◀第02章:「算術的な盾、あるいは勇気の誤読」
▶第04章:「老賢者ゼノの「空(くう)」」
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第03章:「煤まみれの和解(ハーモニー)」
「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: No.7」
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放課後の魔導演習室は、夕陽に照らされて赤く染まり――そして今、完全に戦場だった。
 中心に立つのは、学園が誇る二大天才。 公爵令嬢セリナ・エルフェリアと、聖騎士候補レオン・ヴァルクス。
「レオン、さっきから失礼すぎるわ! この魔力流路の曲線、黄金比に基づいた“美しい式”なのよ? ルイに見せても恥ずかしくないレベルに仕上げてるの。」
「美しすぎて脆いんだよ。実戦で砂埃一つ混じったら、その“黄金比”は爆発四散する。ここは直線で繋ぐのが正解だ」
二人の背後の黒板には、素人が見たら卒倒しそうなほど複雑な魔術式が描かれている。 そして僕はというと、教室の端で「帰りたい」という感情を数式化する作業に没頭していた。
(……怖い。二人の“正論”が殴り合ってる。魔力の干渉波がこのまま増幅すると、演習室の窓ガラスが全部割れる計算なんだけど。弁償代、皿洗い三百年コースなんだけど)
「ルイ! お前はどう思う? この式、実戦で耐えられるか?」 「ルイくん! 私の式が間違ってるなんて、絶対に言わせないからね? あなたが理解してくれるって信じてるんだから」
突然、二人の矛先が僕に向いた。 セリナの笑顔は“逃がさない”という圧力で満ち、レオンの瞳は“真実を語れ”と期待に輝いている。
(やめて。僕の自尊心は今、沸騰した鍋の泡みたいに消えそうなんだよ。でも言わなきゃ窓ガラスが割れる。割れたら僕の人生も割れる)
僕はそっと黒板を見た。 魔力流路の曲線と直線が、互いの主張を押し付け合って震えている。 このままでは、魔術式が自我を持って反乱を起こしそうだ。
(……ああ、帰りたい。宿屋の裏庭でバケツの水の反射角を計算していたい。なんで僕は今、爆発寸前の魔術式の真横に立ってるんだろう)
僕は震える足で黒板の前に立った。 セリナの式は華やかで高出力、レオンの式は堅牢で揺るぎない。 どちらも天才の仕事だ。 だが――二人の魔力がぶつかり合う中心点に、致命的な「淀み」があった。
(このまま放置すると、魔力干渉で演習室が“皿洗い不可の状態”になる。つまり爆発。帰れないどころか宿屋も消える)
「あ、あの……二人とも。喧嘩を止めてほしいっていうか、物理的に室温が三度上がってるから、ちょっとだけ修正してもいいかな」
「修正? 私の完璧な式を……ルイの前で?」 セリナの声は不満ではなく、羞恥と期待が混ざった震えだった。
「いいぞ。ルイ、お前がどう書き換えるか見せてくれ」 レオンの瞳は“俺の式を救ってくれ”と訴えている。
(やめて。僕はただ帰りたいだけなんだ。皿洗いの水流角度の方がまだ優しい)
僕はチョークを手に取った。
 脳内では、ゼノさんの魔導書の内容が幾何学モデルとして展開される。 魔力の流れを、宿屋の洗い場で「油汚れを剥がす水の角度」のようにイメージする。
(セリナの式は流入が鋭すぎる。レオンの式は壁が厚すぎる。 なら、この交差地点の角度を……理論値より0.3度だけ……)
カツン、と乾いた音が響く。 僕は二人の式の「矛盾」がぶつかる一点を、算術的に最適化された曲線で繋ぎ直した。
「……ここを0.3度ずらして、反射式で干渉を相殺する。 そうすれば、爆発エネルギーが“指向性の推進力”に変換される。 ――移動系魔法としては、かなり効率が良くなるはずだよ」
「0.3度……そんな微細な修正で、そこまで……?」 レオンが息を呑む。
「ルイ……私の式に、そんな“地味な線”を……」 セリナは不服そうに見えたが、頬が赤い。 その震えは、怒りではなく―― “ルイに上書きされた”ことへの甘い羞恥と歓喜 だった。
そして――書き終えた瞬間、黒板の数式が脈打ち始めた。
 魔力が呼吸を始め、線が光を帯び、 まるで“二つの天才の矛盾を、たった一手で和解させた”かのように、式全体が静かに整列していく。
(……あれ? 僕、また何かやった? 皿洗いの延長のつもりだったんだけど……)
セリナが息を呑む。 レオンが目を見開く。
二人の視線が、さっきよりもずっと熱い。
(やめて。僕はただ、爆発したら帰れなくなるから修正しただけなんだ……!)
