◀第31章:まだ灯る希望、君は笑って僕を信じた
▶第35章:すれ違いの真実、夜の港で僕らは言葉を失う
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第33章:結界の外側で、世界は声を失いかけていた
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結界の外に一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。 湿った土の匂いに混じって、金属のような焦げた臭いが漂っている。 残滓汚染が進んだ荒野は、まるで世界の色が抜け落ちたように灰色だった。
「……ここ、本当に戻ってこれるよね?」 リンネが不安そうに僕の袖をつまむ。
「戻るよ。戻らないと、アイリスに怒られる」 「えっ、そこ基準!?」 リンネが半泣きになる横で、アイリスはにこにこしていた。
「大丈夫だよ、リンネ。アリアがいるから!」 「そのアリアが一番不安そうなんだけど!?」 「……そんなに顔に出てる?」 「出てる!」 即答された。
確かに、胸の奥の灯がざわついている。 この先にある魔獣巣――そこから黒い霧が絶えず噴き出しているのが見える。 世界が壊れ始めた“あの日”の影が、ここにはまだ濃く残っていた。
「作戦を確認する」 ナギが淡々と声を上げる。 「アリアが前衛で魔力制御。マークとクロスが左右から牽制。リンネとアイリスは後方支援。リアムとコトネは解析と補助魔法」
「了解!」 マークが元気よく手を挙げる。 「任せろ! 俺の拳が世界を救う!」 「いや、拳じゃ霧は殴れない」 クロスが冷静に突っ込む。
「アリアさん、心拍数が少し上がっています。深呼吸を」 リアムがタブレットを見ながら言う。
「……見なくていいから」 「でも見ます」 「やめてくれ……」
そんなやり取りに、アイリスがくすっと笑った。
「アリア、大丈夫。みんながいるよ」 その声は、荒野の冷たい空気の中で唯一の温度だった。
僕は胸の奥の灯を整え、指先を小さく“とん”と叩く。 ――行ける。行かなきゃいけない。
「よし、進むぞ」 ナギの合図で、僕たちは魔獣巣へ向かって歩き出した。
魔獣巣の入口に近づくほど、空気は濁り、黒い霧が地面を這うように広がっていく。 その中心から、低い唸り声が響いた。
「……来る。全員、散開」 ナギの冷静な声が、荒野の空気を切り裂く。
次の瞬間、霧を割って巨大な影が飛び出した。 狼型の魔獣――だが、残滓汚染で形が崩れ、皮膚は黒いひび割れに覆われている。
「魔獣、接近ッ!」 リンネが叫ぶ。
「残滓濃度……え、3.8倍!? これは“半崩壊型”の挙動だよ!」 コトネがタブレットを連打しながら叫ぶ。 「動きが不規則で、魔力干渉が――わっ、タブレット落ちる……!」 「コトネ、三歩後退」 ナギが即座に指示する。 「巻き込まれるわよ」
「は、はいっ!」 コトネは慌てて下がり、タブレットを胸に抱えた。
魔獣が咆哮し、黒い霧が一気に広がる。
「アリア、お願い……っ」 アイリスが声を上げるが、その声は少しだけ震えていた。
「アイリス、大丈夫か?」 「うん……ちょっと息が……でも、まだ動けるよ……!」 強がって笑うが、額に汗が滲んでいる。
「アイリスさん、脈が速い……!」 リアムが焦った声を漏らす。
「無理はするな」 ナギが短く言い放つ。
僕は胸の奥の灯を整え、指先を小さく“とん”と叩いた。 ――揺らぎと固定、両方を使う。
「《無詠唱・多重魔力展開》」
僕の周囲に三つの魔法陣が静かに浮かび上がる。 詠唱なしで同時展開――以前の僕なら到底できなかった技だ。
「アリアさんの魔力波形……揺らぎと固定の複合式!? ちょっと待って、データ取らせて……いや、魔獣が……わっ、また落ちる……!」 「コトネ、集中しろ」 ナギが淡々と突っ込む。
