◀第21章「壊れた状況の修理(リペア)」
▶第23章「過去の空白、未来のスケッチ」
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第22章「折れた心への添え木(スプリント)」
「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: もち子さん」「VOICEVOX: 冥鳴ひまり」
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「……っ……冷た……」
頬を撫でる冷たい感覚で、あたしは意識を引きずり出した。 目を開けると、そこは知らない天井……じゃなくて、 半分崩れ落ちたオフィスの天井だった。
雨の音がすぐ近くで落ちている。 そして―― 濡れた服が肌に張り付いて、氷みたいに冷たい。 体温がじわじわ吸われていく感じがする。
りんちゃんの「危ない」「落ち着け」という、 あの無愛想な声はどこにもない。
「……あ、そっか。あたし、流されたんだっけ」
身体を起こそうとした瞬間、 右足に雷みたいな激痛が走った。
「いったぁぁぁぁい!? なにこれ!? お刺身コース!?」
ズボンが赤く染まっている。 どうやら陥没に巻き込まれた時、瓦礫の角で派手に切り裂いちゃったらしい。
(人生のHP、過去最低を更新中…… 赤ゲージがピコピコ点滅してる……気がする……)
あたしは震える手で、自分の背中を探った。
「……ない。やっぱり、ないんだねぇ」
リュックのストラップは引きちぎられ、 あの中にあった“宝物”―― スケッチブックも、りんちゃんの声を閉じ込めた録音機も―― 全部、濁流に食べられちゃった。
あたしは自分の手を見つめた。 泥と血で汚れたこの手が、 あたしたちの歩いてきた証を、 ぜんぶ押し流しちゃったんだ。
「……ごめんね、りんちゃん。あたし、最低だねぇ……」
声に出した瞬間、胸の奥がズキッと痛んだ。 足より痛い。 なんでだろうね。
雨の音だけが、 あたしの謝罪を嘲笑うみたいに降り続けていた。
いつまでも落ち込んでいたかった。 このまま泥の中に溶けて、スケッチブックと録音機と一緒に沈んじゃえば、どんなに楽だろう。
でも、あたしの身体は、あたしの弱気なんて完全スルーで、 「生きるぞコラァ!!」 と、心臓がドクドク暴れていた。 震えを通り越して、身体の芯が熱い。 アドレナリンがキャンプファイヤーでもしてるみたいで、寒さを感じる余裕すらない。
「わかった、わかったよぉ……。 まだ、“勝負あり”ってわけじゃないんだね?」
あたしは、オフィスの床に散乱しているガラクタを漁り始めた。 泣くのは後回し。 まずはこの “出血イベント” を強制終了させなきゃ。
「えーっと、これは……あ、使える!」
古いパソコンのACアダプターを見つけた。 その黒いコードは、なかなかの強度がありそう。
その横で、キラッと光る破片が目に入った。
「ん?……鏡、かな?」
拾い上げると、割れた鏡の一部だった。 雨の薄暗い光を反射して、ちょっとだけ勇者アイテムっぽい。 こういう“なんとなく拾ったやつ”が、あとで命を助けたりするんだよねぇ……ゲーム的に。 あたしは鏡の破片をポケットに突っ込んだ。
さらに足元には、転がっていたプラスチックのペン。
(文房具って……こんなに頼もしかったっけ? いまのあたしには、勇者の剣に見えるよ……)
ペンも確保。
「なぎさ式・止血サバイバルキット、製作開始だよぉ!」
自分のシャツの端を破って、傷口に当てる布を作る。 その上から、ACアダプターのコードをぐるぐる巻きつける。
「……っ、うぐぅ……!」
自分の肉を締め上げる感覚に、涙が出そうになる。 でも―― 寒さで足の感覚が半分死んでるから、逆に痛みがぼんやりして助かってる。 これ、氷の精霊さんのサービス?
