◀第06章『銭ゲバ魔女の収支報告と、消えない呪い』③
▶第08章 異常なダンジョン
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第07章『聖裸の魔女と、失われた三人の尊厳』
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王国の富と権力が集中する中央区画、その遥か地下深く。

地上の世俗的な喧騒から完全に隔絶された強固な石造りの大空間では、今日もまた、無数の蒼白い魔導光が静かに明滅し、絶対の静寂のなかに膨大な情報の奔流が渦巻いていた。
王立サイバー情報監視局。
王国内で駆動するあらゆる情報――魔法通信網の流動、冒険者ギルドが公開するリアルタイム記録、王国公認オークションで交わされる莫大な取引履歴、さらには犯罪組織が暗躍する非正規の裏通信網(ダークウェブ)に至るまで、すべてのデジタルデータが一度この巨大な情報の心臓部(コア)を通過するシステムになっていた。
もちろん、その天文学的なデータのすべてを人間の目視だけで処理しているわけではない。 自動化された高度な魔導スクリーニング器が異常数値を絶え間なく監視し、その後に専門の教育を受けたエリート監視官たちが淡々と真偽の判定を下すのだ。
一日に弾き出される異常検知(アラート)は数万件に及ぶ。 しかし、その九割九分は取るに足らぬゴミ(ノイズ)に過ぎなかった。
監視官A: 「また偽造された『王家の秘宝』の出品データか」
監視官B: 「昨日の朝も、同じ手口の偽物が網に引っ掛かっていましたね」
監視官A: 「昨日のは確か、『初代国王が晩年に愛用した伝説の歯ブラシ』だったな」
監視官B: 「……落札して、一体何に使うつもりだったのでしょうか」
監視官A: 「知らん。 好事家(マニア)の不条理な狂気など、こちらの脳細胞で分析するだけ時間の無駄だ」
上級監視官の一人がそっけなく言い放ち、目前の魔導ホログラムを機械的な指さばきで消去した。 別の監視官が、慢性的な寝不足の深いため息を吐き出す。
監視官C: 「こちらの新規アラートは『魔王の左足の爪』だそうです」
監視官A: 「ちなみに、右足の爪は?」
監視官C: 「すでにオークション上で売り切れとのことです」
監視官A: 「ならば、今回の片方だけは本物の魔力残滓(ざんし)を宿しているかもしれんな」
監視官C: 「そういうセキュリティの問題ですか、先輩」
情報監視局の朝は、概ねこのような非生産的な徒労の連続によって消費されていく。
もっとも――この日、王国の歴史の歯車が最悪の形で狂い始めるまでは。
若い監視官: 「……ん? これは、座標のバグか……?」
一人の若いエリート監視官が、微かな訝(いぶか)しみを声に漏らした。
彼の網膜に映し出されていたのは、王立冒険者ギルドが直営する、王国公認オークションのリアルタイム出品一覧である。 無数の高価な魔道具、一級品の武具、古代遺跡から発掘された貴重な遺物。 あるいは、誰かの家に代々伝わってきたという、明らかに昨日鍛造されたばかりの『古びた風の自称聖剣』。

その有象無象のデータ群のなかに、一つ――極めて異質で、あってはならない超弩級(ちょうどきゅう)の魔力光点が混じり込んでいた。
若い監視官: 「……先輩監視官。 少々、緊急の確認をよろしいでしょうか」
先輩監視官: 「なんだね、またどこぞの好事家が伝説の歯ブラシでも出品したか。 それとも魔王の右足の爪が奇跡の再入荷でも果たしたか」
若い監視官: 「いえ、どちらでもありません。 これは……私の脳内演算(ロジック)の範疇を完全に超えています」
若い監視官は引きつった指先で端末を叩き、空中の青白いホログラムを中央の主画面(メインモニター)へと強制拡大した。
そこに羅列された文字列を一瞥(いちべつ)した瞬間。 先輩監視官の老練な顔から、長年の慢性的な疲労とあらゆる世俗の余裕が綺麗に消え去った。
『 地下第五層守護者《大地の番人》討伐証明素材――公式鑑定済み相当品 』
開始価格;八十万クローネ。
即決価格;百万クローネ。
出品状態;実物資産・即時引き渡し可能。
先輩監視官: 「…………」
若い監視官: 「……先輩? システムのバグでしょうか」
先輩監視官: 「おい」
若い監視官: 「は、はいっ」
先輩監視官: 「この常軌を逸した不敬な冗談(データ)、一体どこの闇組織の裏回線から拾い上げてきた」
若い監視官: 「いえ、それが……冒険者ギルドが直営する、公認オークションの正規通信ルートです」
先輩監視官: 「そうじゃない、私が聞いているのはそこではない」
若い監視官: 「え?」
先輩監視官: 「どこの身の程知らずの阿呆が、国家の最高機密に触れるような大言壮語を公式の市場に出品したのか、とソースコードの出所を聞いているんだ」
若い監視官は慌てて震える手で魔導端末を操作し、その出品者の隠蔽されたメタデータを照会した。
若い監視官: 「暗号化された出品者名は……『ルイズ』、とだけ短く登録されています」
先輩監視官: 「誰だ、それは。 王宮お抱えの白銀等級か」
若い監視官: 「いえ、ギルドの特級冒険者のデータベースには該当するデータが一切存在しません。 少なくとも、名の知れた英雄の類ではないようです」
二人の間に、底なしの重苦しい沈黙が降りた。
やがて、先輩監視官はゆっくりと、まるで世界の崩壊を悟ったかのように椅子から立ち上がり、情報監視フロア全体に響き渡る声で命じた。
先輩監視官: 「――全員、直ちに現在の手作業を全面中断しろ」
地を這うような、極めて切迫した声音だった。

数百の魔導器が唸る監視室のざわめきが、その一言で一瞬にして凍りつく。 数十人のエリート監視官たちが、弾かれたように一斉に顔を上げた。
監視官D: 「どうした、何事だ?」
監視官E: 「また魔王の部位関係のシステムエラーか?」
先輩監視官: 「違う、そんな世俗のノイズではない」
監視官D: 「ならば、一体何が起きたというのだ」
先輩監視官は彼らの疑問には答えず、空中に浮かぶ一つの不吉な商品画面を、監視局の最上段にある巨大なメインスクリーンへと投影した。
数秒の、情報の波形を咀嚼(そしゃく)するための静寂の後――。
監視官F: 「…………は?」
誰かが、現実を拒絶するような間の抜けた声を漏らした。
監視官G: 「いや、待て。 そんなことは天文学的な確率論から言っても絶対にあり得ない」
別の監視官が、己の正気を保つように強く首を横に振る。
監視官H: 「地下第五層?」
監視官I: 「あの神話級の怪物《大地の番人(アース・ガーディアン)》だと?」
監視官J: 「その討伐証明素材が……国家の直轄でもなく、個人名義から直接公式市場に出品されているというのか……!?」
巨大な情報監視室の空気は、提示された因果の重圧によって、秒刻みで鋭く緊迫していった。
監視官K: 「どうせ、極めて悪質な高精度の偽造品(フェイク)だろう」
誰かが冷や汗を流しながら乾いた笑いを漏らした。
監視官L: 「ああ、そうだ。 どうせ先ほどの、初代国王の歯ブラシと同じ類の――」
先輩監視官: 「――画像認証のフィルタリングは?」
若い監視官: 「……完全通過しています」
先輩監視官: 「内部構造の魔力密度解析は?」
若い監視官: 「……エラーなし。 完全通過」
先輩監視官: 「ギルドに登録されている魔力波形(指紋)との完全照合は?」
若い監視官: 「……完全に一致。 すべての網を通過しています」
先輩監視官: 「物理的な現物(コア)の目視確認は?」
若い監視官: 「それだけは、通信ハッキングの仕様により現時点では未確認です」
再び、鉛のように重い静寂が落ちる。
ベテラン監視官: 「いや、未だ早計だ、パニックを起こすな」
初老のベテラン監視官が、眉間に深いひび割れのような皺を刻み込み、巨大な画面の数式を睨みつけた。
ベテラン監視官: 「待て待て、落ち着け。 空間の画像とデータを遠隔から巧妙に偽装・偽写(ディープフェイク)した可能性は未だ残されている。 システムのバグかもしれん」
若い監視官: 「ですが先輩、これは国家最高峰の構造解析アルゴリズムをも完膚なきまでに通過しているのですよ?」
ベテラン監視官: 「所詮は遠隔ハッキングによるデジタル解析だろう! それ専用の高度なジャミング術式を裏から仕掛けられたなら、こちら側の検知が狂うことも理論上はまだ否定できん!」
激しい反論を口にしながらも、しかし、誰の顔にも安堵の色は一ミクロンも浮かび上がらなかった。

