場に笑いが広がる。 でもその中心で、僕は確かに感じていた。
(……僕は変われた。 魔法も、僕自身も)
そして、仲間たちの存在が、その変化を支えてくれている。
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第26話:微熱の後、アイリスの指先が震えた日
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港町の朝は、いつも通り潮風が甘いパンの香りを運んでくる。 学院の廊下にも、どこかのんびりした空気が流れていた。 僕――アリアは、教室へ向かいながら指先を“とんとん”と叩いて魔力のリズムを整えていた。
(……なんだろう、この胸のざわつき)
理由はすぐに分かった。 教室前の壁にもたれ、アイリスがぼんやり立っていたのだ。
「おはよう、アリア……ふわぁ……」
いつもの柔らかい声だけど、少しだけ弱い。 僕は思わず駆け寄った。
「アイリス、大丈夫? 顔色が……」
「え? 大丈夫だよ〜。ほら、今日も元気いっぱい……あれ?」
軽く跳ねようとした瞬間、アイリスの身体がふらりと傾いた。
「ちょっ……危ない!」
僕は慌てて支える。 アイリスはきょとんとした顔で笑った。
「えへへ……ちょっと、風が強かっただけかも?」
(いや、風のせいじゃないよね……)
そこへ、タイミングよくクロスとマークが登場した。
「おーいアリア! 今日の筋トレメニューなんだけど――って、アイリス!?」 「おおお!? アイリスさんが倒れかけてる!? 俺の肩を使ってくれぇぇぇ!」
「いや、僕が支えてるから!」 「アリアの腕は細いから不安です!」 「失礼だよ!?」
さらにリンネとコトネも駆け寄ってくる。
「アイリスちゃん、大丈夫!?」 「脈は? 体温は? 魔力の流れは?」 「コトネ、医療班みたいになってるよ……」
アイリスはみんなの心配を受けながら、ぽかんと笑った。
「みんな大げさだよ〜。ちょっと眠いだけだから」
(……いや、絶対“ちょっと”じゃない)
胸のざわつきは、さらに強くなっていった。
教室に入ると、アイリスはいつもの席にちょこんと座っていた。 さっきまでふらついていたとは思えないほど、にこにこと微笑んでいる。
「アリア、見て見て。今日のお弁当、ハート型なんだよ〜」
アイリスは嬉しそうに包みを開いた。 ……が、そこにあったのは、どう見ても“押しつぶされた何か”だった。
「……それ、完全に潰れてるだけじゃない?」 「えっ!? あっ……ほんとだ……! でも、ハートに見えない?」 「ポジティブすぎるよ……」
そんなやり取りをしていると、クロスが机をバンッと叩いた。
「アイリス! さっきのふらつき、絶対寝不足じゃないだろ! 俺の筋肉センサーが“危険”って言ってる!」
「筋肉センサーって何……?」 僕が呆れていると、ナギが冷静に補足した。
「クロスの筋肉は何も感じていないよ。彼の思い込み」 「ナギさん、言い方ぁ!」 「事実」
マークも心配そうに身を乗り出す。 「アイリスさん、もし具合悪いなら俺の肩を貸すぞ! いや、背中でもいい! いや、もういっそお姫様抱っこでも!」 「マーク、それはただの願望だよね?」 「違う! いや違わないけど違う!」
リンネはアイリスの手をそっと握り、優しく問いかけた。 「アイリス、本当に大丈夫? 無理してない?」 「大丈夫だよ〜。ちょっと頭がふわふわするだけで……」 「それが大丈夫じゃないんだよ!」
コトネはタブレットを操作しながら眉をひそめる。 「魔力の流れが少し乱れてるね。アイリス、最近ちゃんと休めてる?」 「えへへ……昨日は星が綺麗で、つい……」 「夜更かし!?」 全員が同時にツッコんだ。
