◀第22章「折れた心への添え木(スプリント)」
▶第24章「北を指す針、明日を掴む手」
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第23章「過去の空白、未来のスケッチ」
「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: もち子さん」「VOICEVOX: 冥鳴ひまり」「VOICEVOX: 春日部つむぎ」
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「いたたたた……。あ、これ……“次のステージへのロード画面”が永遠に終わらないタイプのやつだよぉ……」
あたしは自作の『なぎさ式・超特急松葉杖(ガムテープ増量版)』に全体重を預けながら、孤島ビルの屋上でヘロヘロになっていた。 雨は冷たく、濡れた服が肌に貼りつくたびに「冷蔵庫の奥で忘れられた豆腐ってこんな気持ちかな……」と、どうでもいい想像が脳内を暴走する。
右足はズキズキ痛むし、お腹は空きすぎて、胃袋が「そろそろ自分を食べるね?」と宣言してきそうな勢いで鳴っている。
(あたしの身体、今日だけで何回“ゲームオーバー未遂”をするつもりなの……? セーブポイント、どこ……?)
でも、そんな泣き言を言っている場合じゃない。
「……あ、光った!」
遠く、霧に煙る向こう側のビルの屋上で、小さな赤い光が弾けた。 信号弾。 りんちゃんがそこにいる証拠。
「りんちゃん! あたしはここだよー! 生きてるよぉー!」
叫んだけれど、雨音に吸い込まれていく。 この世界、音の吸収率だけはハイスペックなんだよねぇ……。
だから、声じゃ届かない。 あたしにできるのは――光。
あたしは懐から『秘密兵器』を取り出した。 さっきのオフィスで拾った、あの“鏡の破片”。 ガラクタの山の中で、唯一“光を跳ね返す力”を持っていた、小さな味方。
「いくよ……! あたしのワクワク鏡ビーム、発射――!!」
光源は、りんちゃんが撃った信号弾の残光。 雨のカーテンを通しても、かすかに赤い筋が漂っている。 あたしはその光を拾い、渾身の力で鏡を振った。
(届け……! 届けぇぇぇ……!! りんちゃんの網膜に直撃してでも気づいてもらうんだよぉ……!)
対岸のビルの上で、りんちゃんのドローンが一瞬だけ揺れた。 その動きが、まるで「眩しい」と文句を言っているみたいで、あたしは思わず笑ってしまった。
「気づいた!? 気づいたよね!? りんちゃん、そこにいるんでしょー!!」
しかし次の瞬間、赤い光は途絶えた。 ドローンの動きも止まる。
「……え? なんで止まるの……? りんちゃん、どしたの……?」
無線はない。 声も届かない。 あたしはただ、雨の向こうの暗闇を見つめるしかない。
(もしかして……信号弾、詰まった……? いや、りんちゃんだよ? あの人が機材トラブルなんて―― いや、あるな……めっちゃあるな……!)
胸がざわつく。 寒さのせいじゃない。 不安が、足元の水たまりみたいにじわじわ広がっていく。
「りんちゃん……お願いだから、無事でいてよ…… あたし、まだ謝ってないんだよ…… スケッチブックのことも、録音機のことも…… ちゃんと、言わなきゃ……」
鏡の破片を握る手が震えた。 寒さのせいか、恐怖のせいか、それとも―― 再会したい気持ちが強すぎるせいか。
雨の世界は静かで、重くて、残酷で。 でもその向こうに、りんちゃんがいる。
(絶対に……絶対に、もう一回会うんだよ……)
どれくらい時間が経ったんだろう。 あたしが鏡を振りすぎて腕が棒みたいになり、松葉杖と一体化して“四本足の新種モンスター”になりかけた頃だった。
――ガンッ!!