地下迷宮、第五層。 そこに文字通り絶対的守護者として鎮座する、《大地の番人》。 王国の魔導士や冒険者であれば、その畏怖すべき神話の名を知らぬ者などこの現世に存在しない。
そもそも、通常の生存ルートを逸脱した第五層へと足を踏み入れること自体が、一部の超越的な上級冒険者にしか許されざる禁忌の業(わざ)なのだ。 第四層以降は、王国政府が公式に侵入を推奨していない『死の領域』。 そのさらに最奥に君臨する第五層の支配者は、過去、王国が国家の威信と多大な予算を賭けて特別編成した大規模軍事攻略部隊でさえ辛うじて討伐に成功したという、戦略級の災害怪物(モンスター)なのである。
三十人を超える国家の精鋭。 名を知らぬ者のいない白銀等級(最高位)の上位冒険者たち。 王国正規騎士団からの全面的な後方戦術支援。 それほどの莫大な国家リソースを注ぎ込んだ最大規模の遠征においてさえ――人類の歴史上、正式に確認されている討伐成功例は、わずか九回。
その不条理な絶対数だけが、ホログラムの画面で不気味に明滅している。
先輩監視官: 「直近のタイムラインにおいて、国家規模の大規模遠征が秘密裏に立案されたというログは?」
若い監視官: 「データベースを遡(さかのぼ)りましたが、一切ありません」
先輩監視官: 「王国騎士団に所属する特務極秘部隊の動向は?」
若い監視官: 「現在、全軍が兵舎にて待機。 一切動いていません」
先輩監視官: 「冒険者ギルドの最高上層部による、特級討伐隊の隠密編成記録は?」
若い監視官: 「それらしい出撃編成記録はなし、ゼロです」
先輩監視官: 「他国からの隠密魔導部隊による、非正規の越境介入の兆候は?」
若い監視官: 「結界の網には、それらしいノイズはまったく確認されていません」
先輩監視官: 「…………」
情報が完全に遮断された暗黒の空間のなかで、誰かが、恐怖に震える声で呟いた。
監視官M: 「では、一体……」
その不穏すぎる先の言葉を、この場の誰もが、自らの正気を守るために口にしたくはなかった。
先輩監視官: 「……一体どこのどいつが、あの神話級の怪物を、私たちの知らないうちに独力で消し去ったというのだ?」
その答えを持つ者など、王国の頭脳たるこの情報監視の中枢(コア)にすら、ただの一人も存在しなかった。
◇
――その、国家中枢がパニックのバグを起こしかけていた、まさに同時刻。
地上の王都中央市場では、極めて牧歌的で穏やかな、いつもの平和な日常が流れていた。
八百屋の主人: 「はい、今日の採れたてリンゴ、破格に安いよ安いよー!」
八百屋の主人: 「ちょっと奥さん! そっちの不鮮明な店のじゃなくて、こっちの瑞々(みずみず)しい林檎を見なさい!」
主婦: 「ちょっと八百屋の親父、また私の目の前で値札のパラメータを勝手に書き換えたでしょ!」
八百屋の主人: 「書き換えてない! これは開店当初からこの、お財布に優しい合理的で破格の値段設定だ!」
主婦: 「嘘をおっしゃい、昨日の同じ時間は半額セールだったじゃない!」
八百屋の主人: 「昨日の過去データなんかを正確に覚えているなんて、奥さんはよっぽど暇なんだねえ!」
主婦: 「主婦の脳内家計簿(記憶力)の精度を、絶対に舐めないでちょうだい!」
安物Tシャツを引っ提げた八百屋の頑固な主人と、常連の主婦が、朝から元気に世俗の喧嘩を繰り広げている。

その、平和な喧騒からほんの少しだけ離れた、市場の片隅の木陰では。
市民A: 「なぁ、聞いたか?」
市民B: 「何をだよ、朝から深刻な顔して」
市民A: 「王立の公認オークションの掲示板に、とんでもない国家最高遺物(国宝)級の代物が出品されたらしいぞ」
市民B: 「はいはい、またその手の詐欺(バグ)か」
市民A: 「いや、今度ばかりはギルドの暗号化セキュリティを通過した本物のデータだって噂だ」
市民B: 「昨日もお前、そう言って『伝説の竜の涙』を大金叩いて買ったら、ただの塩っぱいドブの雨水だったじゃないか」
市民A: 「……あれは、きっと古の竜が自らの運命を悲しんで、天の彼方で泣いた日の聖なる雨だったんだよ、きっと」
市民B: 「お前、まだあのインチキ露天商のポエムを脳内で信じてるのか?」
市民A: 「……ほんの、数パーセントだけな」
彼ら一般の市民たちは、現時点では誰も、天地が引っくり返っても知る由はなかった。
この日。 王国の冷たい地下の暗闇において、たった一枚の不条理な『出品データ』を巡り、国家の威信と軍事力を賭けた異常な極秘追跡調査が、今まさに本格的に始まろうとしていることなど――。
◇
部下: 「――ジョーカー特級監視官」
王立サイバー情報監視局、その機密エリアの最奥。
一般の監視官たちのブースとは強固な魔導隔壁によって明確に区切られた特別区画に、一人の男が静かに座していた。
年齢は三十代半ば。 刃物のように鋭く整えられた短めの黒髪。 彼の漆黒の執務机の上には、幾何学的に整然と積み上げられた暗号書類の山と、高度な並列演算処理を行う最新の特級魔法端末が静かに唸りを上げている。
かつては王都の戦闘前線においてその名を広く轟(とどろ)かせた、伝説の白銀等級の上級冒険者。 現在では第一線を退き、王国の影の最高意思決定者(アナリスト)としてその辣腕(らつわん)を振るう男であった。
ジョーカーは、震える部下から差し出された『第一級緊急報告書』の画面から、すっと視線を上げた。
ジョーカー: 「何だね、慌ただしい」
部下: 「私たちの論理演算(ロジック)からは、逆算することすら不可能な超特級物品を検知いたしました」
ジョーカー: 「朝からご苦労なことだな、通信のノイズ(バグ)だろう」
部下: 「いいえ。 今回は、生物学的な意味で本当に出品の次元があり得ません」
ジョーカー: 「昨日の朝も、君の口から同じ内容のセリフを聞いた記憶があるが」
部下: 「昨日のは『古代帝国の初代皇帝の王冠』の偽データでした」
ジョーカー: 「ああ、あの成金趣味の金細工か」
部下: 「現物を遠隔鑑定した結果、ただの地方の農村で使われていた真鍮(しんちゅう)製の鍋敷きでした」
ジョーカー: 「事象の確率論としては、あり得なくはなかったな。 ただの喜劇だ」
部下: 「ですが、今回は根本的にその存在の次元が違います」
部下は、完全に血の気を失った真剣な顔で、喉を鳴らして報告した。
部下: 「地下第五層の主、《大地の番人(アース・ガーディアン)》の、公式未開封ドロップ品です」
ジョーカーの、書類に向かって滑らかに駆動していた高級万年筆の手が――その瞬間、ピタリと静止した。

ジョーカー: 「……何だと?」
部下: 「王立公認オークションのセキュリティシステム上に、数分前、突如としてダイレクト出品されました」
ジョーカー: 「質の悪い、空間映像の偽造品(フェイク)だろう」
部下: 「それが……最先端の画像認証、および遠隔での多次元構造魔力解析は、すべてこちらの正規防衛ルートをノーエラーで完全通過しています」
ジョーカー: 「物理的な現物(コア)の身柄確保は」
部下: 「未だ未確認。 通信ハッキングのバイパスが強固で、現時点では不可能です」
ジョーカーは、一切の衣擦れの音すら立てず、革張りの椅子から立ち上がった。 部下が虚空へ慌てて展開した魔導ホログラムの主画面へと、その鷹の如き鋭い眼光を向ける。
そこに表示されていたのは――見間違いようのない、王国の軍事バランスすら揺るがしかねない重大な商品資産情報であった。
ジョーカー: 「……初期開始価格、八十万クローネか」
ジョーカーは低く、地を這うような声音で呟く。
ジョーカー: 「即決で、金貨百万クローネ」
部下: 「はい」
ジョーカー: 「中に何が入っているか分からないという不確定なロマンを考慮し、未開封の箱の状態での期待値査定額としては……資本主義の観点から見ても、極めて妥当で美しい市場価格(プライス)だな」
部下: 「は、はい……!」
問題は、その価格設定の妥当性などでは決してない。
ジョーカーは、ホログラムに表示された出品物の構造データを、憎々しげに睨みつけた。
もしこれが本物の質量を宿しているならば、百万クローネなどむしろ安すぎる。 国家の特務予算を即座に割いてでも、王宮が最優先で買い上げるべき戦略級の代物だ。
しかし――それが 「現世に本物として存在するはずがない」 のだ。
ジョーカー: 「地下第五層の階層主(ボス)だぞ」
ジョーカーの低い声音が、閉鎖された特別区画の室温を物理的に引き下げた。
ジョーカー: 「これまで、国が威信と莫大な国庫予算を賭けて特別編成した大規模攻略部隊が、何度死線を越えて挑み、そして敗れ去ってきたと思っているんだ」
部下が引きつった緊張の面持ちで、深く頷く。
ジョーカー: 「三十人を超える、名を知らぬ者のいないトップランカーの精鋭を集結させ」
ジョーカー: 「最高位の上位等級冒険者を惜しみなく戦線へ投入し」
ジョーカー: 「王国正規騎士団による全面的な後方戦術支援まで受けて」
ジョーカー: 「――それでようやく、多大な犠牲を払って辛うじて討伐できる領域の相手だ」
ジョーカーは白眉の間に、深いひび割れのような皺(しわ)を刻み込んだ。