魔獣が飛びかかってくる。 僕は魔法陣を一つ、前方へ押し出した。
「《風刃・三連》!」
三つの風刃が魔獣の動きを一瞬止める。 その隙にクロスが横から斬り込み、マークが拳で追撃した。
「よっしゃあああああ!」 「勢いだけで突っ込むな。死ぬわよ」 ナギが冷たく言う。
「でも効いてるぞ!?」 「効いてるのはお前のテンションだ」 クロスが呆れた声を返す。
戦闘の緊迫感の中でも、仲間たちの声が飛び交う。 その賑やかさが、逆に僕の心を落ち着かせてくれた。
魔獣はまだ動く。 黒い霧がさらに濃くなり、周囲の空気が歪む。
「アリア、次の一手を」 ナギの声が飛ぶ。
「……分かってる」
僕は深く息を吸い、胸の奥の灯をさらに整えた。 魔力が静かに脈打つ。
――ここからが本番だ。
魔獣の咆哮が荒野に響き、黒い霧がさらに濃く渦を巻く。 その中心で、僕たちは一斉に動き出した。
「マーク、右から回り込め!」 ナギの指示が飛ぶ。
「任せろーっ!」 マークは勢いよく跳び上がり、拳を振り下ろす。 霧は殴れないはずなのに、なぜか衝撃波だけはしっかり魔獣に届いている。
「おい、なんで拳が効いてるんだ……?」 クロスが呆れた声を漏らす。
「気合いだ!」 「物理法則に謝れ」 ナギが淡々と切り捨てた。
その横で、リンネが魔力弓を構える。
「アリア、隙つくるよ!」 リンネの矢が霧を裂き、魔獣の動きを一瞬止める。
「ナイス!」 僕は魔法陣を重ね、風刃を追加で放つ。
そこへコトネが駆け寄ってきた。 タブレットを抱え、息を切らしながら叫ぶ。
「アリア! 魔獣の動き、周期的に乱れてる! 残滓干渉で“魔力の穴”ができてるんだよ! そこ狙えば――わっ、また落ちる……!」 「コトネ、落ち着け!」 リンネが支える。
「……魔力の穴、ね」 僕は霧の揺らぎを観察し、確かに一瞬だけ魔力が薄くなる箇所を見つけた。
「リアム、位置データ!」 「送信します!」 リアムのタブレットが光り、僕の魔法陣に座標が重なる。
「アリア、いける!」 アイリスが声を上げる。 その声は少し息が荒いが、瞳はまっすぐ僕を見ていた。
「……任せて」
僕は胸の奥の灯を整え、指先を“とん”と叩く。 魔力が静かに脈打ち、揺らぎと固定が重なり合う。
「《無詠唱・風槍》!」
鋭い風の槍が魔力の穴へ突き刺さり、魔獣が大きくのけぞった。
「今だ、クロス!」 「了解!」
クロスが一気に踏み込み、剣を振り抜く。 黒い霧が裂け、魔獣の体が大きく崩れた。
「よっしゃああああああ!」 マークが拳を振り上げる。
「まだ終わってない」 ナギが冷静に言う。
確かに、魔獣はまだ立っている。 だが、動きは明らかに鈍くなっていた。
「アリアさん、魔獣の魔力出力が低下しています! あと少しで崩壊します!」 リアムが叫ぶ。
「アリア、もう一撃!」 アイリスが僕の背中に手を添える。 その手は少し震えていた。
「……うん。みんな、行くよ!」
僕たちは再び陣形を整え、魔獣へ向き直った。
――ここからが、連携の本領だ。
魔獣は大きく崩れた――はずだった。 だが、黒い霧が逆流するように魔獣の体へ吸い込まれ、裂けた傷口がゆっくりと塞がっていく。
「……再生してる!?」 リンネが目を見開く。
「通常の魔獣ではありえない再生速度です! 残滓濃度が……上昇してる!?」 リアムがタブレットを震わせる。
「戦闘中に濃度が上がるなんて……そんなの、データにないよ!」 コトネが叫ぶ。 「これは“異常個体”……いや、“崩壊前兆型”かもしれない!」
「……想定外ね」 ナギが短く言う。 「アリア、出力を維持できる?」 「……できる。やるしかない」
魔獣が咆哮し、霧が渦を巻く。 その霧が、まるで意思を持つようにアイリスの方へ伸びた。
「っ……!」 アイリスが一歩よろめく。
「アイリス!」 僕は叫ぶが、魔獣が前に立ちはだかり、近づけない。
「アリア、だいじょ……ぶ……だから……」 アイリスは笑おうとするが、声が震えている。 霧が彼女の魔力に反応している――そんな嫌な感覚が胸を刺した。