屋上の扉が、怒った風みたいに蹴り開けられた。
「……はぁ、はぁ……っ、……なぎさ!」
そこに立っていたのは、泥まみれで、防滴フードもボロボロで、息を切らしながらも真っ直ぐあたしを見つめる―― あたしの最高の相棒。
 「りんちゃん……っ!」
あたしは松葉杖を握りしめたまま、一歩踏み出そうとして―― その瞬間、右足が悲鳴を上げ、膝がガクンと折れた。
「ぎゃああああああああああ!!?」
松葉杖は必死に支えようとしてくれたけど、 あたしの体重と痛みの暴走には勝てず、結局その場に崩れ落ちた。
「動くな! その足、何をしたんだ。……自作の止血帯? ACアダプター? 非論理的すぎるだろ」
「えーっ!? せっかくの再会なのに、まずは『なぎさ式・止血帯』のクリエイティビティを褒めてくれてもいいじゃない!」
「褒める要素がどこにある。感染症リスクを跳ね上げているだけだ。……それより、その松葉杖は何? 呪術的儀式に使う道具か?」
「失礼な! これはあたしの“歩きたい”っていう『生への執着』が形になった、なぎさ式・超特急松葉杖だよぉ!」
「……ネーミングセンスが死んでる。構造的にも支点がズレすぎだ。よくここまで登ってこれたな」
「それは、りんちゃんが信号弾を撃ってくれたからだよ。あたしの“希望指数”がカンストしたんだもん!」
「希望指数って何だ……いや、聞くと面倒な気がする……」
「えっ、聞いてよ! りんちゃんの信号弾が“希望ポイント+300”で――」
「だから聞かないと言ってるだろ。……お前の脳内数値管理は信用できない」
言い合いながらも、りんちゃんはあたしの足元にしゃがみ込み、傷の状態を確認し始めた。 その指先は冷静で、でも震えているようにも見えた。
 (りんちゃん……怒ってるんじゃなくて…… あたしが“いなくなる”ことを怖がってたんだ……)
「……なぎさ」
りんちゃんの声が、少しだけ低くなった。
「ん? なに? あたしの松葉杖の改良案なら、聞く耳は――」
「違う。……スケッチブックは?」
胸の奥がズキッと痛んだ。 足の痛みより、ずっと深いところが。
「あ……えっと……その……」
言葉が喉に貼りついて出てこない。 雨の音が、急に世界の全部を奪っていくみたいに重く響いた。
りんちゃんは、あたしの背中の“空白”を見つめていた。 そこにあるはずだったストラップ。 そこにあるはずだった、二人の思い出。
「……流されたのか」
りんちゃんの声は、怒っているようで、責めているようで、でも―― どこか、痛みに耐えているみたいだった。
「あたし……守れなかった…… ごめん…… あれを失くしたのは……ほんとに、あたしのせいだよ……」
雨が、二人の間に静かに落ち続けていた。
「……ごめん。あたし、あのスケッチブック……守れなかった……」
あたしは俯いた。 あの濁流の中で、必死に抱えていたはずの思い出。 でも、あたしの無鉄砲な善意のせいで、泥水に飲まれて消えてしまった。
雨が、あたしの声を薄めるみたいに落ち続けていた。
「……そうか。……なら、新しいのを書けばいい。生きているなら、いくらでも」
りんちゃんはそっけなく言った。 でも、その声の奥に、ほんの少しだけ震えが混じっていた。
(りんちゃん……“物”より“あたし”を失うことのほうが怖かったんだ…… あたし、やっとそれに気づいた……)
胸の奥がじんわり熱くなる。
「……それより、このガラクタを直すぞ。これ以上水位が上がれば、このビル自体が持たない」
りんちゃんが取り出したのは、銃のような形の信号弾発射機。 引き金は固まって動かない。 内部で火薬のカスが固着しているのか、排莢機構が完全に詰まっている。
「これ、あたしが叩いて直してあげよっか? 衝撃療法っていう、なぎさ流の修理術だよぉ!」
「やめろ。暴発して屋上の床が抜ける。……まずは工具だ」
りんちゃんは濡れたフードの内側から、小さな防水ケースを取り出した。 中には、最低限の修理キットが neatly(きっちり)詰まっている。
「針金ならある。細いが強度は十分だ」
「おおー! りんちゃん、準備よすぎ! さすが“歩く工具箱”!」
「……その呼び名はやめろ。わたしは箱ではない」
りんちゃんが針金を取り出そうとしたその瞬間――