ジョーカー: 「そのような国家規模の大規模遠征が、直近のタイムラインにおいて秘密裏に行われたという、軍事的な公式記録はどこにもない」
部下: 「はい、各方面のデータベースを照会しましたが、一切存在しません」
ジョーカー: 「ならば、一体全体どうやってどこの化け物があの怪物を駆逐した? 本当にこれは本物のコアなのか?」
ジョーカーの視線が、提示された空間の商品画像とデジタル解析データを激しく往復する。
ジョーカー: 「もし仮にこれが高度な偽装品(フェイク)だとするならば、一体どこの組織のどのような未知の魔導技術を用いて、我が監視局とギルドの遠隔多重認証をすべてノーエラーですり抜けたというんだ」
画像認証の突破。 精緻な魔力構造解析の網の通過。 遠隔波形照合の完全一致。 それらすべての堅牢なチェックリストを、この出品データは完全クリアしている。
無論、遠隔の非対面認証である以上、完全無欠のシステムではない。 だが、冒険者ギルドが誇る最高峰のセキュリティ障壁をこれほど精巧に欺き、完璧に偽装できるハッカー(魔導技術者)が王都に実在するのだとすれば――それはそれで、国家転覆レベルの重大な軍事脅威であった。
ジョーカー: 「……その、出品者アカウントの登録名は誰だ」
ジョーカーが短く、鋭く問う。
部下: 「『ルイズ』、という名でのみ簡易登録されています」
ジョーカー: 「ルイズ、だと?」
部下: 「はい」
ジョーカー: 「聞いたことのない名だな。 一体どこの他国のスパイか、あるいは反体制組織の工作員だ」
部下: 「現在、大至急その魔力バイパスを逆探知して身元を確認中です」
部下が冷や汗を流しながら、別の情報端末へと超高速で視線を走らせた。
そして――。
部下: 「……あ」
ジョーカー: 「何だ、何を見つけた」
部下: 「そういえば……過去のアラートログに、一つだけ、奇妙な符合(データ)が残されていました」
部下は少しだけ脳内で考え込んでから、未だ不確かな極秘情報を慎重に口にした。
部下: 「確か、同じ地下迷宮の浅層において、最近あの厄介な『古代種のスライム』が異例の単独討伐された件に関連してなのですが……」
ジョーカー: 「古代種のバグか。 それがどうした」
部下: 「はい。 現地調査に赴いていた王国騎士団の団長が、王都の酒の席において、『ルイズ』という名の若き新入生の天才冒険者のことを、それはもう熱心に畏怖を込めて語っていたという、ギルドの未確認の噂が記録にありまして……」
ジョーカーが、伏せていた顔を鋭く上げた。
ジョーカー: 「一体何者なんだ、その『ルイズ』という不可解な女工作員は」
部下: 「……王都市民のあいだの、非公式な流言飛語(うわさ)によりますと」
部下は、国家の最高情報監視局という神聖な場で口にするにはあまりに場違いで破廉恥なその単語を、極めて言いにくそうに唇を震わせて紡いだ。
部下: 「――『聖裸(せいら)の魔女』と、畏怖を込めて呼ばれている、とか」
ジョーカー: 「…………」
部下: 「……ジョーカー特級監視官?」
ジョーカー: 「待ちなさい」
ジョーカーは長い片手を静かに上げ、部下の言葉の流動を物理的に制止した。

ジョーカー: 「今、君の口から何という音声コードが発せられたかね?」
部下: 「ですから……『聖裸の魔女』です」
ジョーカー: 「音声の波形としては正しく私の鼓膜へ聞こえた。 私が上級アナリストとして聞いているのは、その単語が内包する『論理的な意味の整合性』だ」
部下: 「私にも、システム的な解釈がまったくできません」
ジョーカー: 「聖なる、のかね?」
部下: 「はい、文字面としては」
ジョーカー: 「裸、なのかね?」
部下: 「はい、そのように」
ジョーカー: 「魔女、なのかね?」
部下: 「おそらくは、その属性かと」
ジョーカー: 「……一つとして、私の魔導理論の中で意味の整合性が取れん。 因果律のバグだ」
部下も完全に困り果てた顔をして、冷や汗を流した。
部下: 「ただの市井の尾鰭(おひれ)がついた都市伝説の類かと思われますが、ギルドの裏情報によれば、その魔女は『衣服を一ミクロンも身に着けていない完全な素っ裸の状態で』、あの人類の脅威たる古代種のスライムを単独で宇宙の彼方へ消滅させたとか」
ジョーカー: 「素っ裸で、かね?」
部下: 「はい」
ジョーカー: 「なぜ、そのような戦闘防衛上、著しく非効率かつ破廉恥な状態で凶悪な実戦を?」
部下: 「そこまでは、いかなるデータシミュレーションでも分かりません」
ジョーカー: 「相手は、王国の防衛ラインを脅かす特級災害指定の古代種だぞ?」
部下: 「はい」
ジョーカー: 「それを、単独で一瞬にして消滅させたというのか?」
部下: 「そのように、魔導士街の酒場ではまことしやかに語り継がれています」
ジョーカーは、脳細胞に深い疲労を覚えたかのように、しばらくの間重々しく黙り込んだ。
ジョーカー: 「……現地へ調査に赴いた我が王国の騎士団の団長は、よほど度数の強い禁断の酒でも煽(あお)って幻覚を見ていたんじゃないのか?」
その、師弟の不毛な問答の真っ最中だった。
少し離れた魔導デスクで別ラインの通信傍受を行っていた、初老のベテラン監視官が、肩をすくめて会話に気楽に加わってきた。
ベテラン監視官: 「ジョーカー」
ジョーカー: 「何だね、先輩」
ベテラン監視官: 「あの現場主義の脳筋な団長はな、普段からひどく思い込みとロマンチズムが激しいことで、上層部でも有名な男だからな」
ジョーカー: 「そうなのですか?」
ベテラン監視官: 「ああ。 たぶん戦場の極限状態で強いエールでも大量に飲んで、若い女の裸でも脳内で都合よく妄想(ブレンド)したんだろう。 国を救うため、自らの衣服を犠牲にして散っていった神聖なる自己犠牲の悲劇のヒロインかなにかと、勝手に重ね合わせて涙を流したに違いないさ」
ジョーカー: 「……なるほどな、言われてみれば極めて人間的な認知のバグだ」
ベテラン監視官: 「あまり本気で取り合って脳の演算リソースを消費しない方がいい。 所詮は、尾ひれのついたただの魔導士街の都市伝説だ」
ジョーカーは数秒間、提示された抽象的な情報を脳内で高速に並べ替え、整理し――。
ジョーカー: 「……そうだな、ただの酒場の冗談だ」
と、不確定な都市伝説を一度、思考の最果てへと切り捨てた。
そして、もう一度。 目の前で明滅する確たるデジタルデータ(ホログラム)の画面を、鋭い眼光で睨みつける。
『出品者;ルイズ』
ジョーカー: 「…………」
何故か。 論理的な魔導の裏付けはそこには何一つとして存在しない。 しかし、かつて白銀等級の最前線で幾多の死線を潜り抜けてきた、上級冒険者としての野生の直感が――私の全神経に対し、極めて不吉な予感(アラート)を告げていた。
非常に、胃の底がシクシクと痛むような、最悪のバグの予感を。
ジョーカー: 「――今現在、あの地下迷宮(ダンジョン)へと、遭難者の緊急救出任務に向かっている作戦部隊がいたな」
部下: 「はい、数分前にギルドの本部を出撃いたしました」
ジョーカー: 「その中に、第四層を越えて、地下第五層まで迅速に到達できる戦力を持つエリート部隊はいるか?」
部下が即座に手元の魔導端末を叩き、出撃ログを照会する。