「アリアさん、アイリスさんの魔力が……霧に“引かれて”ます!」 リアムが焦った声を上げる。
「……まずいわね」 ナギが冷静に言う。 「アリア、短期決戦に切り替える。あなたの魔法しか突破口はない」
その瞬間、前線からクロスの叫びが響いた。
「アリア、集中しろ! ここは俺たちが抑える!」 クロスが剣で霧を切り裂き、マークが拳で魔獣の注意を必死に引きつけている。 「おりゃあああああっ! こっち向けぇぇぇ!」 「マーク、無茶するな!」 「無茶じゃねぇ! 時間稼ぎだ!」
――仲間が、僕のために時間を作ってくれている。
胸の奥の灯がざわつく。 焦り、恐怖、怒り――いろんな感情が渦を巻く。
でも、その中心にあるのはただ一つ。
――アイリスを守りたい。
僕は深く息を吸い、指先を“とん”と叩いた。 その一音が、心の揺らぎを整えてくれる。
「……行くよ。揺らぎと固定、両方を最大まで引き上げる」
魔力が脈打ち、周囲の空気が震える。 三つの魔法陣が重なり、さらにもう一つ―― 四つ目の魔法陣が無詠唱で展開された。
「アリアさん!? 四重展開なんて……理論上は可能だけど、実戦でやる人いないよ!?」 コトネが悲鳴を上げる。
「アリア、無理しないで……!」 アイリスが手を伸ばす。
「無理じゃない。僕は……僕たちは、ここで止まれない」
胸の奥の灯が強く脈打つ。 揺らぎと固定が完全に重なり、魔力が一点に収束する。
「《無詠唱・四重風槍》――!」
風が唸り、霧を裂き、魔獣の中心へ突き刺さる。 魔獣が苦悶の声を上げ、霧が一気に散った。
だが――まだ終わっていない。 魔獣は崩れながらも、最後の抵抗を見せるように立ち上がる。
「……しぶとい」 ナギが呟く。
僕は息を整え、再び指先を“とん”と叩いた。
――ここで倒す。 仲間を守るために。
魔獣は四重風槍を受けて大きく揺らぎ、黒い霧を撒き散らしながら後退した。 だが、その霧はまだ完全には消えていない。 崩れかけた体を無理やり支えるように、魔獣は最後の咆哮を上げた。
「まだ来るのかよ……!」 マークが拳を構え直す。
「クロス、前へ。マークは左から牽制」 ナギが即座に指示を飛ばす。
「了解」 クロスが静かに踏み込み、魔獣の進路を塞ぐ。
僕は呼吸を整えようとしたが、胸の奥がじんじんと痛んだ。 四重展開の反動――魔力の揺らぎがまだ収まらない。
「アリアさん、魔力制御装置が警告を出しています! 出力が限界値を超えて……!」 リアムが焦った声を上げる。
「……大丈夫。あと少しだけ持つ」 本当は大丈夫じゃない。 頭が少しくらくらして、視界の端が揺れている。
でも――
「アリア……」 アイリスが僕の腕を掴む。 その手は冷たく、震えていた。
「大丈夫。すぐ終わらせるから」
僕は指先を“とん”と叩いた。 その一音が、揺らぎかけた心をわずかに整えてくれる。
「アリア、来るぞ!」 クロスの声。
魔獣が最後の力を振り絞り、霧をまとって突進してくる。
「――《無詠唱・風壁》!」
僕は残った魔力を絞り、風の壁を展開した。 魔獣の突進が風壁にぶつかり、霧が弾ける。
「今だ、マーク!」 「任せろおおおおおっ!」
マークの拳が霧の中心を貫き、 クロスの剣がその隙を逃さず魔獣の核を断ち切った。
黒い霧が一気に散り、魔獣は崩れ落ちた。
――静寂。
荒野に残るのは、風の音だけだった。
「……終わった、のか?」 リンネが息をつく。
「魔力反応、消失。完全に崩壊しました」 リアムが安堵の声を漏らす。
「アリアさんの……四重展開の波形データ……すご……っ」 コトネは震える手でタブレットを抱きしめ、 保存ボタンを押す指がかすかに震えていた。 驚きと安堵が入り混じった表情で、僕を見つめている。
僕はその場に膝をついた。 四重展開の反動が一気に押し寄せ、身体が重い。
「アリア!」 アイリスが駆け寄り、僕の肩を支える。
