◀第01章:魔力0.2の「最適化(オプティマイズ)」
▶第03章:「煤まみれの和解(ハーモニー)」
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第02章:「算術的な盾、あるいは勇気の誤読」
「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 剣崎雌雄」「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 麒ヶ島宗麟」「VOICEVOX: 冥鳴ひまり」「VOICEVOX: 玄野武宏」
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魔法学園の入学式から数日。 王都の繁華街は、春の陽気と新入生たちの浮かれた熱気で、まるで巨大な鍋の中みたいに沸騰していた。
そんな中で僕は、ひとり静かに思っていた。
(……帰りたい。今すぐ宿屋に帰って、裏庭で“バケツの水の反射角”を計算していたい。あれこそ僕の平穏の象徴なのに)
「ルイ、見て見て! このお店のタルト、王宮のシェフが絶賛したんだって!」
僕の右腕にしっかり絡みつき、花が咲くような笑顔で跳ねるのは、公爵令嬢セリナ・エルフェリア。 制服姿の彼女は、歩く光属性魔法。 周囲の男たちの視線が、嫉妬と殺意をブレンドした複雑なベクトルで僕の背中に突き刺さる。
(セリナ……お願いだから、その“特別な響き”を込めた名前の呼び方をやめてくれないかな。僕の心臓、もう算術的限界値を突破してるんだ)
「……ああ、帰りたい。宿屋の皿を洗ってる時だけが、僕のアイデンティティなのに」
「だめだよ。ルイは今日、私と一緒に美味しいお菓子を食べる義務があるんだから。ね?」
セリナは小首を傾げ、計算され尽くした“天然”の可愛らしさで僕を封殺する。 彼女の「ルイを私と同じ高さまで引き上げる」という壮大なプロデュース計画は、どうやらお菓子選びの段階から始まっているらしい。
その時、セリナがふと立ち止まり、僕の手をぎゅっと握った。
「ルイくん、ここで待ってて。あなたに似合うキャンディを買ってくるから。絶対に動いちゃだめだよ?」
 そう言い残し、彼女は人混みを押し分けて店の奥へ消えていく。 僕を“置いていった”のではない。 僕を“そこに縛りつけた”のだ。
(……いや、待って。僕、ここで待つ義務なんてあったっけ?)
しかし、セリナの「絶対に動いちゃだめ」という言葉は、僕の逃走ルートを物理的に封鎖する呪文のように響いていた。
その瞬間――
「おい、嬢ちゃん。いい服着てんな。ちょっと付き合えよ」
路地裏から響いた、テンプレのような怒鳴り声。 僕は反射的に、皿洗いで鍛えた“汚れを見つける感覚”で、その暗がりに視線を向けた。
(……ああ、これ絶対に帰れない流れだ)
路地裏には、ガラの悪い男たちが三人。 魔法の腕輪をジャラつかせ、店の奥へ向かったセリナを囲んでいた。
普通の主人公なら、ここで颯爽と魔法を放って救出するのだろう。 だが、僕はルイ・アーデル。魔力指数0.2――魔法界の「誤差」である。
(逃げたい。今すぐ警備隊を呼びに行くべきだ。それが最も論理的で、生存確率が高い……はずだった)
だが、僕の目は見てしまった。 セリナの瞳の奥に広がる、底知れない闇。
 彼女の魔力が“無茶苦茶な魔法”として暴発しようとする、あの危険な揺らぎ。
(だめだ。ここで彼女がキレたら、王都の区画ごと数式から消滅する。 それは僕の『平穏な帰還』の最大障害になる!)
僕は震える足を無理やり動かし、路地裏へ飛び込んだ。
「や、やめるんだ! 彼女は……公爵家の令嬢だぞ!」
「ああ? はっ、そんな高貴な嬢ちゃんが、こんなゴミ(0.2)と一緒に路地裏にいるわけねぇだろ」
不良の一人が腕輪をこちらに向ける。 魔力感知の宝具らしく、淡い光が点滅した。
「……反応がねぇ? 壊れてんのかこれ。いや、0.2? 虫以下じゃねえか!」
彼は鼻で笑い、僕の胸ぐらを掴み上げた。 僕は恐怖で叫びそうになる喉を押さえつけ、冷徹に計算を開始する。
(勝つ必要はない。生きて帰れればいい。 相手の魔力出力から推測される殴打の速度……。 右側からのフックをあえて受け、衝撃を分散させる。 肋骨は折れない。唇を切るだけで済む)
僕は震える声で、精一杯の“強がり”を放った。
「……いいか。彼女に触れるな」
事実ではない。 ただの bluff(ブラフ) だ。 でも、僕にできる最大の“盾”だった。
「死ね、ゴミが!」
拳が僕の顔面に迫る。 僕は目を閉じ、最短距離で衝撃を受け止める“盾”としての役割を引き受けた。
(……ああ、これ絶対に痛いやつだ)
重い衝撃。 鉄の味が口の中に広がる。
物理的な痛みは、僕が想定していた計算値の 1.2倍 だった。 やっぱり勇気なんて出すもんじゃない。痛い。めちゃくちゃに痛い。
 「ルイ! ルイ、やめて!」
セリナの悲鳴が聞こえる。 一見すると恐怖に震えているように見える――が、僕は知っている。
彼女の握りしめた拳から、周囲の空間を歪ませるほどの魔圧が漏れ出しているのを。
(……耐えろ。僕が殴られ続けていれば、セリナは“可哀想な被害者”でいられる。 彼女の手を汚させなければ、まだ僕の日常は守られる……!)