部下: 「……一部隊、該当する戦力が存在します」
ジョーカー: 「誰だ、部隊長は」
部下: 「西の学廷の最高英雄、あのカイト様が臨時に同行されている、ギルド直轄の特級救出チームです」
ジョーカーの鋭い漆黒の瞳が、獲物を狙う鷹の如く細められた。
ジョーカー: 「カイト、か」
ならば話の展開は早い。 あの西の勇者(カイト)のパーティであれば、王都の中央軍事司令部へと直通する、最高暗号化の通信魔導器を携帯しているはずだ。
ジョーカー: 「至急、カイトの通信端末へ直通の暗号回線(バイパス)で緊急連絡を入れろ」
部下: 「了解。 ……特級監視官、何と伝達(オーダー)いたしますか?」
ジョーカー: 「地下第五層の、あの主の部屋の現在状況を、至急『目視で確認』してもらいたい、と」
部下: 「ボスの《大地の番人》の生存パラメータを、ですか?」
ジョーカー: 「ああ、そうだ」
ジョーカーはホログラムに刻まれた詳細な売却数値を、白く長い指先でパシッと叩いた。 この相乗りハッキング出品情報には、システムのタイムスタンプが記録した『討伐完了時刻』も、秒単位で正確に記載されていたのだ。
――昨日。 午前十時。
地下第五層の主である《大地の番人》は、たとえ何者かの手によって討伐されたからといって、システム的に即座にリポップ(再出現)するような浅層の低位魔獣などでは断じてない。 次の世界への事象の再定着までには、通常ならば最低でも五日ほどの時空インターバル(待機時間)を必要とする。
ジョーカー: 「もし」
ジョーカーは、絶対零度の静けさで淡々と、しかし威圧を込めて言い放った。
ジョーカー: 「この画面に刻まれたデータ通り、本当に昨日の朝十時にあの怪物の完全討伐が執行されたのが物理的事実であるのなら――」
今現在の迷宮の最深部、地下第五層には。 今まさに。 あの悪魔の如き世界の守護者《大地の番人》は、物理的な質量として、そこには『存在していない』はずだ。
ジョーカー: 「……一分一秒を争う、至急、カイトの眼で確認させろ」
部下: 「了解いたしました、即時回線を接続します!」
部下が通信室へと、弾かれたように床を蹴って走り去る。 ジョーカーはその慌ただしい背中を見送った後、もう一つの最大の懸念事項(バグ)へと、その上級アナリストとしての全意識をフォーカスさせた。
ジョーカー: 「それと、もう一つだ」
部下: 「はいっ、何でしょうか!」
ジョーカー: 「この『ルイズ』という名の、未だ正体不明の不気味な出品者アカウントだ」
魔導ホログラムの最上段に表示された、短くも底知れぬ存在感を放つ不穏な文字列。
ジョーカー: 「このハッキング通信を中継している、現在地の三次元座標は割り出せるか?」
部下: 「現在、ギルドのメインサーバーを経由して、魔力通信の多次元逆探知(バックトレース)を大至急実行中です!」
ジョーカー: 「一秒を争う、急ぎなさい」
部下: 「了解いたしました!」
情報監視室の空気が、かつてない国家の有事を迎えた臨戦態勢の熱を帯びて、慌ただしく唸りを上げ始める。

――そして、数分間の超高速演算の後。
部下: 「――ジョーカー特級監視官!」
ジョーカー: 「何だ、該当する時空座標を見つけたか」
部下: 「はい、暗号化バイパスの逆探知に完全成功いたしました!」
ジョーカー: 「見事だ。 ……で、その潜伏先の現在地はどこだ。 一体どこの暗黒街の地下アジトに身を潜めている?」
部下: 「それが……現在、王都内の第一商業区画のど真ん中に位置しています」
ジョーカー: 「曖昧(あいまい)な広域データはいい、より具体的にピンポイントの建物を言え」
部下は、手元の端末に表示された逆探知座標の最終報告書を、自らの網膜を疑うように一度だけ強く見直し――。 そして、完全に狐につままれたかのような、唖然(あぜん)とした顔で報告した。
部下: 「……王都のメインストリートに店を構える、高名な貴族御用達の超高級ランジェリーショップです」
ジョーカーの、それまでどんな国家の危機をも処理してきた思考回路が、一瞬にして完全停止(フリーズ)した。
ジョーカー: 「……何だと? 通信のバグではないかね」
部下: 「はい、間違いありません。 あの……高級下着店の中央座標において、女性用の高級下着を現在進行形で絶賛お買い物(ショッピング)中のようです……」
ジョーカー: 「…………」
再び。 先ほど脳細胞の最果てへと切り捨てたはずの、あの全く論理的な整合性の取れない忌々しい都市伝説(キーワード)が、男の脳裏を濁流の如くよぎった。
聖。 裸。 魔女。
ジョーカー: 「……ただの、流言飛語の確率が重なっただけの偶然だ」
部下: 「は? 何が偶然なのですか、先輩?」
ジョーカー: 「何でもない、私の独り言だ。 脳内の演算エラーだから忘れろ」
ジョーカーは即座に、歴戦の上級監視官としての鉄壁のポーカーフェイスを強引に引き締め直した。
一人のプロのアナリストとして、今考えるべき最優先の生存パラメータは他にある。 地下第五層のボス討伐の物理的真偽。 あり得ない神話級ドロップ箱の質量。 正体不明の出品者アカウント。 国家のセキュリティを欺く高度な偽装品の可能性。 あるいは、国宝級の盗品を売り捌こうとする国際指名手配犯の可能性。
――いや、あるいは。 それらすべての論理的推測を上回るほどに、厄介で、不条理極まりない世界のバグの可能性。
ジョーカー: 「――いずれにせよ、事態の流動性を鑑みるに、早急に直接その身柄を押さえて話を聞く必要がある」
部下: 「はい、おっしゃる通りです!」
ジョーカー: 「ただし、相手が私の知らない未知の空間転移(逃亡)魔導を用いている可能性のパラメータは?」
部下: 「現在の不鮮明な逆探知データだけでは、確率論的に全くの不明です」
ジョーカー: 「ならば、最悪の物理的衝突を想定して動くのが合理的だな」
ジョーカーは、国家権力の最高代行者として、一切の私情を排した非情なる最終決断を下した。
ジョーカー: 「ただちに国家保安局の特務隠密部隊へ、緊急の出撃連絡を取れ」
部下: 「了解いたしました!」
ジョーカー: 「容疑は、国家特級指定出品アイテムのデータ偽装、並びに国家最高機密に触れる財産の不法盗難疑いだ」
その低く重厚な声音には、もはや一ミクロンの迷いも存在しなかった。

ジョーカー: 「『ルイズ』という名の登録アカウントを持つ正体不明の冒険者を、現時刻をもって直ちに確保しろ」
部下: 「……丁重な任意同行の扱いでしょうか?」
ジョーカー: 「そうだ。 だが、もし万が一にも逃走の素振りを見せた場合、あるいは魔導による抵抗の兆候を検知したなら――実力行使による強制拘束もやむを得ん」
ジョーカーは、もう一度だけ虚空の空中に表示された青白い商品画面を、憎々しげに睨みつけた。
そこに映し出されていたのは、王国の軍事バランスの根幹を揺るがしかねない、一つのオーパーツ(世界のバグ)の如き未開封のドロップ箱。 そして。 その背後に不気味に潜む、出品者の少女の名前。
――ルイズ。
ジョーカー: 「……一体、何者なんだ。 お前は。 王都の闇で何を企んでいる……」
その重苦しい孤独な呟きが、王国の情報網の最深部に、小さく、そして虚しく落ちて消えていった。
――だが、王国の頭脳たる有能なエリート監視官たちは。 そして歴戦の凄腕であるジョーカー自身も。
この時、まだ天地が引っくり返っても知る由もなかったのだ。
その彼らが恐れる正体不明の『国家の最高脅威(少女)』が、今この瞬間。 国家の最高峰の監視網によって完璧にロックオンされ、特務部隊に追跡されているという絶体絶命の窮地(ピンチ)にあるというのに。
乙女としてのお気に入りの可愛い衣装デザインを涙ながらに諦め、ただひたすらに等価交換の『費用対効果(コスパ)』と『魔力伝導率(バースト火力)』だけを血眼になって脳内で計算しながら、のんきに超高級ランジェリーショップでお買い物を平和に終えようとしていることなど。
そして――。
王国の哀れな監視官たちが、これから。 己の人生の中で最も絶望し、靴下すら残らず全裸にされて後悔することになる、あの悪魔の『自動引き落とし承認ボタン(お布施共有契約)』へ向かって、自らの足で一直線に、威風堂々と地雷を踏み抜きに向かっているという、不条理極まりない最悪の未来の数式(フラグ)を。

