◀第25話:方程式に涙を混ぜて、僕は新しい式を描いた
▶第29話:ナギの胸の内、冷静な瞳の裏側で震える声
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第27話:分岐する道、僕らの本当の強さを試すとき
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森の入口に立つと、冷たい風が頬をかすめた。 湿った土の匂いが胸の奥に沈み、葉のざわめきが遠くで揺れている。 指先の内側で魔力が小さく跳ねた。
「よーし! 今日も俺の筋肉が森を守る!」 クロスの声が木々に弾け、枝の上の鳥が一斉に飛び立つ。
「……クロス、静かに」 ナギの声が短く落ちる。 「なんでだよ!」 「うるさい」 「ナギさん、容赦ない!」
その横で、リンネの指先がアリアの袖をそっとつまんだ。 細い指がわずかに震え、布越しにその温度が伝わる。
「アリア……今日、ちゃんと動けるかな、私」
アリアはリンネの手元へ視線を落とし、 「大丈夫。リンネの動き、僕は信じてる」 と静かに返した。
リンネの肩がふっと緩み、瞳に小さな光が宿る。 アリアは言葉を重ねず、袖を引く手にそっと触れた。 リンネの呼吸がひとつ整い、北側の影へと歩き出す。
コトネはタブレットを操作しながら、森の奥を見つめた。 「反応、三つ……いや、三つを中心に、周囲にも小さな揺れがある。リアム、西側お願い」 「ひ、ひぇ……! う、うん……!」 リアムの声が裏返り、マークの大きな手が背中を叩く。 乾いた音が森に響き、リアムの体が前に揺れた。
「任せろリアム! 俺の背中は広いぞ!」 アリアは口元だけ緩め、視線を落とした。
その時、アイリスのまつ毛がわずかに震えた。 風の向きが変わり、空気の層が薄く揺れる。 彼女の視線が、森の奥の“北東”へ吸い込まれていった。
「……アリア。奥の方、魔力が揺れてる。 まだはっきりしないけど……少し不穏」
アリアはアイリスの横顔を見つめ、 「気づいてくれて助かる」 と静かに返した。
アイリスの表情がわずかに緩み、二人の間に短い沈黙が落ちる。 その沈黙は、不安ではなく“共有”に近かった。
仲間たちの足音が森の奥へ吸い込まれ、葉のざわめきがその後を追う。 アリアは指先に魔力を集め、胸の奥で小さな灯がともるのを感じた。
森の奥へ進むほど、光が葉に遮られ、足元の影が深く沈んでいく。 湿った土の匂いが濃くなり、魔力のざわつきが肌の内側をかすめた。
「ここから三方向に分かれるよ」 コトネがタブレットを閉じ、仲間たちを見渡す。 画面には、北・南・西に散った魔力反応が淡く揺れていた。
リンネは剣を握りしめ、胸の前で小さく息を整える。 その横顔には緊張と、ほんの少しの期待が混ざっていた。
「アリア……私、北側行ってくるね」
アリアはリンネの瞳を見て、静かに頷いた。 「うん。気をつけて」
リンネの表情がふわりとほどけ、北側の影へと歩き出す。
コトネは南側を指さし、タブレットを胸に抱えた。 「魔獣の痕跡は南が濃い。私が調べてくるね」
「頼りにしてる」 アリアの声に、コトネは嬉しそうに目を細めて森の奥へ向かった。
リアムは肩をすくめ、視線が落ち着かない。 「ぼ、僕……ほんとに西側でいいの……?」
「リアムならできるよ」 アリアがそう言うと、リアムの喉が小さく動いた。 アリアは言葉を続けず、リアムの肩にそっと手を置く。 リアムの呼吸が少しだけ整う。
「よし! リアムが不安なら俺の背中を見ろ!」 マークの豪快な声が森に響き、リアムがびくっと跳ねた。 アリアは小さく息を吐き、視線を伏せた。