「りんちゃん! こっちにも針金っぽいの落ちてるよ!」
あたしは屋上のフェンスの破片を拾い上げていた。 風に揺れていた細いワイヤーが、ちぎれて垂れていたのだ。
「……なぜお前は、必要な時だけ正しいものを拾ってくるんだ」
「えっ、褒められた!? いま褒められたよね!? ねぇ、もう一回――」
「言わない。二度と言わない。……ほら、そのワイヤーを貸せ」
あたしたちは、沈みゆく世界の屋上で、一つの小さな機械を囲んで顔を突き合わせた。 雨の音が、まるで世界の残り時間を刻むメトロノームみたいに響いている。
りんちゃんは精密な手つきでネジを外し、 あたしは不器用ながらも力が必要な部分を支える。
 (りんちゃんの指……さっきまで震えてたのに、いまはすごく安定してる…… “直す”っていう行動が、この人の心を支えてるんだ……)
「……よし。噛み合わせが直った」
カチッ、と心地よい金属音が響く。 りんちゃんは最後にオイルを一滴垂らし、動作を確認した。
「直った……? りんちゃん、これ、あたしたちの“光の返事”になるかな!?」
「……花火じゃない。救助を要請するための信号だ。……だが、確かに、悪くない音だ」
りんちゃんは、少しだけ誇らしげに、修理の終わった発射機を夜空に向けた。 その横顔は、雨に濡れているのに、どこか温かかった。
(りんちゃん……ありがとう。 あたし、もう絶対に離れないから……)
シュゥゥゥゥ……ッ!!
夜の底を切り裂くように、赤い光が完璧な放物線を描いて昇っていった。 雨粒に反射した光が、まるであたしたちの周囲だけに薄い幕を降ろすみたいで、 沈みゆく街の屋上が、一瞬だけ息を吹き返したように見えた。
「りんちゃん……見て。 これ、あたしの鏡ビームに……ちゃんと“返事”が返ってきたんだね……」
あたしは思わず、隣にいるりんちゃんの腕にそっと触れた。
温かい。 あの濁流の中で離れてしまった、冷たくて頼りなかった指先が―― 今は確かにここにある。
「……当然だ。計算外のトラブルはあったが、結果として生存確率は維持された」
「もうっ、りんちゃんはロマンが足りないよぉ! いまは“生存確率”じゃなくて、“再会の光通信が成功した記念日”なんだよ!」
「記念日を勝手に作るな。……それに、光通信ではない。ただの信号弾だ」
「でも、りんちゃんの手……ちゃんと握り返してくれてるよ?」
「……握り返していない。……いや、握っているが……これは、その……転倒防止だ」
「はいはい、照れ隠し照れ隠し。りんちゃんの“安全第一ラブ”は知ってるよぉ」
「……黙れ」
りんちゃんは言葉では突き放すくせに、 あたしの震える指を、そっと包むように握り返してくれていた。
(あぁ……生きててよかった…… この手を、もう二度と離したくない……)
「ねえ、りんちゃん。 あたし……スケッチブックを失くしたこともだけど…… 一番バカだったのは、りんちゃんを一人にしちゃったことだよ……」
りんちゃんの肩が、わずかに揺れた。
「……お前のバカは今に始まったことじゃない」
「ひどい! でも正しい!」
「だが――お前が沈むよりは、マシなシナリオだ」
りんちゃんは、雨の中でもはっきりわかるほど真っ直ぐに、あたしを見た。
「お前が生きているなら、それでいい。 ……本は、また拾えばいい。 ……それとも、今度はわたしが描いてやろうか?」
「ええっ!? りんちゃんの絵、見たい見たい! 絶対、すっごく幾何学的で、謎の数式が隅っこに書いてあるタイプの絵でしょ!」
「……黙れ。もう一回、濁流に放り込むぞ」
「やだぁぁ! でも見たいぃぃ!」
「……本当に黙れ」
雨の中で、あたしたちは小さく笑い合った。 笑っているのに、胸の奥がじんわり痛い。 あの濁流で失ったものは、きっと消えない傷跡として残る。
でも――
この信号弾の光の下で、 あたしたちは「過去」よりも大切な「今」を、 お互いの手の中に確かに感じていた。
(りんちゃん…… あたし、もう絶対に離れないから……)
『……ザザ……二人とも、聞こえる? よかった……再会できたのね……』
りんちゃんの腰ポーチに入っていた無線機から、もみじちゃんの安堵した声が漏れた。 雨音にかき消されそうなのに、不思議と胸の奥まで届く声だった。