王都の第一商業区画は、今日も変わらず平和そのものだった。
――少なくとも、私たちの前にあの不吉な国家の影が這い寄ってくる、つい数分前までは。
シャルロット: 「さあ、見てくださいませ、ルイズさん!」
高級ランジェリーショップの白亜の木扉から大通りへと出るなり、シャルロットが大きな達成感に満ちた笑顔で両手を広げてみせた。
シャルロット: 「先ほどのプロの店員さんも太鼓判を強く押しておりましたけれど、この『パステルピンクのフリル付きショーツ』と『漆黒のシルク製ガーター』という組み合わせなら、絶対に今のあなたの肌に似合いますわ!」
ルイズ: 「……ええ、そうですね。 今回の物資提供(プレゼント)の事象自体は、私の破産パラメータに対する経済的支援として深く感謝いたします」
私は、可愛らしいリボンの装飾が施された最高級の紙袋を細い両腕で抱えながら頷いた。 しかし、そのお座なりの返事の声音には、どういうわけか、死線を潜り抜けた直後のような虚ろな力の抜けがあった。
シャルロット: 「どうかなさいましたの? あんなに最高級のシルクの手触りに独自の拘りを示しておきながら、まだデザインの華やかさが不満ですの?」
ルイズ: 「いえ……そうではありません。 今後の安定した戦闘用クールタイム(衣装ローテーション)の連続運用を先回りして考慮した結果――追加で自分でも実費を支払い、別の予備下着(弾薬)を爆買いしてしまったのが、脳内の計算式にない想定外の超大赤字(出費)になってしまいまして……」
シャルロット: 「まあ!」
シャルロットが、信じられないものを見るようにその琥珀色の瞳を丸くした。
シャルロット: 「あの、迷宮の底で百六十万クローネの天文学的な分配計算を完璧な暗算でやってのけたルイズさんほどのお方でも、世俗のお買い物で予算のパラメータを間違えることがありますの!?」
ルイズ: 「……人生の関数には、時として予測不可能なバグ(環境誤差)というものが確率論的に存在するのですよ」
トト: 「ちなみに補足しとくとな、お嬢ちゃん。 ルイズはんが自分で追加購入した予備弾薬ってな、あの可愛らしい『イルカマークのロゴ』がプリントされた最高級シルクパンツやねん」
トトが私の肩の上から大福餅の身体を乗り出し、意地悪く補足した。
シャルロット: 「イルカさん、ですか? 意外ですわね、あなたにもそんな女の子らしい動物を愛でる心が――」
ルイズ: 「――補足しておきますが、シャルロットさん」
私はコホンと小さく咳払いを挟んだ。
ルイズ: 「イルカという哺乳類は、その額の内部にある『メロン』と呼ばれる特殊な脂肪組織の質量から、一秒間に最大二百回もの高周波のクリック音(超音波)を発信し、周囲の構造物や敵の正確な多次元時空座標を探知(エコーロケーション)できるのですよ! まさに自然界が生み出した、究極の索敵レーダー(神秘)の塊です!」
トト: 「あかんわ、お嬢ちゃん。 こいつ、やっぱりイルカのことも可愛い生物やのうて、単なるミリタリー仕様の魔導研究対象としてしか見とらんかったわ」
カメ吉: 「キュィ……(お腹空いたわ……)」
カメ吉が、私の男物Tシャツの裾の陰からペタペタと首を出して鳴いた。
カメ吉: (――ワイは超音波を出すイルカより、秋の脂の乗ったサンマの塩焼きの方が、ニートのご飯として百倍好きやで。 お腹空いたわぁ……)
シャルロット: 「イルカさん、とってもキュートで愛らしいビジュアルだから選んだわけじゃありませんのね……」
取り巻きA: 「ねー、本当に脳内のロジックが歪んでいて信じられませんわ」
シャルロットの背後に控える二人の取り巻きも、心底呆れ果てたように深く同意の首を縦に振った。
ルイズ: 「まあ、その愛らしいビジュアル(外見)という要素も、私の購買欲を刺激した理由の数パーセントの変数には一応、含まれてはいますがね」
そんな世俗の平和な会話を交わしながら、四人と二匹は超高級ランジェリーショップの豪奢な門扉を抜けて表へと出た。

王都のメインストリート。 天から降り注ぐ暖かな昼の陽射し。 行き交う朗らかな市民たち。
それはどこを切り取っても、平和そのもののありふれた日常の光景であった。
――ただし、次の刹那。 その調和に満ちた絵面のなかに、極めて不自然で異質な暗黒の『黒』が侵食してきた。
シャルロット: 「……あら? 何かしら、人だかりかしら」
シャルロットが、不審そうにその美しい足を止める。
いつの間にか。 私たちの周囲を、十人以上の不気味な黒ずくめの男たちが、ミリ単位の狂いもない完璧な包囲陣形(多角形包囲網)で完全に遮断していたのだ。
全員が同じ漆黒の防魔外套(がいとう)を身につけ、その懐には高度な軍事用武器を隠し持っている。 明らかに一般の市民などではない、特殊な訓練を課せられた国家の殺気をぷんぷんと漂わせていた。
大通りを歩いていた歩行者たちも、尋常ならざる事態を察してその場に足を止め、遠巻きに息を呑んで様子を窺い始める。
市民C: 「な、何事だ、真昼間から大掛かりな包囲が……」
市民D: 「王都の正規騎士団の隠密部隊か?」
市民E: 「いや、あの冷酷な黒服の紋章は……国家保安局の、あの悪名高い特務部隊じゃないか!?」
市民F: 「こんな白昼堂々のメインストリートで、一体どこの大悪党が捕まるというんだ」
怯え混じりのざわめきが、水面の波紋のように周囲へ一瞬にして広がっていく。
王都の中心街の、それも名門貴族御用達の有名ランジェリーショップの真ん前。 客観的な流体力学の観点から見ても、非常に、極めて、マニアックな意味で目立っていた。
私は、一切の感情のパラメータを排した無表情(ポーカーフェイス)のまま、周囲を完全にロックしてきた黒ずくめの男たちをぐるりと見回した。

ルイズ: 「……何のご用でしょうか。 王都の新しい流行に関する、街頭アンケート調査ですか?」
私が手中のイルカ下着の紙袋を抱え直して問うと、部隊の最先頭で指揮を執っていた一人の男が、静かな足取りで前へと出た。
部隊長: 「――ルイズ殿、ですね」
ルイズ: 「いかにも、私が今季の王立魔法大学を筆記首席で入学した、あの偉大なるルイズですが」
部隊長: 「我々は、王国国家保安局の特務部隊です」
その身分証明の一言が放たれた瞬間、周囲を取り囲んでいた市民たちのざわめきが、さらに一段階巨大な爆音へと膨れ上がった。
市民G: 「こ、国家保安局だって!? ガチの国家反逆罪を扱う裏の役人じゃないか!」
市民H: 「本物かよ、お前、目を合わせるな! 消されるぞ!」
市民I: 「まさか、あんなお色気全振りのぶかぶかな男物Tシャツ(下はノーパンに見える)を着た可憐な女の子が、国を滅ぼすテロリストか何かの親玉だというのか……っ!?」
私は心底不快そうに、美しく整った眉をひそめた。
国家保安局。 王立魔法大学に通ううら若き女子生徒であれば、その恐ろしき名前くらいは一般教養として誰しもが知っている。 王国内で密かに起きる重大な特級魔導犯罪や、王家の存亡に直接関わるテロ事件を専門に処断する、国家の絶対的な暗部の組織だ。
少なくとも、善良で無害な一般市民が、昼下がりの華やかなランジェリーショップの前で最高級下着(イルカパンツ)の入った紙袋を抱えたまま、白昼堂々多角的に囲まれるような相手では断じてなかった。
ルイズ: 「……それで? 私に、一体どのような理不尽なご用ですか?」
部隊長: 「ルイズ殿。 あなたには現在、国家の根幹を揺るがす重大な犯罪容疑がかけられています」
ルイズ: 「――容疑、ですか?」
部隊長: 「はい」
黒服の指揮官は、一切の感情のパラメータを交えず、事務的に告げた。
部隊長: 「あなたが数分前、王立冒険者ギルドが直営する公認オークションシステム上へ、不法に出品した『ある超特級物品』の時空座標についてです」
――私の多次元脳内演算プロセスが。 その一言を突きつけられた瞬間、物理的にピタリと停止(フリーズ)した。
ルイズ: 「……公認、オークション、ですか?」
部隊長: 「はい。 地下第五層守護者《大地の番人》の、公式未開封ドロップ箱について。 国家最高解析魔導を欺く高度な偽装品、あるいは国庫から不当に奪われた国家財産の盗難品である可能性が極めて高いと判断されました」
ルイズ: 「…………」
私は、ゆっくりと、現実のバグを修正するようにパチパチと瞬きを繰り返した。
そして。
ルイズ: 「…………あ」
極めて間の抜けた情けない声を、喉の奥から小さく漏らしたのだった。

私のその異変に気づかぬまま、隣にいたシャルロットが不審そうに顔をしかめた。
シャルロット: 「ちょっと! あなたたち、一体さっきから何をおっしゃっていますの!?」
シャルロットはお揃いのぶかぶかTシャツの裾を抑え、名門令嬢としての格式高い誇りを胸に、黒服たちの前に凛と一歩踏み出した。
シャルロット: 「ルイズさんが国家の盗品を市場に出品しているですって? そんな破廉恥で不条理なわけがありませんわ! 彼女はただの、お財布の中身が一クローネも残っていない極貧のドケチ女子生徒ですのよ!」
部隊長: 「一般のお嬢さん、大人しく下がっていなさい。 これは王国国家保安局による、第一級の公式緊急調査だ」
シャルロット: 「だからといって、このような王都市民が見ている白昼堂々の大通りで、無抵抗な女の子を大勢の武器持ちで取り囲んで――」
ルイズ: 「――シャルロットさん、そこまでです」
私が、これまでにない極めて静かな、底冷えのする声音で、彼女の気高き抗議を後ろから呼び止めた。
シャルロット: 「……ルイズ、さん?」
私は、目の前を塞ぐ黒ずくめの特務部隊を見つめたまま、微動だにできなかった。
そして。 ゆっくりと、濡れた細い両手で、自らの頭を痛ましげに抱え込んだのだ。
ルイズ: 「……そういうこと、でしたか」
シャルロット: 「え、何がですの、ルイズさん?」
ルイズ: 「なんで……っ」
私の華奢な肩が、かすかに、しかし確実に、絶望のパラメータに染まって震え始めた。
ルイズ: 「なんで、この私としたことが……これほどまでに初歩的で単純な社会の計算式を、脳内演算から完全に見落としていたのよ……!」
私の脳内細胞の中で。 これまでの数日間に起きた遭難事象のすべてが、恐るべき高速の逆流速度で巻き戻され、再検証(デバッグ)されていく。
地下第五層、時空の絶対守護者《大地の番人》。 下着を賭けて倒した。 神話級の未開封ドロップ箱を手に入れた。 王都の好事家たちに百万クローネの最高値で高く売れる。 やった、これで私のプライベート研究室が建つ大金持ちだ。 ギルドのサーバーをハッキングして、オークションにダイレクト出品して即座に現金化(キャッシュ)しよう。
――以上。 私の思考プロセスは、そこで完全に停止していた。
ルイズ: 「……」
私は、再び深海のような沈黙の底へと沈んだ。