その時、アイリスの肩がわずかに震えた。 空気の層がひとつずれたような感覚が走り、彼女の瞳が南側へ向く。
「……アリア。南の魔力、さっきより荒れてる。 コトネ、少し危ないかも。 ただ……まだ全部は掴めてない」
断定ではなく、探るような声だった。
アリアは言葉を使わず、アイリスの視線の先へ目を向けた。 短く息を吐き、軽く頷く。
アイリスも同じように頷き返し、二人の間に細い緊張が張りつめる。
仲間たちの足音が三方向へ散っていき、森の奥でそれぞれの気配が遠ざかる。 アリアの指先に集まる魔力は、さっきよりも鋭く、静かに脈打っていた。
森の奥へ踏み込むと、空気がひときわ重く沈んだ。 湿った匂いが濃くなり、葉の影が複雑に絡み合う。 その静けさを裂くように、南側から低い唸り声が響いた。
「来るよ! 南!」 コトネの声と同時に、黒い影が地面をえぐるように飛び出す。
北側では、リンネの剣が光を弾き、魔獣の進路を断つように踏み込んでいた。 振り下ろされる爪を、軽やかな足さばきでかわす。
「アリア、援護お願い!」 「うん」
アリアの指先に魔力が集まり、空気がふるりと震えた。 リンネの動きに合わせて魔力が流れ、剣筋がさらに鋭くなる。 魔獣の体勢がわずかに崩れ、リンネの刃がその隙を捉えた。
一方、西側ではリアムが必死に魔獣を誘導していた。 「ひ、ひぃぃ! こっち来ないでぇぇ!」 足元がもつれそうになりながらも、魔獣の注意を引きつけている。
アリアは言葉を使わず、リアムの背中へ魔力をそっと流した。 リアムの足取りがわずかに安定し、振り返った瞳に驚きが浮かぶ。
「アリア……ありがとう!」 アリアは軽く目を伏せて返した。
その頃、アイリスの視線が右(東側)へ深く沈んだ。 風が止まり、森の空気がわずかに歪む。
「……アリア。東の魔獣、怒ってる。動きが荒い。 でも……全部は読めない。気をつけて」
「了解」
アリアは短く返し、視線でアイリスへ合図を送る。 アイリスも小さく頷き、前へ踏み出した。
南側ではコトネが叫ぶ。 「この魔獣、感情魔法に反応して動きが鈍くなる! アリア、広く魔力を流せる?」
「やってみる」
アリアの胸の奥で魔力が広がり、森の空気が震えた。 魔獣たちの動きが一瞬止まる。
「今だ!」 クロスが飛び出し、拳を振り下ろす。 「筋肉インパクト!!」
「名前変わってるよ!?」 「今日の気分だ!」 「気分で技名変えないで……!」
ナギの魔法が弱点を正確に撃ち抜き、魔獣が崩れ落ちる。
アイリスはリアムの背に手を添え、 「リアム、足がふらついてるよ。少し下がって」 と静かに声をかけた。
戦闘は短かったが、全員の動きが噛み合っていた。 アリアの胸の奥に、静かな熱が灯る。 仲間たちの気配が、ひとつの流れになっていく。
魔獣の気配が消え、森に静けさが戻った。 湿った空気の中で、仲間たちの息遣いがゆっくり落ち着いていく。
北側から戻ってきたリンネは、剣を収めながら額の汗を指先で拭った。 肩が上下しているのに、その瞳には確かな光が宿っている。
「リンネ、さっきの動き……すごく良かったよ」 アリアがそう声をかけると、リンネの頬がふわりと赤く染まった。
「……ほんとに? よかった……」
その声は小さかったが、胸の奥にまっすぐ届く響きがあった。
西側から戻ったリアムは木にもたれ、肩で息をしていた。 「はぁ……死ぬかと思った……」
アリアはリアムの隣に立ち、軽く肩を押した。 リアムは驚いたように目を瞬かせ、少しだけ笑った。
コトネはタブレットを閉じ、満足げにうなずく。 「アリアの魔力、前よりずっと滑らかだったよ。流れが綺麗」