「大丈夫……ちょっと疲れただけ」 そう言いながら、僕は指先で膝を“とん”と叩いた。 そのリズムは、今日一日の緊張をほどくように静かだった。
だが、荒野に残る残滓の濃度は、以前より明らかに高い。 世界崩壊の危機は、もう“遠い未来”ではない。
「……戻ろう。まだ、やることがある」 ナギの言葉に、全員が頷いた。
僕たちはゆっくりと結界へ向かって歩き出した。
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第34章:全部を込めた一撃、僕の声が仲間を包んだ
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荒野の空気は、まるで世界そのものが息を潜めているかのように重かった。 黒い霧が地面を這い、遠くの魔獣巣からは不気味な脈動が響いてくる。 昨日より濃い。昨日より近い。 ――残滓汚染が、確実に広がっている。
「うわぁ……今日の霧、昨日より“ドロッ”としてない?」 リンネが眉をひそめる。
「ドロッ……という表現は科学的ではありませんが……まあ、否定はできませんね」 リアムがタブレットを操作しながら答える。
「残滓濃度、昨日比で……え、1.4倍!? ちょっと待って、計算間違いじゃ……いや、間違いじゃない……!」 コトネがタブレットを抱えて震えている。 興奮か恐怖かは、たぶん半々。
「よーし! 今日も俺の拳が世界を救う!」 マークが元気よく拳を突き上げる。
「お前の拳で救える世界なら、とっくに平和だ」 クロスが淡々と突っ込む。
「はいはい、みんな落ち着いて」 アイリスが笑顔で手を叩く。 その笑顔は柔らかいけれど、どこか疲れが滲んでいるのが気になった。
「アリア、今日の調子はどう?」 「……悪くない。昨日より、胸の灯が静かに燃えてる感じ」
僕は胸の奥にある“灯”に意識を向ける。 揺らぎは少ない。 でも、どこかざわついている。 ――仲間が危険に晒される予感が、胸の奥で警鐘を鳴らしていた。
「ナギ、作戦は?」 「単純よ。アリアが前衛で魔力制御。クロスとマークが左右から牽制。リンネとアイリスは後方支援。コトネとリアムは解析と補助。昨日と同じ。ただし――」
ナギは霧の奥を鋭く見つめた。
「今日は“何か”が潜んでいる。全員、油断しないこと」
その言葉に、僕の背筋がひやりとした。
でも――逃げるわけにはいかない。
僕は指先を“とん”と叩いた。 そのリズムが、覚悟を整えてくれる。
「よし、行こう。みんなで帰るために」
仲間たちが頷き、僕たちは魔獣巣へ向かって歩き出した。
魔獣巣の奥から、低い唸り声が響いた。 空気が震え、黒い霧が一気に広がる。
「来るぞ、全員構えろ」 ナギの声が鋭く響く。
次の瞬間、霧を割って巨大な影が飛び出した。 四つ足の獣――だが、形は崩れ、皮膚は黒いひび割れに覆われている。 昨日の個体より明らかに“濃い”。
「うわっ、今日の魔獣、なんか……濃縮タイプ!?」 リンネが叫ぶ。
「濃縮タイプって何……いや、でも確かに濃い……!」 リアムがタブレットを震わせる。
「残滓濃度、昨日比で……え、1.7倍!? ちょっと待って、これ本当に生き物!?」 コトネが半泣きで叫ぶ。
「生き物かどうかはともかく……来るぞ!」 クロスが剣を構えた。
魔獣が咆哮し、霧をまとって突進してくる。
「マーク、右!」 「任せろおおおおっ!」
マークが拳で霧を散らし、クロスがその隙を突いて斬り込む。 だが、魔獣は怯まない。 霧がまるで意思を持つように、二人の動きを阻む。
「アリア、お願い!」 アイリスの声が背中を押す。
僕は胸の奥の灯に意識を向け、指先を“とん”と叩いた。 感情が魔力に流れ込む。 恐怖、焦り、仲間を守りたい気持ち――全部が魔力の揺らぎに変わる。
「《無詠唱・多重展開》!」
三つの魔法陣が同時に浮かび上がる。 昨日よりも速い。 昨日よりも、ずっと自然に展開できている。