あまりにも、思考のタイムラインが短絡的すぎる。
ルイズ: 「普通に、一秒でも冷静に世俗の論理演算(ロジック)をすれば……」
私は、血を吐くような凄まじい後悔とともに、ポツリと呟いた。
ルイズ: 「通常なら一般の学生が到達不可能なはずの、あの第五層ボスの超特級ドロップ品なんて、いきなり王国の公式市場に個人名義で直出し出品したら――国家の情報監視網に異常なバグ(アラート)として怪しまれるに決まっているじゃないですか……!」
部隊長: 「……」
黒ずくめの男たちが、あまりの容疑者本人の生々しい自己分析に、不審そうに互いに顔を見合わせた。
ルイズ: 「しかも、王都の軍事的な公式討伐遠征の記録も、現時刻において一切存在していないというのに」
部隊長: 「……」
ルイズ: 「そんな神話の遺物が市場に降臨したら、ギルドの最高峰セキュリティを欺いた『データ偽造品』か、あるいは王宮の地下国庫から不当に強奪された『国家財産の盗難品』だと疑われて当然の、無慈悲なスクリーニング・アルゴリズムじゃないですか……!」
部隊長: 「……」
私の琥珀色の瞳に、じわりと悔恨の涙が浮かび上がった。
ルイズ: 「なんで、この私が、社会通念上そんな単純極まりないバグを見落としたのよ……っ」
ぽろり。
一粒の涙が、頬を伝って冷たく落ちていく。 王都のメインストリートに、奇妙で不条理な静寂が訪れた。
そして――次の瞬間だった。
部隊長: 「――やはり、とんでもない極悪の国家犯罪者だッ!!」
黒ずくめの部隊長が、鬼の首を取ったかのように嬉々(きき)として叫び立てた。
部隊長: 「見ろ! 己が犯した大罪の重さと良心の呵責(かしゃく)に耐えかねて、ついに観念して涙を流しながら自白し始めたぞ!」
特務隊員A: 「容疑確定(コンプリート)ですね、隊長」
特務隊員B: 「間違いありません、この手際、国際スパイ組織の工作員に違いありません」
特務隊員C: 「先ほどからブツブツと黙り込んでいたのは、証拠隠滅の次なるハッキングの算段でも脳内で計算していたのだろう!」
特務隊員D: 「我々国家保安局の圧倒的な威圧(プレッシャー)を前に、恐怖のあまり泣き崩れるということは、裏で相当後ろめたい国家的反逆行為を企んでいた動かぬ証拠だ!」
ルイズ: 「天地が引っくり返っても断じて違いますわよ!?」
私は慌てて涙目の顔を跳ね上げ、全力で抗議の声を上げた。
ルイズ: 「今私が涙を流したのは、己の構築した完璧なはずの計算式に、社会的な立ち回りという初歩的なミス(環境誤差)を混入させてしまった自分自身の愚かさに対し、絶望的な精神的ショックを受けていただけですから!」
部隊長: 「実に見苦しい言い訳ですね、ルイズ殿。 すでにその涙がすべてを物語っています」
ルイズ: 「本当です! 私のこの尊い涙は、実物資産(ドロップ箱)を即座にキャッシングして百万クローネの現金(キャッシュ)に変える未来が遠のいた悲しみのドケチの涙です!」
トト: 「まぁまぁ、そこまでにしとき、自分」
その時、私の肩の上から、トトがひょいといつもの大福餅の顔を覗かせた。

トト: 「目先の百万クローネという莫大な大金のパラメータは、時として天才の多次元思考すらも盲目にさせるっちゅうこっちゃな」
ルイズ: 「ぐっ……っ!」
私は、物理的な心臓を直撃されたようにTシャツの胸元を強く押さえた。
ルイズ: 「……刺さります、トト。 私の論理的な一番の急所を、そのようにまっとうな経済正論で突かないでください……」
トト: 「今回の件は、高い勉強代(人生のデバッグ)やと思って、資産管理者としてしっかりとお家で反省するんやで」
ルイズ: 「……はい」
私は、使い魔の完璧な正論の前に、素直に自らのドケチ敗北を認めるしかなかったのだった。
カメ吉が私のTシャツの裾の陰から、不気味な野生の勘で短く首を伸ばした。
カメ吉: 「キュィ……」
そして、その小さな瞳を潤ませながら、私たちの脳内へと至極ストレートな問いを投げかけてきた。
カメ吉: (――ワイら、これで一生働かなくていい極上の隠居生活から、冷たい地下の牢屋へと強制お引越しになるん?)
その剥き出しの不安に対し、トトは短い前肢を組んで少しだけ冷徹に思案した。
トト: 「まぁ、主犯のルイズはんが国家反逆罪の最高容疑で捕まるんやから、その公式な使い魔であるワイらマスコット陣も、もれなくワンセットで一緒に連行されるのが資本主義のルールちゃうか?」
カメ吉: 「キュィィィッ!?(ニート人生が始まる前に終わったわ!)」
トト: 「でもまぁ、そんなに絶望して甲羅を震わせるなや、新入り。 王都が誇る最新の地下牢(幽閉先)も、今のルイズはんが暮らすあの極貧の学生寮の部屋も、サバイバルにおける生活環境の快適度パラメータとしては、実質的にそう大きく変わらんから安心せえ」
カメ吉: 「……」
カメ吉が、生物としての根幹を揺るがされたような悲痛な沈黙に沈む。
カメ吉: 「キュィ……(冷や汗が涙に変わるわ……)」
トト: 「なんや、カメ吉、まだ何か言いたいことでもあるんか?」
カメ吉: 「……ワイらの現在進行形の生活水準(マイホーム)って、犯罪者が閉じ込められる国家の最高レベルの牢獄と等価やったんやな……」
トト: 「いや、下手したら毎日きっちり管理された三食の麦飯が出る分、お国が管理する牢獄の方がここより圧倒的に上やで」
カメ吉: 「キュィィィ……(ガチのブラック企業以下やったわ……)」
ルイズ: 「――ちょっと、誰の神聖なるプライベートな生活水準が、国家の地下牢以下よ!!」
私は社会的尊厳の最後の防衛ラインを侵害され、黒服たちの前で激しく抗議の声を上げた。
トト: 「誰って、自分やで。 客観的な物理事実(データ)を羅列しただけやろ」
ルイズ: 「私は魔導の研究資金を最大化するために、最低限の合理的なカロリー摂取(もやし)を行っているだけです!」
トト: 「それ、ただの栄養失調行きの急行列車やからな」
ルイズ: 「それに、雨風を完全にシャットアウトする強固な寝床もあるではないですか!」
トト: 「暖房器具が一ミクロンもない、ただの冷たいフローリングの床の上やな」
ルイズ: 「ふかふかの柔らかい布団だって、実家から持ってきて愛用していますわよ!」
トト: 「ただのド田舎の農家のお下がりで貰ってきた、虫が湧きそうな藁(わら)布団やないか」
ルイズ: 「なんで私のデリケートな私生活の貧困問題が、この白昼堂々のメインストリートで、よりによって国家保安局の目の前で克明に暴露されているの!?」
部隊長: 「――そこまでだ、容疑者(被告人)は静かにしなさい」
ルイズ: 「まだ正式な裁判も経ていないので被告人ではありません!」
私とトトの、もはやお買い物帰りとは思えない貧困漫才を前に、国家保安局の黒ずくめの特務部隊たちが、ひどく困惑したように再び互いに顔を見合わせた。 そして、部隊長がこの場違いなコメディの空気を強引に振り払うかのように、わざとらしく大きな咳払いをしたのだった。
部隊長: 「……コホン。 ともかく、だ」
ルイズ: 「はい何でしょう、部隊長さん」
部隊長: 「ルイズ殿」
ルイズ: 「はい」
部隊長: 「我々と一緒に、静かに保安局の本部までご同行いただけますか?」
ルイズ: 「それは、明確な法的拘束力と物理的逮捕状を伴う『強制執行(逮捕)』ですか?」
部隊長: 「いいえ。 現段階の調査ステータスにおいては、あくまで法にのっとった『任意同行』の手続きだ」
ルイズ: 「もし、私が科学的理由でその同行を断ったら?」
部隊長: 「我々国家機関に対する明確な反逆行為とみなし、国家転覆の容疑がさらに数段階深まるだけだな」
ルイズ: 「……」
部隊長: 「まぁ、我々も紳士(お役人)だからね、無理に強制的にとは言わないがね」
ルイズ: 「では、今日はお買い物ツアーで脳内カロリーを消費して疲れたので、丁重にお断りしようかしら?」
部隊長: 「――その瞬間にただちに特急の逮捕状を魔導通信で取り寄せ、周囲の部隊総手による強硬な実力行使へと移行することになりますね」
ルイズ: 「それ、確率論的にも数理的にも、私の取るべき選択肢が最初から『行く』の一つしか残されていないじゃないですか!」
部隊長: 「だから、あくまで自発的な任意だと言っているだろう」
ルイズ: 「システムの仕様が、天地が引っくり返っても絶対に任意じゃありませんよね!?」
私は、心底うんざりしたように長くため息を吐き出した。
ここで不合理な暴力を働いて無駄な抵抗をし、王都のど真ん中で全裸パージの逃亡劇を図る論理的なメリットは何一つとしてない。 少なくとも、あの地下第五層のボスドロップ箱は、私が自力で消し飛ばして勝ち取った正当な戦利品であり、盗品などでは断じてない。 ましてや偽造データでもない。 現物も今、私のこの手(見えない多次元拡張ポケットのなか)に安全にホールドしている。