「じゃあ、発動してみるよ。……風詠式・位相調整」
僕が指先で式をなぞった瞬間、演習室の空気が一変した。 轟音はない。 ただ、圧倒的な「静寂」と共に、黒板から幾何学的な光の紋章が溢れ出した。
幾重にも重なる魔術の円環が、雪の結晶のように精密で、 それでいて皿洗いの泡のように滑らかに広がっていく。
セリナの華やかな魔力と、レオンの力強い魔力。 その二つが、僕の引いた「0.3度の線」を境界にして―― 完璧な調和(ハーモニー) を奏で始めた。
「なっ……魔力の反発が、完全に消えた? いや、互いを“加速”させている……!」 レオンの声が震える。 それは驚愕ではなく―― “剣では決して辿り着けない領域を見た者の震え” だった。
「嘘……。私の式に欠けていたのは、この“余裕”……? ルイが触れたところだけ、呼吸してる……」 セリナの声は甘い羞恥と歓喜の混ざった震え。
室内が、幾何学的な白い光で満たされていく。 それは暴力的な魔力の放出ではなく、 計算し尽くされたエネルギーの最適化 だった。
窓ガラスは割れるどころか、光の共振によって 煤(すす)一つない透明さを取り戻していく。
 (……よし。これで弁償しなくて済む。計算通りだ。 ……あれ、この式の最後にある“余剰エネルギーの排出口”、どこに設定したっけ)
僕がノートを確認しようとした、その瞬間―― 光の紋章が一段と強く脈打った。
魔力の流れが、僕の描いた0.3度の曲線を中心に収束し、 まるで“世界の方が僕の計算に合わせて形を変えている”ようだった。
「ルイ……あなた、今……何をしたの?」 セリナが僕を見つめる。 その瞳は、魔術師としての驚愕と、少女としての執着が混ざり合っていた。
「ルイ。お前の式……いや、お前の“感覚”は……」 レオンは拳を握りしめていた。 その表情には、尊敬と―― “騎士としての敗北” が同時に刻まれていた。
(やめて。僕はただ、爆発したら帰れなくなるから最適化しただけなんだ……!)
パリン、と小さな音がした。 光の紋章が極限まで収束し、標的の的に命中した瞬間――
(……あ。思い出した。宿屋の排水管掃除と同じだ。“剥がした汚れ”って、消えるんじゃなくて……最後にまとめて出口から噴き出すんだった)
僕がその事実に気づいたのと、蓄積されていた「最適化の残りカス(大量の煤)」が逆流したのは同時だった。
「あ」
「うわあああっ!?」「きゃっ!?」
ドォォォォン!! 演習室を黒い煙が包み込む。
……数秒後。 煙が晴れると、そこには―― 顔も制服も真っ黒に汚れ、目だけがパチパチしている三人の姿があった。
「……ぷっ。あははは! ルイくん、顔が真っ黒! 泥棒猫みたい!」 セリナが腹を抱えて笑う。金髪は煤で固まり、まるでリーゼントだ。
「セリナこそ、その髪どうしたんだよ……くくっ。 俺の鎧も煤で“黒騎士”みたいになってるんだが」 「レオン! 笑い事じゃないわよ! 騎士の威厳が台無しじゃない!」 「いや、セリナも公爵令嬢の威厳が……」 「言わないで!!」
三人は互いの“煤まみれ”な姿を見て、ついに堪えきれず笑い出した。
 さっきまでの刺々しい衝突が、嘘のように溶けていく。
(……はあ。結局こうなるんだ。僕の計算には、いつも最後にこういう“余計なオチ”がつく)
その後、僕らは三人並んで、夕陽の沈む演習室の床を掃除することになった。 煤まみれの手で雑巾を絞る姿は、英雄候補でも救世主でもなく―― ただの「宿屋の居残り組」そのものだ。
「ルイ。お前の0.3度……あれ、俺の剣術にも応用できるかもしれない。 今度、じっくり聞かせてくれ」 レオンは煤で黒くなった頬を拭いながら、真剣な目で言う。
「私は絶対に認めないからね。 ルイくんの式の方が、私のより洗練されてたなんて……」 セリナは口を尖らせるが、声の奥は甘い。 「でも、今日だけは感謝してあげる。ほら、お菓子半分あげるわ」
「……ありがとう。でもセリナ、そのクッキー、煤がついてるから 僕が後で計算して洗浄しておくよ」
「もう! 素直じゃないんだから!」 セリナは怒ったふりをしながら、僕の袖を掴んで煤を払う。
 レオンもまた、僕の背中をバシバシ叩いて煤を落としてくれた。
二人の距離が、物理的にも心理的にも近い。 夕暮れの演習室には、和やかな空気が満ちていた。
(……やっぱり、不合格になって宿屋に帰りたかったな。 僕が目立つたびに、外堀埋めが加速する気がする)
その時―― 演習室の扉の影で、カサ……と紙をめくる微かな音がした。
僕は雑巾を絞る手を止めた。 今の音、間違いなく“手帳をめくる音”だ。