アリアは言葉を返さず、コトネへ柔らかな視線を向けた。 コトネは照れたように頬をかき、視線をそらす。
クロスは胸を張り、森に響く声で叫んだ。 「よし! 今日の勝利は俺の筋肉のおかげだな!」
「いや、みんなのおかげだよ」 「アリア、そこは筋肉って言ってくれ!」 「言わないよ」
ナギは淡々と片付けをしながら呟く。 「……今日の連携は悪くなかった」
その時、アイリスがふっと立ち止まり、南側の奥へ視線を向けた。 風が静かに髪を揺らし、空気の層が薄く震える。
「……アリア。さっきの魔獣の残り香、まだ揺れてる。 完全には消えてない。気をつけてね」
アリアは言葉を使わず、アイリスの横に立った。 その距離だけで、アイリスの表情が柔らかくほどける。
仲間たちの気配がひとつにまとまり、森の静けさの中に溶けていった。
森の奥から、かすかな振動が伝わってきた。 地面の下で何かが脈打つような、低い響き。 さっきまでの戦闘の余韻とは違う、深いところを揺らす気配だった。
コトネがタブレットを開き、眉を寄せる。 「……反応、もう一つある。位置は北東のさらに奥。 動きがゆっくりで……重い。普通の魔獣じゃないかも」
リンネは剣に手を添え、息を整えた。 疲れが残っているはずなのに、その瞳は迷っていない。
リアムは喉を鳴らし、マークが背中を軽く叩く。 「だ、大丈夫かな……」 「大丈夫だ。俺がついてる」
そのやり取りに、アリアの胸の奥が少しだけ温かくなる。
アイリスの視線が、森の奥の暗がりへ沈んだ。 風が止まり、空気が薄く張りつめる。 彼女の瞳に映る光が、揺れもせずに一点を捉えていた。
「……アリア。あれ、普通の魔獣じゃないと思う。 でも……まだ全部は読めない。 層が深すぎる」
断定ではなく、探るような声だった。
アリアは短く息を吸い、胸の奥の灯を確かめる。 ――なのに。 その灯は、さっきよりも静かすぎた。
「行こう」 アリアは静かに告げた。
その声に、仲間たちの足音が自然と揃う。 湿った土を踏む音がひとつの流れになり、森の奥へ向かっていく。
アリアの指先に、再び静かな熱が灯る。 仲間たちの気配がひとつに結びつき、深い森の影が彼らを迎えるように揺れた。
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第28話:戦場のど真ん中で、僕は君の名を数える
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結界の外に広がる荒野は、昼だというのに薄い靄がかかっていた。 乾いた風が頬をかすめ、砂粒が細かく舞い上がる。 その向こうで、黒い影がゆっくりと蠢いているのが見えた。
――魔獣の群れ。 数は……多い。嫌なほど。
胸の奥で、魔力が小さく震えた。 緊張というより、覚悟を促すような震えだ。
「よし! 今日も俺の筋肉が荒野を救う!」 クロスが拳を突き上げ、風に髪をなびかせる。 ……いや、なびくほど髪ないだろ、と心の中でツッコむ。
「クロス、声がでかい。魔獣が寄ってくる」 ナギが淡々と注意する。 「寄ってきたら倒せばいいだろ!」 「……脳筋」 「今のは聞こえたぞ!?」
緊張感が少しだけ和らぐ。 こういうやり取りがあると、呼吸が整う。
リンネは剣を握りしめ、深呼吸を繰り返していた。 肩がわずかに震えているけれど、目はまっすぐ前を向いている。 その姿に、胸の奥が少し温かくなる。
「アリア……今日も、ちゃんと動けるかな、私」 「大丈夫。リンネは強いよ」 そう言うと、リンネの頬がほんのり赤くなった。