保安局の隔離室で、事の次第を数式を用いてしっかり説明しさえすれば、すべての環境エラー(疑い)は綺麗に晴れるはずなのだ。
――まぁ、おそらく、確率論的には。
ルイズ: 「……まぁ、分かりましたわ。 不条理ですが折れましょう」
私は完全に感情のパラメータを排し、冷静に頷いてみせた。
ルイズ: 「客観的な事実(証拠)を証明して、すべてのエラー(疑い)が晴れれば、それで何のお咎めもなく無罪放免なんでしょ?」
部隊長: 「ええ、もちろんその通りだ」
ルイズ: 「じゃあ、無駄なリソースを消費したくないので、大人しく従います」
黒ずくめの男たちが、その私のあまりに合理的な割り切りに対し、少し意外そうな、完全に拍子抜けしたかのような顔をして凝固した。
部隊長: 「……ずいぶんと、物分かりがよくて素直な容疑者ですね」
トト: (いや、自分、お国の上層部の前で、すでに十分すぎるほど貧困私生活を克明にごねまくっとったがな!!)
声には出さないが、私の肩の上のトトは心の中で凄まじいツッコミを上書きしていた。
トト: (この黒ずくめの国家の役人ら、自分たちで散々包囲網を狭めて追い込んどいて、一体全体なんのプレイを演出しとるんや、不条理やわぁ)
カメ吉までもが、私のTシャツの裾の陰で、トトのあきれ果てた心の声に激しく同意するように深く首を縦に振っていたのだった。
ルイズ: 「何より、無駄に法的抵抗をして怪我でもしてしまったら、私の私費から捻出(ねんしゅつ)する医療費がもったいないですからね」
部隊長: 「実利主義にも程がありますね……。 では、ルイズ殿」
漆黒の防魔外套をまとった部隊長が、大通りの脇に待機させていた窓のない物々しい黒塗りの馬車の方へと滑らかに手を差し向けた。
部隊長: 「国家保安局の本部まで、静かにご同行を」
私がその要請に大人しく従い、一歩を踏み出しそうになって――。
ふと、脳内の経済的タスクから何か極めて重要な環境パラメータを思い出したかのように、ピタリと再び足を止めた。
ルイズ: 「そういえば、一つ科学的な質問です」
部隊長: 「……今度は一体何ですか?」
ルイズ: 「そちらの本部での取り調べの最中というのは、容疑者(被疑者)に対して『食事』は無償提供されるのですか?」
部隊長: 「……は?」
ルイズ: 「実は今日の私、朝から予算削減のために数本のもやししか胃袋に投入しておらず、現時刻におけるお昼ご飯のエネルギー補給がまだ完了していないのですが」
国家保安局の特務部隊長が、あまりにも尋問の緊張感を原子レベルで破壊する質問に絶句し、しばしの間、深い沈黙に沈んだ。

部隊長: 「……我々は王国の正当な法を執行する国家機関です。 いかに重大な容疑者(テロリスト)であろうと、不当な人道侵害(虐待)をして餓死させるような野蛮な処置をとることは絶対にありません」
ルイズ: 「つまり、要約すると?」
部隊長: 「規定の食事のタイムラインになれば、お国が支給する官給品の弁当が、定時にしっかりと出るという意味ですが……」
ルイズ: 「――システム承認、素晴らしい!」
私は、すべての生存条件が美しく噛み合って確定したかのように、今日一番の濁りのない満面の笑みで頷いた。 そして、これ以上ないほど晴れ晴れとした声を響かせる。
ルイズ: 「本当によかった! これで本日の私の生活費(食費)が、完全に一食分システム的に浮きましたわ!」
部隊長: 「――何が『よかった』なのですか! ここは国家反逆罪の容疑者を連行する現場ですよ!?」
ルイズ: 「細かいパラメータはいいではありませんか。 じゃあ、お腹が空いたのでさっそく行きましょうか! あなたのその素敵な黒塗りの馬車で、保安局の食堂へ!」
私は、高級ランジェリーショップの最高級下着(イルカパンツ)が入った紙袋を細い両腕で大切そうに抱えながら、妙に軽やかで楽しげな足取りで、自ら進んで漆黒の囚人馬車へと向かって歩き出した。
その私の無防備極まりない背中を後ろから見送る形で――。
トト: 「……あかん、この全裸魔女、やっぱりガチのホンモノやわ」
トトが、この世の道徳心の終わりを目撃したかのような遠い目をして、哀れみの声をポツリと呟いた。
トト: 「こいつ、国家権力の最高暗部をな、完全に『タダ飯を合法的にたかるための無料の炊き出し所』としてハックしとる気満々やで」
カメ吉: 「キュィ?(……マジで?)」
カメ吉が、私のTシャツの裾からその小さな瞳を爛々(らんらん)と輝かせて同意の声を上げた。
カメ吉: (――トトの兄貴、ワイらの分のタダ飯の予算も、そのお国のお弁当とやらに含まれとるん?)
トト: 「知らん。 最悪の場合な、新入り。 あんさんはただの身元不明の謎の魔獣やから、今回の事件の不気味な証拠品(アセット)として国家に強制押収されたのち、研究室の解剖台の上でスライスされるんちゃうか」
カメ吉: 「キュィィィィィィッ!?(ガチのブラック企業から、ガチの死刑囚にランクアップしたわーー!!)」
すると、これまであまりのルイズのドケチ暴走に黙って事態を見守っていたシャルロットが、お揃いのぶかぶかTシャツの生足を鳴らし、勢いよく黒服たちの前へ出た。
シャルロット: 「――お待ちくださいませ、国家保安局の役人の方々!」
男たちがその威厳ある高慢な声に、隠し持った武器の手を緩めずに警戒して振り返る。
シャルロット: 「ルイズさんを連れていくというのなら、わたくしたちも一緒にその漆黒の馬車へ同行いたしますわ! よろしいですわよね、あなたたち!」
取り巻きA: 「もちろんですわ、シャルロット様!」
取り巻きB: 「不審者扱いは不条理です、ルイズさんの完全なる無実を監視局の前で堂々と証言しましょう!」
二人の取り巻きも、主人の両脇を固めて、お揃いのぶかぶかTシャツ姿のまま毅然(きぜん)と声を上げた。
ルイズ: 「シャルロットさん、それに皆さんも……?」
シャルロット: 「――親友の絶体絶命のピンチ(遭難)ですわよ! これを冷酷に見過ごすような誇りなき人間、名門の血筋にいるわけがないでしょう!」
シャルロットは、布地の余った男物Tシャツの上から、名門の絶対的な誇りを胸にグッと張ってみせた。
シャルロット: 「ルイズさんは、天地が引っくり返っても国家反逆の盗難などとは無実ですもの!」
シャルロット: 「それに……!」
シャルロットは、その美しい琥珀色の瞳を鋭く吊り上げ、黒ずくめの特務男たちを激しく睨みつけた。

