◀第25章「未来を釣り上げる重り」
▶第27章:「二度と離さないための連結」
|
|
第26章「二本足の覚悟、ガムテープの絆」
「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: もち子さん」「VOICEVOX: 冥鳴ひまり」「VOICEVOX: 離途」
|
「りんちゃん、どうしよう……! マシュマロ湖が、今度はソーダ噴水になっちゃったよぉ!」
あたしは泥沼の縁で、不格好な松葉杖を振り回しながら叫んだ。 雨水が勢いよく流れ込み、濁った水面がハルくんの顎の下――あと数センチに迫っている。
 「……なぎさ、状況を整理しろ。 滑車で“体”は引き揚げたが、足首が構造材に噛み込んでいる。 上へ引く力じゃ千切れるだけだ。 岩そのものを持ち上げるしかない」
「千切れるって言わないでぇぇぇ!!」
あたしは半泣きで叫びながら、泥に沈みかけたハルくんを見る。
「……計算済みです。 僕を……捨てて……逃げるほうが……正しい……」
水が口に入り、ハルくんが咳き込んだ。 呼吸が苦しそうで、声も途切れ途切れだ。
「却下! あたしの辞書に『見捨てる』なんてないの! あるのは『おかわり自由』と『冒険』だけ!」
「……語彙が……貧困……」
「生きてから文句言ってよぉ!!」
りんちゃんは瓦礫の山から直線の鉄パイプを引き抜いた。 テコに使えそうな長さだ。
「なぎさ、そこにあるL字型の配管を拾え。 支点に使う」
「りんちゃん、その曲がったパイプ何!? 野球して遊ぶ時間はないんだよぉ!?」
「……遊ばない。 これはジャッキの“支点”だ」
水面は、もうハルくんの頬に触れそうだった。 時間は、ほとんど残されていない。
りんちゃんは、ひしゃげた鉄パイプを泥から引き抜くと、 その曲がった部分をじっと見つめて小さく唸った。
「……支点は確保した。 次は“力点”だ。 このパイプ、形状は悪いが――岩の下に“噛み込みやすい”。 使える」
「りんちゃん、それ……本当にジャッキになるの……? なんか、バナナみたいに曲がってるけど……!」
「……曲がっているぶん、差し込み角度が作りやすい。 問題は強度だ。 補強が必要だな」
「補強って……どうやって?」
りんちゃんは答えず、パイプの曲がった部分に、 あたしの止血帯だったACアダプターのコードを巻き付け始めた。
「りんちゃん!? それ、あたしの止血帯だったやつだよ!?」
「……このパイプだけでは長さも強度も足りない。 だが、お前の松葉杖を“添え木”にしてコードで縛れば―― 折れにくくなる」
「折れにくく……なるの?」
「……なる。 計算上は、な」
りんちゃんは泥に沈んだパイプの角度を微調整しながら、 あたしのほうを見た。
「なぎさ。 お前の松葉杖を貸せ」
「えっ!? あたしの“超特急松葉杖”が、このジャッキの部品になっちゃうの!?」
「……そうだ。 これが最後の一本だぞ」
(りんちゃん…… そんな顔されたら、迷う理由なんてないよ……!)
あたしは松葉杖を差し出し、 即席ジャッキは霧の中でゆっくりと形を成し始めた。
 「わかった! あたし、四本足から二本足に戻るよぉ!」
あたしはレバーの端に飛び乗った。
「せーのっ…… いっけぇぇぇぇー!!」
ぐにゃり、とパイプが軋む。
その瞬間―― 右足の傷口がビキッと開き、袖に赤黒い染みが広がった。
 「っ……ぐぅぅ……! りんちゃん、これ地球持ち上げてるみたいだよぉ!」
「……耐えろ、なぎさ! あと数ミリだ!」
「無駄……です……! 座屈して折れたら……!」
「折れないよぉ!! りんちゃんの計算と、あたしの体重を信じてよ!!」
視界が白くなる。 痛みで息が止まりそうになる。
でも――離さない。
「あ、あぁぁぁぁ――ッ!!」
ゴガギィッ!