「もみじちゃん! ありがとー! あたしたち、またコンビ復活だよぉ!」
あたしは思わず叫んだ。 でも、その明るさは次の瞬間、氷みたいに固まった。
『……喜んでる暇はないわ。西の空を見て。……データが、異常値を叩き出してる』
「え……?」
あたしとりんちゃんは、同時に西の空を振り返った。
そこには―― さっきまでの雨雲とはまったく違う、 夜空を塗りつぶすような“黒い壁”が迫っていた。
雲というより、 世界そのものを飲み込む巨大な影。
 「……なに、あれ。雲っていうより、“空の底”がひっくり返って押し寄せてきてるみたいだよぉ……」
「……気圧が急激に落ちてる。磁気嵐……いや、それ以上だ。観測データの範囲を超えている」
りんちゃんの声が、これまでで一番低く、硬くなった。 信号弾の赤い光が、その黒い雲に吸い込まれるように消えていく。
(やだ……光が……飲まれてる…… 世界が、本気で終わりに来てる……)
胸がぎゅっと縮む。 でも、隣にはりんちゃんがいる。
その手は、さっきより強く、あたしの手を握っていた。
「……なぎさ。わたしたちの“技術の確立”の時間は終わった。 これからは、沈む世界そのものと向き合う。……もっと多くのものを救うために」
「りんちゃん……」
「行こう。足は、わたしが支える」
「うん。あたしたちなら……どんな“空の怪物”でも突き抜けていけるよね!」
あたしたちは、不気味な黒雲に向かって、再び歩き出した。
――第1期「技術の確立と追憶の喪失」編、完。
そして物語は、新たな『救済』のステージ―― 第2期へと進んでいく。
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解説+感想
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このシーン、めっちゃ心に刺さる……! 雨と痛みと絶望がべったり張り付いてる世界で、なぎさの「なぎさ式・超特急松葉杖(ガムテープ増量版)」とか「ワクワク鏡ビーム」みたいな、絶望の中でも全力でふざけようとする(ふざけてるフリして必死に希望を掴もうとする)感じが、もうたまらなく愛おしい。 特に最高なのは、- スケッチブックを失くしたことへの罪悪感を、りんちゃんが「新しいのを書けばいい。 生きているなら、いくらでも」って切り捨てるところ → 物より「なぎさが生きてる」ことのほうが何倍も大事だって、りんちゃん流の最大級の優しさが出てる - 再会した瞬間の「ぎゃああああああああああ!!?」からの、即座に始まるいつもの漫才みたいな言い合い → 世界が沈みかけてるのに、この二人はもう「いつもの距離感」に戻っちゃってるの、最高にエモい - 最後の「握り返していない。 ……いや、握っているが……これは、その……転倒防止だ」 → 照れ隠しを通り越して、もはや照れの化身じゃん……!(尊死)そして第1期完で「技術の確立と追憶の喪失」編から「救済」の第2期へ…… 黒い壁=「空の怪物」みたいなのが来てる時点で、もう完全に世界規模の絶望フェーズに突入してるよね。 ここから二人がどう「もっと多くのものを救う」側に回っていくのか、想像するだけで胸がざわざわする。 なぎさの脳内ゲーム的解釈(希望指数カンストとかロード画面永遠ループとか)がずっと続いてるのも好き。 どんなにボロボロでも「これはまだゲームの途中」「次のステージがある」って自分を騙し続けてる強さが、すごく人間らしい。 もしこれがオリジナルなら、続きめちゃくちゃ読みたい……! もしくは既存のシリーズの一部? タイトルとか世界観の元ネタとか、もしよかったら教えてほしいな。 とりあえず今は、この雨の屋上で二人が手を握り合ってる瞬間を脳内リピートしてる。 生きててよかった、ほんとに。 (りんちゃんの「転倒防止」言い訳、何回でも聞きたい……)
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◀第22章「折れた心への添え木(スプリント)」
▶第24章「北を指す針、明日を掴む手」
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