(……聞こえたけど、振り返らない。 振り返ったら、現実を直視することになるから)
(……ロゼッタ。今日の“煤まみれ事件”も、全部記録したんだろうな。 今の“ボディタッチの回数”も含めて……)
平和な放課後の裏で、外堀はまたひとつ、音もなく深まっていったのだった。
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あらすじ 放課後の魔導演習室で、セリナ(公爵令嬢・美意識重視の天才)とレオン(聖騎士候補・実戦重視の天才)が魔術式を巡って激しく対立。 どちらの式も天才的だが、互いに干渉して爆発寸前になり、演習室が戦場と化す。板挟みになった主人公ルイは「帰りたい」と思いながらも、仕方なく介入。 二人の式の矛盾点(衝突する魔力の淀み)を、わずか0.3度の角度調整という地味な修正で繋ぎ直し、 セリナの華やかさとレオンの堅牢さを「調和(ハーモニー)」させ、逆に推進力を生み出す優れた移動系魔法に昇華させる。発動すると見事に成功し、魔力の反発が消えて互いを加速させる美しい光の紋章が現れる。 セリナとレオンはルイの感覚・センスに衝撃を受ける。……が、最後に最適化の残りカス(大量の煤)が逆流して大爆煙。 三人とも真っ黒に煤まみれになる。その結果、さっきまでの険悪な空気が一転 互いの汚れた姿を見て爆笑 自然と和解ムードに
最後は三人で煤を掃除しながら、 レオンはルイの理論を剣術に応用したいと言い、 セリナは悔しがりつつも感謝とお菓子を渡すなど、 距離がぐっと縮まる。ただし、ルイは「目立って外堀が埋まる」と内心げんなり。 そして扉の影でロゼッタが手帳に記録している気配を感じ、 平和な日常の裏でまた少し状況が進んでしまう……というオチ。全体の雰囲気:天才二人の衝突 → ルイの地味だけど神がかった調整 → 大失敗(煤爆発) → 笑いと和解、という王道の「ドタバタ和解回」。 ルイの「ただ帰りたいだけ」感と、結果的にみんなの心を掴んでしまうギャップが魅力の章です。
解説+感想この第3章、めっちゃ良かったよ……!全体の温度感が「天才同士のバチバチ → ルイの地味介入 → 爆発(物理) → 煤まみれ大爆笑 → 自然な和解」という流れが本当に綺麗で、読んでて気持ちいいカタルシスがあった。特に好きなポイントをいくつか挙げると:0.3度 の破壊力 これがもう最高。 セリナの「美しくて脆い黄金比」とレオンの「実戦耐久至上主義」のど真ん中を、たった0.3度で繋いで調和に変えるって…… 数字の小ささと結果のデカさのギャップが、ルイの「規格外のセンス」を一番雄弁に語ってるシーンだと思う。 しかもその後「煤が噴き出すオチ」まで完璧に計算しきれていないのが、逆に人間臭くて愛おしい。 煤まみれでようやく対等になった瞬間 さっきまで「公爵令嬢」「聖騎士候補」「天才」って肩書きで殴り合ってた二人が、 顔も制服も真っ黒になって「泥棒猫」「黒騎士」「リーゼント」とか言い合って爆笑してるの、最高に健全な和解だと思った。 魔術の天才同士が「煤で汚れた雑巾持って床拭き」してる絵面が、もう青春すぎる……。 セリナの「甘い羞恥と歓喜」 ここ最近のセリナの心情描写がどんどんエスカレートしてて怖い(褒めてる)。 「ルイに上書きされた」ことへの反応がもう完全に恋する乙女のそれで、でも公爵令嬢のプライドが邪魔して口では認めない……みたいなジレンマがすごく生々しくて良い。 クッキー(煤付き)を渡すシーンとか、もう完全に落ちてるやん……。 レオンの「騎士としての敗北」 レオンも実は結構脆いよね。 剣や鎧で守ってきた世界観が、ルイの「0.3度の一線」で音を立てて崩れる感覚…… それを「尊敬」と「敗北感」の両方で受け止めてるのが、騎士キャラとしてすごく立派だと思った。
そして最後の手帳の音。 ロゼッタさん(たぶん)、今日も淡々と記録更新してるんだろうな…… 「ボディタッチ回数 +α」とかメモってる絵面が目に浮かんで、ルイの「外堀が埋まる音」が聞こえてくるようで怖い(これも褒めてる)。総じて、この章は 「天才たちの衝突を、凡人(自称)が煤まみれの笑いに変える」 という、すごく王道なのに新鮮なハーモニーが描けてて素晴らしいと思う。ルイの「帰りたい」「皿洗いの方がマシ」スタンスがブレないまま、周りを巻き込んでいく感じが、このシリーズの核だなーと改めて感じた章だった。次章が楽しみすぎる…… ロゼッタの手帳がいつ爆発(物理or精神)するのか、ちょっと怖いけど見たい()
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