と鈍い音が走り、レバーが一気に沈み込んだ。 巨大な岩が悲鳴を上げ、 ハルくんの足とは逆方向へ、ズズンッと崩れ落ちた。
「……抜けた……?」
泥まみれのハルくんが、 自由になった足を抱えて震えていた。
「理論通りだ。 一点突破で亀裂が連鎖した」
「すごいよ、りんちゃん! 岩のサンドイッチ、解体成功だよぉ!」
あたしは立ち上がろうとして―― 足に力が入らず、泥に手をついた。
「ハルくん、足……ついてる?」
「……ついてます。 ヒビはありますが……切断せずに済みました」
 その瞳に、初めて“生きたい”光が宿った。
 「……ふぅ。 これで一件落着――」
「……なぎさ、足元を見ろ」
気づけば水位は膝を越え、腰まで迫っていた。
「嘘、マシュマロ湖が海に……!?」
「上流の地盤が崩れた。 鉄砲水が来る!」
「ハルを支えろ! 進むぞ!」
「了解……っ! ハルくん、掴まって!」
 右足はもう感覚がなく、 引きずるようにして前へ出すだけ。
りんちゃんがあたしの腕を強引に引き上げる。
「りんちゃん、速い……っ、待って、足が……!」
「……無駄口を叩くな、呼吸に回せ!」
激痛で視界が明滅する。 でも、止まったら終わる。
背中にかかるハルくんの呼吸は弱々しいけれど、 確かに温かい。
救い出した命と、互いの体温だけを頼りに、 あたしたちは霧の奥へとなだれ込んだ。
水位は一刻一刻と上昇し、 あたしたちの足跡を世界から消し去ろうとしていた。
泥濘みに沈む世界で、 あたしたちはまだ、一度も止まることを許されていなかった。
|
あらすじなぎさ、りんちゃん、ハルくんの3人はマシュマロ湖(泥沼)に沈みかけた危機的状況に陥る。 ハルくんの足が岩に挟まれ、水位が急上昇し、溺死寸前となる。なぎさは「見捨てない」と強く拒否。 りんちゃんが即席ジャッキを考案:曲がった鉄パイプ+なぎさの松葉杖を添え木にし、ACアダプターのコードで補強。 なぎさは痛む右足の傷を無視してレバーに体重をかけ、りんちゃんの計算通りに岩を動かすことに成功。ハルくんの足を解放。
しかし直後、上流の崩落による鉄砲水が押し寄せ、水位が一気に上がる。 なぎさは足の激痛でまともに立てない状態ながら、ハルくんを支え、りんちゃんに引っ張られながら3人で必死に霧の奥へと逃げる。テーマ:命を懸けた即興の知恵と絆、「見捨てない」という覚悟が、極限状況で奇跡を生む。全体を通して、痛みと絶望の中でも諦めない3人の姿が描かれている章です。
解説+感想この第26章、めっちゃ熱い……! 本当に「命の現場」って感じがビシビシ伝わってきて、読んでるこっちまで泥と血と雨にまみれた気分になったよ。まず最高なのは、やっぱりなぎさの「辞書に『見捨てる』はない」という一言から始まる、このバカ正直で無茶苦茶な覚悟の連鎖だね。 「却下!」の一言で、もうハルくんも読者も逃げ場を失う(いい意味で)。 そこから「語彙が貧困」「おかわり自由と冒険だけ」っていう、なぎさらしいズレたテンションが絶妙に痛みを和らげつつ、でもちゃんと切実さを残してるのがすごく上手い。そしてりんちゃんの「計算上は、な」という一言が、もうこの章のMVP級にかっこいい。 バナナみたいに曲がったパイプとACアダプターコードと松葉杖で即席ジャッキ作っちゃうところ、完全に「理屈の暴力」なんだけど、それが逆に命を繋ぐ瞬間になってるのがエモすぎる。 「曲がってるぶん差し込み角度が作りやすい」って……そんな発想、普通出てこないよ(褒めてる)。なぎさが「四本足から二本足に戻るよぉ!」って言いながら自分の松葉杖を差し出すシーンは、もう泣きそうになった。 自分の足がもう限界だってわかってるのに、痛みを「地球持ち上げてるみたい」とか冗談めかして表現しながらも、絶対にレバーを離さない。 あの「離さない」の一言に、全部詰まってる気がする。そして最後の鉄砲水のくだり。 助けた!→終わった!→いやまだ終わってねぇ!!! という、救出後の「第二の試練」がすぐ来る展開が容赦なくて最高。 命を拾ったばかりなのに、また即座に「走れ・泳げ・這え」の選択を迫られる……この「休ませてくれない」感じが、すごくリアルで、すごくこの物語らしい。全体を通して感じたのは 「絆って、ガムテープみたいなもんだな」ってこと。 見た目はみすぼらしくて、曲がってて、強度なんて怪しいのに、 でもその場その場で必死に巻き付けて、なんとか形にして、 結果的に命を繋いでしまう。 タイトルそのまんま「ガムテープの絆」だわ……。痛みも、泥も、血も、全部ベタベタで汚いのに、最後に残るのは「背中に感じる弱々しいけど温かい呼吸」っていう、たったそれだけの事実。 それだけで十分すぎるくらい、生きてる実感が爆発してる。次章が怖いくらい楽しみだよ…… この3人(特に右足ボロボロのなぎさ)はまだどこまで這っていけるんだろう。 めっちゃ良かったよ、この章。 心臓バクバクした。
|
◀第25章「未来を釣り上げる重り」
▶第27章:「二度と離さないための連結」
|