アイリスは両手をぱたぱた振りながら笑う。 「だって、星が瞬いてて……なんか呼ばれてる気がして……」 「ロマンチックだけど危険だよ!」 僕は思わず声を上げた。
(……やっぱり、ただの寝不足じゃない。 魔力の揺らぎが、いつもより不安定だ)
胸の奥がざわつく。 感情魔法の感覚が、アイリスの“微妙な違和感”を拾ってしまう。
(……支えなきゃ。僕にできることがあるなら)
アイリスはそんな僕の心配をよそに、のんびりと微笑んでいた。
「みんな、そんなに心配しなくても……私、元気だよ〜。 ほら、今日もちゃんと笑えてるし!」
その笑顔は確かに明るい。 でも――ほんの少しだけ影が差しているように見えた。
昼休み、学院の屋上は潮風が心地よく、遠くに港の帆船がゆっくりと動いていた。 僕とアイリスはベンチに並んで座り、他の仲間たちは少し離れた場所でこちらを見守っている。
「アリア、今日は風が気持ちいいね〜」 アイリスはいつものように微笑むが、その声はどこか弱い。
「うん……でも、無理しないで。さっきから魔力の流れが不安定だよ」
「えっ、分かるの?」 「分かるよ。僕の魔法、感情に反応するから……アイリスの揺らぎも伝わってくる」
アイリスはぽかんとした顔で僕を見つめた。 その表情があまりに天然で、少しだけ笑ってしまう。
「じゃあ……ちょっとだけ、魔力を整えるね」
僕はそっとアイリスの手に触れ、指先を“とんとん”と叩いて魔力のリズムを整えた。 感情魔法は、相手の心の揺れを拾い、優しく包み込むように流す魔法だ。
(……大丈夫。焦らず、ゆっくり……)
胸の奥が温かくなり、その熱が魔力に乗ってアイリスへと流れていく。
「わ……なんだか、あったかい……」 アイリスが目を細める。
「うん。魔力の流れが少し乱れてただけ。これで……」
その瞬間――
「アリアぁぁぁ! 俺も魔力整えてくれぇぇぇ!」 マークが全力で走ってきた。
「なんで!?」 「俺も最近、魂が揺らいでる気がして!」 「それはただの気のせいだよ!」
クロスも続いてやってくる。 「アリア! 俺の筋肉の魔力も整えてくれ!」 「筋肉に魔力は流れないよ!」 「なんでだよ!」
リンネが二人を引きずりながらため息をつく。 「もう……アリアの邪魔しないの!」
ナギは腕を組んで冷静に言う。 「……二人とも、ただの騒音源」 「ナギさん、言い方ぁ!」 「事実」
そんな騒ぎの中でも、アイリスはくすくす笑っていた。
「みんな、仲良しだね〜」 「いや、仲良しっていうか……騒がしいだけというか……」
でも、アイリスの笑顔は少しだけ柔らかくなっていた。 魔力の流れも、さっきより安定している。
(……よかった。少しは楽になったみたいだ)
アイリスは僕の手をそっと握り返した。 「アリア……ありがとう。なんだか、胸の重さが軽くなったよ」
「うん。無理しないでね。何かあったらすぐ言って」
「うん。アリアがいると安心するから」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。 でも同時に―― 魔力の奥に、微かな“影”のような揺らぎが残っているのを感じた。
(……やっぱり、ただの疲れじゃない)
その違和感が、胸の奥に小さな不安を落としていった。
放課後の学院談話室は、夕陽が差し込んでオレンジ色に染まっていた。 いつもならのんびりした空気が流れる場所なのに、今日はどこか落ち着かない。
アイリスがソファに座り、胸元をそっと押さえていた。
「……なんかね、ちょっとだけ息がしづらいの」
その言葉に、談話室の空気が一瞬で張りつめた。
「アイリス、それ絶対大丈夫じゃないよ!」 リンネが慌てて駆け寄る。