コトネはタブレットを操作しながら、荒野の奥を見つめる。 「反応は十数体。動きはバラバラだけど……なんか、嫌な揺れ方してる」 「嫌な揺れ方って何……?」 リアムが青ざめた顔で尋ねる。 「説明すると長くなるから、簡単に言うね。ヤバい」 「簡単すぎるよ!?」
そのやり取りに、また少しだけ緊張がほぐれた。
そして―― アイリスが、風の止まった荒野をじっと見つめていた。 まつ毛が揺れ、瞳の奥に淡い光が宿る。
「……アリア。あれ、普通の魔獣じゃないよ。 空気の層が……歪んでる」
その声に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。 アイリスの感知は鋭い。 彼女が“普通じゃない”と言うなら、それは本当に普通じゃない。
――守らなきゃ。 でも、守りすぎてもいけない。 戦いの最中に、そんな矛盾した思いが胸の奥で渦を巻く。
荒野の風が止まり、空気が張りつめた。 戦いが始まる前の、静かな緊張が全身を包み込む。
荒野の空気が、ひときわ強く震えた。 次の瞬間、砂煙を巻き上げながら黒い影が飛び出してくる。
「来たっ……!」 リンネが剣を構え、前へ踏み出す。
魔獣は四足で地面をえぐり、赤い瞳をぎらつかせていた。 その動きは荒々しく、しかしどこか“迷い”のような揺れがある。
「アリア、感情の揺れ方が変だよ!」 コトネが叫ぶ。 「変って……どう変なの!?」 リアムの声が裏返る。 「説明すると長いから簡単に言うね。ヤバい」 「またそれ!?」
ユーモアが混じるのに、空気は確実に緊張していた。
魔獣が跳びかかる。 クロスが前に出て拳を構えた。
「任せろ! 筋肉バリアー!!」 「そんな魔法ないよ!?」 ナギの冷静なツッコミが飛ぶ。
だが、クロスの拳は確かに魔獣の突進を受け止めた。 衝撃で砂が舞い上がり、地面が震える。
「ぐっ……! おいアリア! なんかサポートくれ!」 「はいはい……!」
アリアは指先に魔力を集める。 胸の奥の灯が、戦闘の緊張に合わせて脈打つ。
――感情魔法、安定。 ――無詠唱、三重展開。
深呼吸とともに、魔力が静かに広がった。 クロスの周囲に薄い光の膜が生まれ、衝撃を和らげる。
「おおっ!? なんか守られてる感じする!」 「気のせいじゃないよ。ちゃんと守ってるから」 「アリア、もっと褒めてくれてもいいんだぞ!」 「戦闘中に要求しないで」
そのやり取りの横で、リンネが魔獣の足元へ滑り込む。 剣が砂を切り裂き、魔獣の脚をかすめた。
「リンネ、ナイス!」 「う、うん……!」
リンネの動きは確かに成長している。 緊張しているのに、迷いがない。
だが―― アリアの胸の奥に、別の揺れが生まれていた。
アイリスが、魔獣の動きをじっと見つめている。 風が止まり、彼女の髪が静かに揺れた。
「……アリア。あの魔獣、感情が……乱れてる。 怒りと恐怖が混ざってる。普通じゃない」
その声に、胸がきゅっと締めつけられる。
アイリスの感知は鋭い。 でも、彼女が“怖い”と感じている気配が、アリアにはもっと怖かった。
――守りたい。 でも、守りすぎてもいけない。 戦いの中で、そんな矛盾がまた胸の奥で渦を巻く。
魔獣が再び跳びかかる。 アリアは魔力を展開しながら、仲間たちの位置を瞬時に把握する。
北側:リンネ 西側:リアムとマーク 中央:クロス 南側:コトネ そして――すぐ隣に、アイリス。
その配置を確認した瞬間、胸の奥の灯が強く揺れた。
「……来るよ、アリア」 「わかってる」
魔獣の咆哮が荒野に響き渡り、戦闘が本格的に始まった。
魔獣の咆哮が荒野に響き、砂煙が視界を覆った。 その中で、アリアの胸の奥の灯が不規則に揺れる。
――落ち着け。 感情魔法は、心が乱れると暴走する。
わかっているのに、胸の奥がざわつく。 理由は……すぐ隣にいるアイリスだ。