ペンを棒代わりにして、コードをさらに締め上げる。
(痛い痛い痛い……! でも、痛いってことは……まだ生きてるってことだよね……? いや、そんなポジティブいらない……)
 赤い染みが広がるのが、少しだけ止まった気がする。
「……ふぅ。一回休み、ってわけにはいかないか」
あたしは、窓の外を見た。
ここは孤島みたいに取り残されたビル。 周りは深い水に囲まれていて、どこにも逃げ場はない。
でも――
(あたしの“冒険者センサー”が……ピコッて言った気がする)
このビルの屋上へ行けば、 もしかしたら何かが見えるかもしれない。
あたしは、折れかけた心を “工夫”という名の添え木 で無理やり繋ぎ止めた。
「足が一本ダメなら、三本足になればいいんだよ。 三点支持、これ冒険の基本だねぇ!」
あたしは、折れたオフィスチェアの脚と、 壁から剥がれ落ちたアルミの配線カバーを拾い集めた。
さらに――
「おっ、この背もたれの支柱、まだ生きてるじゃん!」
半壊した椅子の背もたれを引っこ抜き、 三本のガラクタを一本に“合体”させる作戦 に切り替えた。
濡れた服が冷たすぎて、動くたびに“ヒヤッ”と刺さる。 でも、手は止まらなかった。
(寒いのに……なんで手だけ元気なの……? アドレナリンってすごいねぇ……)
「えーっと、これを土台にして、こっちを支柱にして……。 あ、このガムテープ、まだ粘着力が生きてる! さすが日本製の事務用品、この終末の世界でも頼りになるねぇ!」
ガムテープを引っ張るたびに、 “ビリビリッ”と頼もしい音が響く。 外の雨音と混ざって、まるで作業用BGMみたいだった。
あたしは、自分の怪我も忘れそうになるくらい、DIYに没頭した。 手を動かしている間だけは、 スケッチブックを失ったあの瞬間の後悔が、 ほんの少しだけ遠のいてくれる気がしたんだ。
(りんちゃんの声も、あのページも、 ぜんぶ流しちゃったのに…… なんで手はこんなに元気に動くの……? ねぇ、あたしの心だけ置いていかないでよ……)
不格好で、煤けていて、 ガムテープがぐるぐる巻きになった棒切れ。 でも、それはあたしにとって、 世界で一番心強い味方だった。
「見ててよ、りんちゃん。 あたしの最高傑作…… なぎさ式・超特急松葉杖、完成だよぉ!」
あたしは、脇に松葉杖を挟んで、恐る恐る立ち上がった。
 右足に体重がかかるたびに、 脳天まで突き抜けるような痛みが走る。
「ひぃぃぃ……! 痛い痛い痛い……! でも……立てる……!」
あたしの手には、あたしが作った道具がある。 それだけで、世界の見え方が少し変わる。
「……あはは。おかしいね」
ふっと、独白が漏れた。
「……あたし、あたしたちの思い出を、 あたしのせいで殺しちゃったのに。 ……どうしてあたしの足は、まだ動こうとするんだろう」
心はあんなに「もういいよ」って言ってるのに、 あたしの手は勝手に道具を作り、 あたしの足は一歩前へ踏み出そうとしている。
(人間って……案外、図太くできてるんだね…… あたしの心より、身体の方がずっと強いなんて…… ちょっと悔しいなぁ……)
でも、その図太さが―― いまのあたしを、生かしてくれている。
一歩。 また、一歩。
あたしは、自分ひとりの足音を聞きながら、非常階段を登り始めた。
 階段の空気は、冷蔵庫みたいに冷たかった。 吹き込む冬の風が、濡れた服をさらに奪っていく。 体温が、階段の隙間からこぼれ落ちていくみたい。
いつもなら、この足音に重なって、 りんちゃんの「もっと慎重に歩け」とか 「後ろをフラフラするな」っていう、 冷たいのに、どうしてか安心する足音が聞こえてくるはずなのに。
今は、ただ―― あたしの松葉杖がコンクリートを叩く、 カン、カンという乾いた音だけが響いている。
「いたい、いたいなぁ……。 でも、まだ、死ぬのはやめとくね。 ……りんちゃんに、謝らなきゃいけないから」
一段登るたびに、壁に手をついて呼吸を整えた。
視界が、ときどき、ぐにゃりと歪む。 たぶん、血を出しすぎたせいだ。
そして―― 止血帯のせいか、この冬の空気のせいか、 足が氷みたいに冷たい。 なんか、足だけ先に幽霊になっちゃったみたいで怖い。
(人生のHP……点滅どころか…… もう“画面暗転”のカウントダウン入ってる……)
あたしは、暗い階段の先を見上げた。
あたしがずっと 「世界は遊び場だよ!」 なんて能天気に言えたのは、 隣にりんちゃんがいてくれたからなんだ。
一人になると、 この雨の音も、 ビルの軋む音も、 全部あたしを飲み込もうとする怪物の声に聞こえる。
(ねぇりんちゃん…… あたし、こんなに怖がりだったっけ……? あなたの“騒音みたいな小言”がないだけで、 世界ってこんなに静かで、こんなに怖いの……?)