クロスも腕を組んで眉をひそめた。 「うむ……俺の筋肉センサーが“危険”って言ってる」 「だから筋肉は喋らないってば!」 僕が即ツッコミを入れる。
マークは両手をバタバタさせながら叫んだ。 「アイリスさん! 俺の膝の上に座ってください! いや、背中でもいい! いや、もう担ぐ!」 「マーク、それはただの願望だよね?」 「違う! いや違わないけど違う!」
コトネはタブレットを操作しながら、深刻な顔をしていた。 「魔力の揺らぎ……さっきより強くなってる。アイリス、今日は本当に休んだほうがいいよ」
「え〜……でも、みんなと話してたいし……」
アイリスは笑う。 その笑顔は柔らかいけれど、どこか儚い。
(……やっぱり、無理してる)
僕の胸の奥がざわつく。 感情魔法が、アイリスの“深い揺らぎ”を拾ってしまう。
ナギが静かに口を開いた。 「アイリス。あなたの体質では、魔力の乱れは負荷が大きい。無理をすれば……取り返しがつかなくなる」
「えっ……ナギ、そんなに心配してくれるの?」 「事実を述べただけ」 「それ優しさだよ!」 クロスがツッコむ。
アイリスはくすっと笑った。 「みんな、優しいね〜。でも、本当に大丈夫だよ? ほら、笑えてるし」
そう言って笑うアイリスの頬は、ほんの少しだけ白い。
(……違う。笑えてるけど、元気じゃない)
胸の奥がぎゅっと縮む。 僕はそっとアイリスの隣に座った。
「アイリス、今日はもう休もう。無理しないで」
「アリア……そんなに心配しなくても……」
「心配するよ。だって……君の魔力の揺らぎ、いつもと違うから」
アイリスは驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと笑った。
「……アリアって、ほんと優しいね」
その笑顔は温かいのに、どこか影が差していた。
(……この影を、見逃しちゃいけない)
仲間たちも同じ思いだった。 談話室の空気は、いつもの賑やかさの奥に、静かな決意を宿していた。
夕暮れの学院中庭は、潮風がやわらかく吹き抜け、オレンジ色の光が石畳を照らしていた。 僕たちは談話室から場所を移し、ベンチに腰掛けて一息ついていた。
「ふぅ……なんだか、みんなに心配かけちゃったね〜」 アイリスは小さく笑う。 その笑顔はいつも通り柔らかいのに、どこか儚さが混じって見えた。
「心配するよ。あれだけふらついてたら」 僕は指先を“とんとん”と叩きながら、魔力の揺らぎをそっと探る。 さっきよりは安定しているけれど、奥に残る影は消えていない。
リンネがアイリスの肩にそっと上着をかけた。 「今日はもう休んだほうがいいよ。無理しないでね」 「ありがとう、リンネ。優しいね〜」 「当たり前だよ!」
クロスは腕を組んでうなずく。 「よし、明日から俺の“健康筋トレメニュー”を――」 「やめてあげて!」 全員が即ツッコミを入れた。
マークは拳を握りしめて宣言する。 「アイリスさんが元気になるまで、俺は毎日見守る!」 「それは逆に疲れそうだからやめて」 コトネが冷静に切り捨てる。
そんなやり取りに、アイリスはくすくす笑った。 その笑顔が、胸にじんわりと沁みる。
(……大丈夫。みんながいる。 でも――この揺らぎは、見逃せない)
僕はそっと立ち上がり、アイリスに手を差し出した。 「部屋まで送るよ。今日はゆっくり休んで」 「うん。アリアと一緒なら安心だよ」
その言葉に胸が熱くなる。 けれど同時に、胸の奥に小さな不安が沈んだままだ。
その時―― 学院の遠くから、魔導警報の低い音が響いた。
「……また、残滓反応?」 ナギが眉をひそめる。
夕暮れの空気が、ほんの少しだけ冷たく感じられた。
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