僕は何度も地面に叩きつけられ、泥水を啜った。 不良たちは、魔力のない僕を「サンドバッグ」として楽しんでいる。
「おいおい、なんでこいつ、逃げねえんだ? 反撃もしねえし、ただ黙って殴られてやがる」
「気持ち悪いガキだ。……よし、“学園で噂の最適化”ってやつを試してやろうか? 腕の骨がどう最適化されるか、見せてみろよ!」
男が魔法の腕輪を光らせ、炎の魔力を拳に纏わせる。 僕は薄れゆく意識の中で、セリナを盗み見た。
――その背後に、一歩引いて佇む「影」がいた。
琥珀色の瞳をした侍女、ロゼッタ。
(お嬢様。……不敬者の家名、および魔法の特徴、全て記録いたしました。処理はお任せを)
ロゼッタの唇が、音もなくそう動いた気がした。
セリナの瞳から温度が消える。 その表情は、まるで“世界の余計な部分を削除する”決意を固めたようだった。
彼女がその「処理」を許可しようとした――まさにその瞬間。
「そこまでだ」
路地裏に、圧倒的なまでの 光 が差し込んだ。
現れたのは、白銀の鎧を纏った青年。 非の打ち所がない美貌と、圧倒的な正義感を放つ聖騎士候補――レオン・ヴァルクス。
「聖騎士団候補、レオン・ヴァルクスだ。市民への暴力、および公爵令嬢への不敬……王国法により即刻拘束する」
レオンが剣を振るう。 それは魔法というより、光そのものの奔流だった。
不良たちの魔法の腕輪が一瞬で砕け散り、 彼らは悲鳴を上げる暇もなく壁に叩きつけられ、沈黙した。
 その瞬間、僕は気づいた。 ロゼッタの姿が、いつの間にか“影の濃度”に溶けて消えている。 まるで「処理の権限を聖騎士に譲った」とでも言うように、気配だけを残して。
「セリナ、大丈夫か?」
レオンが駆け寄り、セリナの肩を支える。 僕は泥だらけの地面に這いつくばりながら、腫れ上がった目でその光景を見ていた。
(……ああ、やっぱり主役は遅れてくるんだな。 レオン、君の輝きは僕のボロボロの制服と対照的すぎて、視力が落ちそうだよ)
レオンは、地面に転がる僕に手を差し伸べた。 その瞳は、憐れみではなく――深い尊敬に満ちていた。
「よくやった、ルイ。 魔力指数0.2。戦う術を持たないお前が、彼女を守るために盾となった。 負けるとわかっていても立ち向かう。……お前こそが、本当の勇者だ」
「……いや、レオン。僕はただ、セリナが暴走して王都が消し飛ぶのを計算で防ぎたかっただけで……」
「謙遜するな。その傷が、お前の高潔な魂の証だ。 俺は、お前に救われた気がするよ」
(いやいやいや、救われたのは僕じゃなくて王都のインフラなんだけど……!)