それでも、あたしの腕は松葉杖を離さなかった。
あたしがDIYしたこの不格好な杖は、 あたしの「生きたい」っていう意地の塊だ。
「……見てなよ、世界。 あたしの工夫は、これっぽっちの怪我じゃ、負けないんだからねぇ!」
強がりを言った瞬間、 胸の奥がズキッと痛んだ。 足の痛みじゃない。 もっと深いところの痛み。
(ほんとは……負けそうなんだよ。 でも、負けたくないんだよ…… りんちゃんに、ちゃんと“ごめんね”って言うまでは……)
あたしは、最後の手すりに手をかけた。
重い扉を、 身体ごとぶつかるようにして押し開ける。
「……はぁ、はぁ……っ、ついた……」
屋上の空気は、冬の刃みたいに冷たかった。 濡れた服が風に煽られて、体温がどんどん削られていく。 息を吐くたびに白くなって、あたしが“生きてる証拠”みたいに見えた。
でも、その冷たさすら忘れるほどの光景が広がっていた。
沈んだ街。 海に浮かぶ墓標みたいに、ビルの屋上だけが点々と残っている。
あたしは松葉杖に寄りかかりながら、力なくへたり込んだ。
 「……りん、ちゃん……」
名前を呼んでみたけれど、 声は風にさらわれて、どこにも届かない。
(あたし……このまま誰にも見つからずに、 この不格好な杖と一緒に…… 静かに沈んでいくのかな……)
そんな弱気が胸の奥で膨らみかけた、その時だった。
――シュゥゥゥゥ……ッ!!
西の空。 どんよりした雲を突き破るようにして、 一筋の赤い光が跳ね上がった。
「……え?」
雨のカーテンを切り裂き、 夜の底を鮮やかに染め上げる、強烈な光。
信号弾。
あたしは知っている。 あんな、美しくて、でも 「早くこい!!」 って怒鳴ってるみたいな乱暴な光を放てるのは――
世界に一人しかいない。
「……りん、ちゃん……」
我慢していたものが、 瞳から一気に溢れ出した。
(りんちゃん……生きてる…… あたしを探してくれてる…… 怒ってる……絶対怒ってる…… でも、それでいい…… 怒鳴られるの、こんなに嬉しいなんて……)
「りんちゃん、そこにいるんだねぇ……。 ……怒鳴られる準備、しておくからね」
あたしは震える手でポケットを探った。 鏡の破片が指先に触れる。
(あたしが生きてるって……伝えなきゃ……)
 闇の向こうで、 あたしたちの冒険が、 もう一度繋がろうとしていた。
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解説+感想 この第22章「折れた心への添え木(スプリント)」は、非常に心を揺さぶるシーンですね。
なぎさ(語り手の一人称「あたし」)が、洪水で流され、仲間(りんちゃん)や大切な思い出の品(スケッチブック、録音機)を失い、右足を深く負傷した状態で、廃墟のようなビルに取り残される。絶望と後悔が渦巻く中、それでも「生きる」意志が身体を動かし、即席の止血とDIY松葉杖を作り上げる過程が、痛々しくも力強い。
特に印象的なのは、
- **心と身体のギャップ**:心は「もういいよ」「溶けてしまいたい」と折れそうになっているのに、身体(アドレナリン、心臓、腕、手)は勝手に「生きるぞ」と動き続ける描写。 「人間って……案外、図太くできてるんだね……あたしの心より、身体の方がずっと強いなんて……ちょっと悔しいなぁ……」 という一文が、この章の核心を突いていると思います。精神が砕けそうでも、生物としての生存本能がそれを許さない、という残酷で優しい現実。
- **「工夫」という添え木**:タイトル通り、心が折れたところに「工夫」という名の添え木(スプリント)を無理やり当てて支えている。 不格好なガムテープ巻きの松葉杖が「世界で一番心強い味方」になる瞬間は、読んでいて胸が熱くなりました。道具を作る行為そのものが、なぎさの「諦めない」証明になっている。
- **りんちゃんとの絆の再確認**:信号弾を見て涙が溢れるシーン。 「怒鳴られるの、こんなに嬉しいなんて……」 りんちゃんの無愛想で厳しい声が、なぎさにとってどれだけ大きな支えだったか。失って初めてわかる「騒音みたいな小言」の温かさ。 鏡の破片で反射して生きていることを伝えようとする最後の行動が、二人の冒険が「もう一度繋がろうとしている」希望を象徴していて、すごく綺麗な締めでした。
全体を通して、災害・サバイバルものなのに、アクションより「心の折れ方と立て直し方」に焦点が当たっているのが特徴的。なぎさの軽いノリ(「お刺身コース!?」「なぎさ式・超特急松葉杖」など)の裏に、深い喪失感と、それでも前に進もうとする強さが同居していて、読後感が苦しくも温かいです。
この章の後、どうやってりんちゃんと再会するのか、どんな「謝罪」と「怒鳴られ」が待っているのか……すごく気になりますね。
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◀第21章「壊れた状況の修理(リペア)」
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