「アリアさん、魔力波形が……え、安定してる!? 昨日より安定してる!?」 コトネが興奮で声を裏返す。
「アリア、すごい……!」 アイリスが息を呑む。
魔獣が再び突進してくる。 僕は魔法陣を前へ押し出した。
「《風刃・三連》!」
三つの風刃が霧を裂き、魔獣の動きを止める。 その隙にクロスが斬り込み、マークが拳で追撃した。
「よっしゃあああああ!」 「だから拳で霧を殴るなって言ってるだろ!」 クロスが叫ぶ。
「でも効いてるぞ!?」 「効いてるのはお前のテンションだ!」
戦闘の緊迫感の中でも、仲間たちの声が飛び交う。 その賑やかさが、逆に僕の心を落ち着かせてくれた。
魔獣はまだ動く。 霧がさらに濃くなり、空気が歪む。
「アリア、次の一手を」 ナギの声が飛ぶ。
「……任せて」
胸の奥の灯が強く脈打つ。 感情が魔力に変わり、魔法陣がさらに輝きを増す。
――ここからが本番だ。
魔獣の咆哮が荒野を震わせた。 黒い霧が渦を巻き、視界が一瞬で奪われる。
「うわっ、前が見えない!」 リンネが叫ぶ。
「霧の濃度、急上昇! アリアさん、これ……やばいです!」 リアムの声が震える。
「やばいって科学的に言うのやめて!?」 コトネが半泣きでタブレットを抱え込む。
そのとき――霧の奥から、魔獣の影が跳び出した。
「クロス、危ない!」 僕が叫ぶより早く、魔獣の爪がクロスに迫る。
「っ……!」 クロスが剣で受け止めるが、霧の干渉で動きが鈍い。
「マーク、援護!」 「任せろおおおおおっ!」
マークが拳で霧を散らしながら突っ込む。 だが、霧が逆流するように絡みつき、マークの足を止めた。
「うおっ!? 足が……! 霧のくせに掴むなよ!?」 「霧に掴まれるってどういう状況!?」 リンネがツッコむ。
――まずい。 このままじゃ、クロスもマークも危ない。
胸の奥の灯が強く脈打つ。 焦り、恐怖、仲間を守りたい気持ち――全部が魔力に変わる。
「アリア、行ける!?」 アイリスの声が震えている。 でも、その瞳は僕を信じていた。
「……行くよ」
僕は指先を“とん”と叩いた。 その一音が、揺らぎを整え、魔力を一点に集中させる。
「《無詠唱・風槍・拡散》!」
風の槍が霧を裂き、無数の細い風刃となって広がる。 霧が一気に吹き飛び、視界が開けた。
「助かった……!」 クロスが息をつく。
「アリア、ナイス!」 マークが親指を立てる。
「まだ終わってないよ!」 リンネが弓を構え、魔獣の動きを牽制する。
魔獣が怒り狂ったように霧を噴き出し、 今度はアイリスへ向かって突進してきた。
「アイリス!」 僕の心臓が跳ねる。
「っ……!」 アイリスは避けようとするが、足元の霧が絡みつき、動きが遅れる。
「アリアさん、アイリスさんの魔力が霧に引かれてます!」 リアムが叫ぶ。
「そんな……!」 コトネがタブレットを抱えたまま震える。
――間に合わない。
そう思った瞬間、胸の奥の灯が爆ぜた。
「アイリスに触るなあああああっ!」
感情が魔力に変わり、僕の周囲に四つの魔法陣が一気に展開する。 昨日より速い。 昨日より強い。
「アリアさん!? 四重展開の速度が……理論値超えてる!?」 コトネが悲鳴を上げる。
「《無詠唱・四重風壁》!」
風の壁が瞬時に形成され、アイリスの前に立ちはだかった。 魔獣の突進が風壁にぶつかり、霧が弾ける。
「アリア……ありがとう……!」 アイリスが震える声で言う。
「まだ守るよ。みんなも!」
僕は再び指先を“とん”と叩き、魔力を整えた。
――ここから反撃だ。
魔獣は怒り狂ったように霧を噴き出し、荒野全体が黒い波に飲まれそうになっていた。 その中心で、僕は胸の奥の灯が暴れるのを感じていた。
――怖い。 でも、それ以上に。
――守りたい。
その感情が、魔力の揺らぎと重なっていく。
「アリアさん、魔力波形が……安定してるどころか、上昇してます!?」 コトネがタブレットを抱えたまま叫ぶ。