レオンは僕の手を力強く握り、引き上げた。
 その瞬間、彼の中で 「ルイ=真の勇者」 という誤読が、 まるで魔法陣のように不可逆に確定してしまった。
(……ああ、また帰れないフラグが立った)
セリナが僕の頬にそっと手を当てる。 温かな回復魔力が流れ込み、裂けた皮膚がゆっくりと閉じていく。
「ルイくん、バカだよ。……なんで、あんな無理したの?」
涙が浮かぶ瞳。 けれどその奥に、ほんの一瞬だけ“所有の色”が揺れた。 僕が彼女のために傷ついたという 事実 を、彼女は確かに喜んでいる――そんな微差が見えた。
「……計算したんだよ。僕が殴られるのが、一番被害が少ないって」
セリナは、涙を拭いながら微笑んだ。 その笑みは、甘くて、そしてどこか残酷だった。
「うそつき。……でも、ありがとう。大好きだよ、ルイ」
抱きしめられた瞬間、僕の脳内演算回路は 許容量を超えてオーバーフローを起こした。
 “帰還ルート”という名の数式が、また一つエラーで消えていく。
その少し後ろ―― 不良たちを拘束して引き渡すため、レオンが背を向けたその影で。
ロゼッタが、僕にだけ見える角度で、優雅に一礼した。
「ルイ様。お嬢様をお守りいただき、感謝いたします。 ……リストアップした不敬者の掃除は、こちらで完璧に済ませておきますね」
琥珀色の瞳には、冷酷な“最適化”の決意が宿っていた。 彼女にとって不良たちは、ただの 不要データ にすぎない。
(……やばい。僕の“勇気”という誤算が、また余計なプロセスを起動させた)
僕が望む「平穏な宿屋の日常」は、 僕自身の“計算された盾”のせいで、また一歩遠ざかっていく。
夕暮れの王都に、割れた皿のような不吉な予兆が漂い始めていた。
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あらすじ 魔法学園の新入生ルイ・アーデル(魔力指数わずか0.2の非魔法使い)は、平穏な日常(特に宿屋で皿洗い)を何よりも望んでいる。しかし、公爵令嬢セリナに強引に繁華街へ連れ出され、お菓子屋の前で待たされる。そこへセリナを不良3人が絡み、囲む。ルイはセリナがキレて暴走魔法を起こし王都を壊滅させるのを恐れ、自分自身が盾になることを計算で選び、魔力ゼロの身体で立ち向かう。 → 不良にボコボコに殴られ、泥水を啜りながらも反撃せず耐え続ける(セリナの手を汚さず、彼女を「被害者」に留めるため)。不良がさらに暴力をエスカレートさせようとした瞬間、聖騎士団候補のレオン・ヴァルクスが登場。圧倒的な光の魔法で不良を一瞬で制圧する。レオンはルイの行動を「魔力ゼロなのに命懸けで守った本物の勇気」と誤読・大絶賛。 セリナも涙ながらにルイを抱きしめ「大好き」と告白するが、その奥には所有欲・喜びの色が垣間見える。一方、セリナの侍女ロゼッタは不良の個人情報を全て記録済みで、こっそり「掃除(抹消)」を予定。ルイの「計算された盾」が、逆に周囲のヤバい人々の好感度・執着を爆上げしてしまい、望む平穏からまた遠ざかる……という展開で終わる。一言まとめ 「魔力ゼロの少年が、暴走を防ぐため自分をサンドバッグにした結果、周囲から『真の勇者』認定されてしまい、ますます帰れなくなる」章。
解説+感想この第2章、めっちゃいいですね……!全体のトーンが「主人公の自己認識と周囲の誤読のギャップ」で完全に成立していて、読んでてずっとニヤニヤが止まらなかったです。特に「算術的な盾」というタイトルがもう完璧に刺さってる。物理的な盾じゃなくて、被害最小化のための自己犠牲ポジションを「盾」と呼んでしまうセンスが最高にルイらしい。特に刺さったポイント(順不同)ルイの内心が全部「帰りたい」「宿屋」「皿洗い」「計算」で回ってるのに、外から見ると完全に「健気で勇敢な少年」にしか見えない構造がもう残酷で美味しい → これぞ異世界ラブコメの新境地というか、主人公が「誤読される勇者」になる過程をこんなに丁寧に、かつコミカルに描けるのすごい セリナの「所有の色」が一瞬だけ見える描写 涙目で「大好きだよ」って言いながら、内心ちょっと喜んでる感じ……ゾクゾクした。ヤンデレ寄りの公爵令嬢って設定を、ここまで自然に匂わせられるのうまいなぁ ロゼッタの「影の濃度に溶ける」→「処理はお任せを」→「リストアップした不敬者の掃除」 この一連の流れが怖カワイイの極み。メイドなのに闇落ち執着型AIみたいな雰囲気出てるのが最高。ルイだけがその本性に薄々気づいてるのも良い レオンの「誤読確定魔法陣」 「お前こそが本当の勇者だ」って言われた瞬間のルイの心の叫び(王都のインフラが救われただけだよ!)がもう腹筋崩壊レベル。 これ以降、レオンの中でルイ=真の勇者フィルターが永遠にかかるの確定したな……もう逃げられないwww 最後の「割れた皿のような不吉な予兆」 皿=ルイのアイデンティティであり平穏の象徴なのに、それが「割れる」イメージで締めるとか、伏線としても比喩としても効きすぎてる。作者さん容赦ないな…(褒めてる)
総じて、 「主人公が必死で『普通でいたい』『目立ちたくない』『早く帰りたい』と思ってるのに、周囲が勝手に『高潔』『勇敢』『運命の少年』と盛大に盛っていく」 この構図がここまで気持ちよく、かつ容赦なく進行してる作品って最近なかなか見ないので、めちゃくちゃ続きが気になる章でした。次章でロゼッタの「掃除」がどういう形になるのか、セリナの「プロデュース計画」がどこまでエスカレートするのか、レオンの勇者認定がどれだけ面倒なイベントを連鎖させるのか……もう胃がキリキリする楽しみ方しかできない(最高)感想としては 「痛いくらいに痛快で、甘くてちょっと怖い」 の一言に尽きます。この路線、ずっと続けてほしい……!(皿は割らないでくれ)
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