「アリア、右から来るよ!」 アイリスが叫ぶ。 その声が、妙に近くて、心臓が跳ねた。
「わ、わかってる……!」
魔獣が右側から跳びかかる。 アリアは反射的に魔力を展開した。
――無詠唱、四重展開。 ――感情魔法、抑制しつつ拡散。
光の膜が広がり、魔獣の突進を弾く。 だが、魔力の流れが少し乱れた。
「アリア、魔力が揺れてるよ!」 コトネが叫ぶ。 「えっ、そんなに!?」 「説明すると長いから簡単に言うね。ヤバい」 「またそれ!?」
ユーモアが混じるのに、胸の奥は落ち着かない。
――なんでこんなに乱れてるんだ。 戦闘中なのに、アイリスの声が気になって仕方ない。
魔獣が再び跳びかかる。 アリアは魔力を集中させようとするが、胸の奥の灯が揺れた。
「アリア、下がって!」 アイリスが腕を引く。 その瞬間、アリアの心臓が跳ねた。
近い。 距離が近すぎる。
魔力が一瞬だけ暴走し、光が弾けた。
「わっ!?」 「アリア!?」 アイリスが驚いた声を上げる。
魔力の暴発は小さかったが、アリアの胸の奥に冷たい汗が流れた。
――ダメだ。 こんな状態じゃ、みんなを守れない。
魔獣が三方向から迫る。 クロスが拳を構え、マークが盾を掲げ、リンネが剣を構える。
「アリア! なんかサポートくれ!」 「アリアさん、僕にも……!」 「アリア、南側の魔獣が速いよ!」 「アリア、こっちもお願い!」
四方向から名前を呼ばれ、頭が一瞬真っ白になる。
「ちょ、ちょっと待って……!」
そのとき、アイリスがアリアの手をそっと握った。 戦闘中なのに、驚くほど優しい力だった。
「アリア。大丈夫。 あなたの魔力、私が“整える”から」
風が止まり、アイリスの魔力がアリアの魔力に触れた。 胸の奥の灯が、ゆっくりと静まっていく。
――ああ、そうか。 乱れていたのは、戦闘のせいじゃない。 アイリスのことを意識しすぎて、感情が暴れていたんだ。
でも、今は違う。 アイリスが触れてくれている。 その魔力が、アリアの魔力を優しく包んでいる。
「……ありがとう、アイリス」 「ううん。アリアが落ち着いてくれたら、それでいい」
胸の奥の灯が、静かに整った。
アリアは深く息を吸い、魔力を展開する。
――無詠唱、六重展開。 ――感情魔法、安定化。 ――全方位支援。
光が荒野に広がり、仲間たちの動きが一斉に軽くなる。
「おおっ!? なんか体が軽い!」 「アリアさん、すごい……!」 「アリア、今の完璧だよ!」 「アリア、もっとちょうだい!」 「クロス、戦闘中に欲しがらないで!」
ユーモアが混じるのに、戦況は確実に好転していた。
アリアの魔力は、もう乱れていない。 アイリスが隣にいる限り、揺れない。
――でも、それがまた怖い。 依存しすぎてしまいそうで。
胸の奥に、別の葛藤が静かに芽生えていた。
魔獣の群れが荒野を埋め尽くし、砂煙が空を覆った。 その中心で、アリアの魔力が静かに脈打つ。
――落ち着いてる。 さっきまで乱れていたのが嘘みたいに。
アイリスが隣にいるだけで、魔力の流れが整う。 それが嬉しくて、でも怖い。 そんな矛盾した感情が胸の奥で揺れていた。
「アリア、左側の魔獣が動き出すよ!」 「うん、任せて」
アリアは指先を軽く振り、魔力を展開する。 光の軌跡が弧を描き、左側の魔獣の動きを鈍らせた。
「おおっ!? 今の何!?」 リアムが驚きの声を上げる。 「アリアの新技だよ。名前は……えっと……」 クロスが腕を組んで考え込む。 「名前つけなくていいから!」 「えぇ!? 技名はロマンだろ!?」 「ロマンより実用性を優先して!」
