雨は途切れることなく降り続き、街の通りを静かに沈めていた。少女たちは水面に映る街灯を頼りに歩き、やがて古びた家の前に辿り着いた。木の門は半分ほど水に浸かり、庭の石畳は苔に覆われている。
「わぁ……ここ、まだ人が住んでるんだねぇ!」
なぎさは目を輝かせ、門を押し開ける。
りんは慎重に周囲を見渡し、フードを深くかぶった。
「……静かすぎる」
「でも、ランタンの灯りが見えるよー!きっと誰かいるんだよー!」
なぎさの声は雨音に負けないほど明るく響いた。
家の中から、柔らかな灯りが漏れていた。戸を叩くと、しわの刻まれた手がゆっくりと開ける。そこには老夫婦が立っていた。二人は互いに寄り添いながら、少女たちを穏やかな目で見つめる。
「まあ……こんな雨の中、若い子が来るなんて」
「どうぞ、中へ。濡れてしまうでしょう」
なぎさは嬉しそうに声を上げた。
「わーい!ありがとうございますー!」
りんは小さく頷き、靴を脱いで家に上がる。
室内は温かなランタンの光に包まれていた。壁には古い写真が飾られ、棚には色あせた本や小物が並んでいる。雨音は屋根を叩き続けていたが、室内は不思議と静かで落ち着いていた。
「ここ、なんだか懐かしい匂いがするねぇ……」
「……昔の家だ」
なぎさは棚の上の写真立てを覗き込み、りんは静かにその様子を見守った。
老夫婦は微笑みながら、少女たちを囲むように座った。
「この家も、もうすぐ水に沈んでしまうでしょう。でも、思い出だけは残るものです」
その言葉に、なぎさは目を丸くし、りんは静かに耳を傾けた。 雨音に包まれた家の中で、少女たちは新しい物語の扉を開こうとしていた。
室内はランタンの柔らかな光に包まれ、雨音が遠くに響いていた。壁に並ぶ写真立てには、若い頃の老夫婦の姿が映っている。笑顔で肩を寄せ合う二人、庭で花を育てる姿、古い祭りの賑わい。
「わー!これ、すっごく楽しそうだねぇ!」
なぎさは写真を手に取り、目を輝かせた。
「このお祭り、どこでやったんですかー?」
老婦人は微笑みながら答える。
「この街の広場でね。もう水に沈んでしまったけれど……あの頃は毎年、灯りがいっぱいで賑やかだったのよ」
りんは静かにそのやり取りを見守りながら、棚に置かれた古いランタンに目を留めた。
「……まだ使えるのか」
「ええ、芯を替えればね。若い頃はこれを持って夜の散歩をしたものです」
老夫は懐かしそうにランタンを撫でる。
庭に出ると、雨に濡れた鉢植えが並んでいた。花はほとんど枯れていたが、老婦人は優しく葉を撫でる。
「この庭で、子どもたちと遊んだこともありました。笑い声が雨に負けないくらい響いていたのですよ」
「へぇー!いいなぁ!あたしもそんな庭で遊んでみたかったなぁ!」
なぎさは両手を広げ、想像するようにくるりと回った。
りんは濡れた石畳を見つめながら、心の奥で静かな感情を抱いていた。 ――この夫婦は、確かにここで生きてきた。雨に沈む街の中でも、思い出は消えない。
老夫婦の語る一つ一つの記憶は、少女たちにとって新鮮で温かい物語だった。 雨音に包まれた家と庭は、過去と現在をつなぐ静かな舞台となっていた。
ランタンの灯りに照らされた居間で、老夫婦は少女たちと並んで座っていた。雨音は屋根を叩き続け、静かな旋律のように響いている。
「ねぇねぇ!おじいちゃんとおばあちゃんは、どうやって出会ったのー?」
なぎさの声は弾むように明るく、老夫婦は顔を見合わせて微笑んだ。
「昔ね、雨の日に同じ屋根の下で雨宿りをしたのよ」
「そうそう。あの日からずっと、一緒に歩いてきたんだ」
「わー!ロマンチックだねぇ!まるで物語みたいだよー!」
なぎさは両手を広げて喜び、りんは静かにその様子を眺めていた。
老婦人は棚から古いアルバムを取り出し、少女たちに見せる。ページをめくると、若い頃の笑顔や子どもたちとの写真が現れる。
「この子たちは、もう遠くへ行ってしまったけれど……思い出はここに残っているの」
「へぇー!みんな楽しそうだねぇ!」
なぎさは写真に顔を近づけ、目を輝かせる。

その時、彼女の肘が机に置かれた茶碗に当たり、カタリと音を立てて転がった。
「きゃっ!ごめんなさーい!」
茶碗は床に落ちかけたが、りんが素早く手を伸ばして受け止めた。
「……落ち着け」
「えへへー!りんちゃん、ありがとー!」
老夫婦は笑いながら首を振った。
「いいのよ。こうして賑やかな声が響くだけで、家が生き返ったようだわ」
「若い子が来てくれると、雨の音も少し優しく聞こえるな」
なぎさは照れ笑いを浮かべ、りんは静かに茶碗を机に戻した。 小さなハプニングも、笑いに変わる。 その瞬間、少女たちは老夫婦の温かさに包まれていた。
雨音は途切れることなく屋根を叩き続けていた。けれど、室内には不思議な温かさが満ちていた。老夫婦の語る思い出は、まるで灯りのように少女たちの心を照らしていた。
「ねぇねぇ、すっごく素敵だねぇ!雨の日に出会って、ずっと一緒なんて!」
なぎさは目を輝かせ、写真を胸に抱くように見つめる。
「……強い絆だ」
りんは静かに言葉を落とし、老夫婦の手を見つめた。長年寄り添ったその手は、しわだらけでも確かに温もりを宿していた。
老婦人は微笑みながら少女たちに言った。
「思い出は、雨に流されることはありません。人が生きた証は、心に残るものです」
老夫も頷き、ランタンの灯りを見つめる。
「この灯りが消えても、私たちの歩んだ日々は消えない。だから、君たちも大切にするといい」
なぎさは大きく頷き、りんは静かに目を閉じた。 ――日常の尊さ、人のつながりの重み。 それは沈みゆく街の中でも確かに存在していた。
やがて少女たちは立ち上がり、老夫婦に礼を言った。
「ありがとー!また遊びに来るねぇ!」
「……気をつけて」
老夫婦は微笑みながら二人を見送った。
外に出ると、雨は相変わらず街を覆っていた。通りの電柱はさらに沈み、街灯の光は水面に揺れている。
「……この街も、もうすぐ全部沈む」
「でも、思い出は残るんだよー!あたしたちも、いっぱい作ろうねぇ!」
なぎさの声は雨音に負けないほど明るく響き、りんの心に確かな灯をともした。
遠くで汽笛が鳴った。週末に走る安楽死列車の音。 それは世界の終わりを告げる合図であり、少女たちの旅が次の舞台へ進む予兆でもあった。
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