「アリア、無理はするな」 ナギが冷静に言う。
「大丈夫。これは……怖いけど、怖くないんだ」
自分でも何を言っているのか分からない。 でも、胸の奥の灯が“進め”と言っている。
魔獣が再び突進してくる。 クロスとマークが前に出て受け止めるが、霧の干渉で押されている。
「アリア、早く……!」 クロスが歯を食いしばる。
「任せろおおおおっ! ……って、押し返せねぇ!?」 マークが叫ぶ。
――間に合わない。
僕は指先を“とん”と叩いた。 その一音が、魔力の揺らぎを整え、感情を魔法に変換する。
「《無詠唱・多重展開》!」
三つの魔法陣が瞬時に展開し、さらに―― 胸の奥の灯が強く脈打つ。
四つ目の魔法陣が、自然に浮かび上がった。
「アリアさん……四重展開が……昨日より速い……!」 コトネが震える声で言う。
「アリア、すごい……!」 アイリスが息を呑む。
でも、まだ終わりじゃない。 胸の奥の灯が、さらに“先”を示している。
「……五つ目、いけるかもしれない」
「アリア!? 五重展開は理論上は可能だけど、実戦でやったら――」 コトネが悲鳴を上げる。
「大丈夫。僕は……一人じゃないから」
僕は深く息を吸い、指先を“とん”と叩いた。 その瞬間、胸の奥の灯が爆ぜるように広がり――
五つ目の魔法陣が、静かに展開した。
「アリアさん……本当に……やっちゃった……!」 コトネがタブレットを落としそうになりながら叫ぶ。
「アリア、無茶はするなと言ったが……これはもう無茶の範囲を超えてるわね」 ナギが呆れたように言う。
「でも……綺麗……」 アイリスが小さく呟く。
五つの魔法陣が重なり、風が荒野を震わせる。 感情と理論が完全に融合し、魔力が一点に収束する。
「《無詠唱・五重風槍》――!」
風が唸り、霧を裂き、魔獣の中心へ突き刺さる。 魔獣が苦悶の声を上げ、霧が一気に散った。
――これが、僕の“いま”の全力。
五重風槍の余波が荒野を吹き抜け、黒い霧が一気に晴れていく。 魔獣は断末魔のような呻きを残し、崩れ落ちた。 霧が消えたあとの空気は、まるで嵐の後のように静かだった。
「……終わった、のか?」 リンネが弓を下ろし、肩で息をする。
「魔力反応、完全に消失。アリアさんの五重展開……本当に成功して……すご……っ」 コトネは震える手でタブレットを抱きしめ、 保存ボタンを連打しながら僕を見つめていた。
「アリア、無茶しすぎだ」 クロスがため息をつく。
「でも、助かったぜ! お前の魔法、マジでカッコよかった!」 マークが親指を立てる。
「アリアさん、魔力制御装置の警告は……あ、まだ鳴ってますね……」 リアムが焦った声を上げる。
「まあ、アリアだし。生きてるなら問題ないでしょ」 ナギが淡々とまとめる。
「問題あるよ!?」 リンネが即ツッコミを入れた。
僕は膝に手をつき、深く息を吐いた。 五重展開の反動で身体は重いけれど、心は不思議と軽かった。
「アリア……」 アイリスがそっと僕の隣にしゃがむ。 その瞳は不安と安堵が入り混じっていた。
「大丈夫。みんながいたから、できたんだ」
僕は指先を“とん”と叩いた。 そのリズムは、戦いの緊張をほどくように静かに響く。
「……帰ろう。今日のデータ、絶対に解析したい……!」 コトネがタブレットを抱えて燃えている。
「帰ったらまず休め」 ナギが即座に制止する。
「アリアさん、帰ったら検査しますからね!」 リアムが真剣な顔で言う。
「アリア、今日は本当に……ありがとう」 アイリスが微笑む。
その笑顔を見て、胸の奥の灯が静かに揺れた。
――守れた。 その事実が、何よりも嬉しかった。
僕たちは荒野を後にし、結界へ向かって歩き出した。 世界の危機はまだ続く。 でも、仲間となら――きっと進める。
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