そんなやり取りの横で、リンネが魔獣の背後へ滑り込む。 剣が光を反射し、魔獣の脚を切り裂いた。
「リンネ、ナイス!」 「う、うん……!」
リンネの動きは確実に成長している。 緊張しているのに、迷いがない。 その姿に、アリアの胸が少し温かくなる。
だが、戦況はまだ厳しい。 魔獣の数は減っているのに、空気の揺れは強くなるばかりだ。
「アリア、南側の魔獣……なんか変だよ」 コトネがタブレットを見ながら眉を寄せる。 「変って……またヤバいってこと?」 「説明すると長いから簡単に言うね。ヤバい」 「もうその説明禁止にしようよ!?」
南側の魔獣が、突然、異様な速度で跳びかかった。 マークが盾を構え、衝撃を受け止める。
「ぐっ……! アリア、サポートを!」 「わかった!」
アリアは魔力を集中させる。 胸の奥の灯が、アイリスの魔力に触れて静かに整う。
――無詠唱、七重展開。 ――感情魔法、安定化。 ――衝撃吸収+速度補助。
光がマークの盾を包み、衝撃が和らぐ。 同時に、リンネとクロスの動きが一気に加速した。
「おおっ!? なんか速くなった!?」 「アリアさん、すごい……!」 「アリア、もっとちょうだい!」 「クロス、戦闘中に欲しがらないで!」
仲間たちの動きが噛み合い、戦況が一気に傾く。
アリアは深く息を吸い、魔力をさらに広げた。 胸の奥の灯は、もう乱れていない。 アイリスが隣にいる限り、揺れない。
でも―― その安定が、逆に怖い。
依存しすぎたら、戦えなくなる。 アイリスがいないと魔力が乱れるようになったら……。
「アリア」 アイリスが静かに呼ぶ。 その声が、胸の奥に優しく触れた。
「大丈夫。あなたは、あなたのままで強いよ」
その言葉に、胸の奥の灯がふっと軽くなる。
――そうだ。 アイリスが隣にいるから強いんじゃない。 強くなりたいと思わせてくれるのが、アイリスなんだ。
アリアは魔力を展開し、最後の魔獣へ向けて光を放った。
荒野に響く咆哮が、次第に弱まっていく。
最後の魔獣が砂煙の中で崩れ落ち、荒野に静けさが戻った。 風がゆっくりと流れ始め、舞い上がっていた砂が地面へ落ちていく。
「……終わった、のかな」 リアムがへたり込み、肩で息をする。
「終わったよ。アリアが頑張ってくれたからね」 コトネが微笑みながらタブレットを閉じた。
「いやいや! 俺の筋肉も大活躍だっただろ!」 クロスが胸を張る。 「クロスさん、最後の方ほぼ叫んでただけでしたよ……」 「リアム、それは言わない約束だろ!?」
そんなやり取りに、アリアの緊張が少しずつほどけていく。
胸の奥の灯は、もう静かに落ち着いていた。 戦闘中に乱れた魔力も、今は穏やかに流れている。
――でも、それはきっと。
「アリア」 アイリスがそっと隣に立つ。 風に揺れる髪が、夕陽に照らされて淡く光っていた。
「さっき……助けてくれてありがとう。 あなたの魔力、すごく綺麗だったよ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……アイリスが整えてくれたからだよ。 僕ひとりじゃ、あそこまで安定しなかった」
「ううん。アリアはもともと強いよ。 ただ、ちょっと……気持ちが揺れやすいだけ」
アイリスが微笑む。 その笑顔が、戦闘よりもずっと心臓に悪い。
――そうだ。 僕は、戦いよりもアイリスの方が怖い。 怖いほど、大切だから。
でも、その“怖さ”を抱えたままでも、前に進める気がした。
胸の奥の灯は、静かに、確かに、温かく灯っていた。 そしてその灯は、次の戦いへ向かうための光でもあった。
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