シャルロット: 「私たちを奈落から救ってくれた恩人を置いて、わたくしたちだけが温かい薔薇の湯に浸かり、安全な学生寮へ帰るなんて選択肢、わたくしの倫理観の計算式には到底存在しませんわ!」
部隊長: 「しかし一般のお嬢さん、現段階のオペレーションにおいて任意同行の手続きをお願いしているのは、主犯格の登録アカウントを持つルイズ殿だけなのですが」
シャルロット: 「でしたら、手続きなど関係なく、わたくしたちは勝手にあなたの馬車の後ろをストーカーのように走ってついていきますわ!」
部隊長: 「――は?」
シャルロット: 「大切なお友達が、白昼堂々のメインストリートで、国家権力の暴力(包囲陣形)に理不尽に取り囲まれているのですもの!」
シャルロットはお湯で上気した白く細い両手で、私のぶかぶかな男物Tシャツの袖の上から、私の腕をギュッと、力強く、壊れそうなほど優しく掴み締めたのだ。
シャルロット: 「あなたを一人だけで、あの恐ろしい暗い取調室の深淵へと行かせるなんて……わたくしの血に流れる矜持(ノブレス・オブリージュ)が天地が裂けても許しませんわ!」
私は、その不合理で数式には絶対に落とし込めない、けれど胸の奥をじんわりと溶かしていく温かな言葉(パラメータ)に、少しだけ睫毛(まつげ)を揺らして目を丸くした。
ルイズ: 「……シャルロットさん」
シャルロット: 「なんですの? そんなに殊勝(しゅしょう)な顔をして」
ルイズ: 「――今回の共同戦線の維持(友情)、ありがとうございます。 資産管理者(ドケチ)として、極めて確率論的に心強いです」
シャルロット: 「ふん、当然ですわ。 わたくしたちは、社会的尊厳を割り勘(共有)した仲なのですからね」
シャルロットは、私から視線をそっと斜め下の石畳へと逸らし、少しだけ得意そうに、照れ隠しのように微笑んだのだった。
その、大通りを巻き込んだ不条理な連行騒動の一部始終を。 周囲で遠巻きに息を呑んで見ていた王都の一般市民たちが、ひそひそと、不審そうに顔を見合わせて囁き合っていた。
市民J: 「おい、あのぶかぶかTシャツを着た女の子、本当に国を滅ぼすような極悪な大犯罪者なのか?」
市民K: 「でも、あの冷酷な国家保安局の特務部隊が、白昼堂々直々に身柄を確保しに来てるんだぞ」
市民L: 「一体全体、王都のど真ん中で何をやらかしたっていうんだ?」
市民M: 「わからん、データがない」
市民N: 「でも、あんなに涙目で仲間たちに囲まれている姿を見るに、どう見ても普通の可憐な女子学生に見えるけどなあ」
市民O: 「いや、お前は騙(だま)されてる。 あの子、さっきあの最高級ランジェリーショップから、可愛いリボン付きの下着の紙袋を大切そうに抱えて出てきたところを、秒速で国家機関にロックオンされて捕まえられてたぞ」
市民P: 「……高級ランジェリーショップの店頭で、一体国家の根幹を揺るがす何の重大な軍事犯罪が起きるっていうんだ?」
市民Q: 「さあ……一般市民の俺たちの脳内演算じゃ、何一つとして想像すらつかんわ」
この現世に生きる誰一人として、その不条理な因果に対する論理的な答えは分からなかった。
そして――他ならぬ主犯格(当事者)であるこの私自身にすらも。
この数十分後。 自分が王国の最高監視機関どころか、この世界が定義する国家の常識、ひいては多次元の物理法則そのものを根底からひっくり返して粉砕するような、あまりにも『破廉恥極まりない魔導の証明(パンツパージの解説)』を、お国の偉い大人たちの前で大真面目に求められることになるとは。
まだ、その破滅的な未来の実感は、私の脳内ハードディスクに一ミクロンも存在していなかったのだ。
稀代(きだい)の天才魔導士ルイズにとって、今、囚人馬車に乗り込むこの刹那において、最も重要かつ最優先すべき関心パラメータというのは――。
ルイズ: 『これから王国国家保安局が、容疑者の人道保護(タダ)で提供してくれるお国のお弁当が、果たしてちゃんとジューシーで美味しい高級なお肉(リソース)なのかどうか』。

――ただ、私の胃袋の幸福に関わる、それだけのことだったのである。
王国国家保安局の総本部は、王都の世俗的な喧騒から隔絶された中央行政区画の最奥に、威風堂々と鎮座していた。
堅牢なる白い大理石の石壁。 天を衝くように鋭くそびえ立つ密偵の監視塔。 すべての窓ガラスには最高位の防魔結界が幾重にも張り巡らされ、鉄黒の正面玄関には王国正規騎士団から精鋭選抜された重武装の衛兵たちが、彫像の如き静けさで立ち並んでいる。
善良なる一般の市民であれば、まず一生のうちに一度たりともその敷居を跨(また)ぐことのない、絶対的な国家権力と畏怖の象徴。
ルイズ: 「……随分と、多次元の建材費が投入された大きな建造物ですね」
黒塗りの囚人馬車から降ろされ、その圧倒的な威容を見上げながら、私は極めて平坦な資産管理者としての感想を漏らした。
シャルロット: 「感想の着眼点が、そこだけですの!?」
私のすぐ隣で、シャルロットが信じられないというようにその美しい眉をひそめた。
シャルロット: 「ここ、国家保安局の本部ですわよ!?」
ルイズ: 「ええ、文字面(データ)としては知っています」
シャルロット: 「王国内で密かに起きる重大な特級魔導犯罪や、国家の存亡を揺るがすテロを専門に処断する暗部ですわよ!?」
ルイズ: 「それも王立魔法大学の一般教養(リテラシー)として重々存じています」
シャルロット: 「ルイズさん! お願いですから、もう少し、一人のしおらしい女性として身の縮むような極限の緊張をなさってもよろしいのではなくて!?」
ルイズ: 「――していますよ、これでも脳内の演算リソースを数パーセント割いて」
私は大真面目に、恩師譲りのポーカーフェイスで答えた。 そして――。
ルイズ: 「……この堅牢な施設の中で、果たしてちゃんと、定時にお肉の出る温かい食堂が正常営業しているかしら、とそれだけが気がかりで」
シャルロット: 「――緊張のベクトルがどこまでも世俗的(そこ)ですのねーーーッ!!!」
シャルロットの令嬢の矜持を綺麗に打ち砕く悲鳴が、王国の最高行政機関の前に美しく響き渡った。
その、私たちの不毛なドケチ問答の後ろで。
取り巻きA: 「……流石は、わたくしたちのルイズ様ですわ……っ」
取り巻きB: 「これほどの、生きては出られぬと噂される死地のど真ん中へ連行されても、決してご自分(の底なしの食欲)を見失っておられませんのね……!」
二人の取り巻きが、なぜか感動のあまり涙をポロポロと溢れさせながら、熱烈な崇拝の眼差しを私へと向けていた。

トト: 「お嬢ちゃんら、それ客観的な倫理観から言って、絶対一ミクロンも褒められとる気せえへんで」
トトが私の肩の上で、あきれ果てた声音でボソッと呟いた。
カメ吉: 「キュィ……」
私の男物Tシャツの裾の陰で、足元のカメ吉も深く頷く。
カメ吉: (――トトの兄貴の言う通りや、ワイもあのお肉のお弁当とやらに向かって、お腹が空きすぎてパラメータが限界やで)
ルイズ: 「カメ吉さんは、さっきから一貫してその生存本能(エサ)のことしか言っていませんね」
トト: 「生き物として、働きたくない快適な寄生生活を送るための、根源的かつ当然の権利要求やからな」
ルイズ: 「怠惰なクソニート(魔獣)が言うと、なんか急に生命の尊厳の重みが原子レベルで消滅しますわ」
そんな、およそ国家反逆罪の容疑者の一行とは思えない緊張感のかけらもないやり取りを交わしながら、私たちは特務黒服たちに促され、国家保安局の重厚な鉄黒の正面玄関をくぐり抜けた。
――そして。 その荘厳なエントランスホールの中へと足を踏み入れた、まさにその瞬間だった。
建物の内部を満たしていた魔導の空気が、物理的な質量を伴って、ピキピキと一瞬にして凍りついた。
局員A: 「……」
局員B: 「……っ!?」
局員C: 「……おい、まさか、あれが例の……?」
局員D: 「……間違いない、あの『ルイズ』とかいう暗号名の女工作員だ」
広大な総大理石のエントランスホール。 窓口に控える受付の局員。 極秘の魔導書類の山を抱えて足早に歩いていた上級職員。 休憩中だったらしい特務の戦闘魔導士。 さらには、奥の渡り廊下を通りかかった警備の正規騎士に至るまで――。
その場にひしめき合っていた数十人のエリートたちの鋭い眼光が、一斉に、獲物を射抜くような凄まじい圧をもって、この私へと一直線に集中した。
ルイズ: 「……一体全体、何でしょうか?」
私は訝しげに、総大理石の床の上で足を止めた。
改めて、自分の現在のコーディネート(服装)を見下ろしてみる。 本日の私は、エルライト教授の部屋から調達した『大きな男物Tシャツ(※布地の下は完全ノーパン)』という、極めて一般的かつ機能的な部屋着を纏っている。 少なくとも、昨日までのあの透明ドレスをバグらせた全裸(聖裸)の状態などでは断じてない。
ルイズ: 「なぜ、学廷のエリート監視官たちから、あのような熱烈な熱視線を全方位から浴びているのかしら。 不可解で不思議ですね」
シャルロット: 「それは……」
シャルロットが何かを言いかけて、しかし言葉の続きを途中で飲み込んでやめた。

なぜなら――他ならぬ彼女自身にも、この国家の心臓部において、なぜ一人の女子学生に対してこれほどの異常な警戒パラメータ(注目度)が割かれているのか、その全容が理解しきれなかったからだ。
私たちの周囲では、すでに局員たちの間に小さなざわめきが、不吉なさざ波のように静かに広がっていた。
局員E: 「おい、あの女工作員が……本当にあの第五層の主のドロップ品をハッキング出品したのか?」
局員F: 「物理的にあり得るのか、そんな事象が?」
局員G: 「そもそも、地下第五層まで生存ルートを維持して到達できる冒険者なんて、王国広しといえど一握りの伝説の英雄だけだぞ」
局員H: 「しかも、今回の件に関する公式の軍事討伐記録が、どこを探しても一切存在しないんだ」
局員I: 「王立魔法大学の、まだ入ったばかりの新入生だって噂だぞ。 あの子が?」
局員J: 「まだ子供の学生だと? 第四層以降は王国政府が公式に侵入を推奨していない死の領域だぞ……」
局員K: 「じゃあ、やっぱりどこかの特級ギルドや王宮の金庫から不当に強奪した盗品か?」
局員L: 「でも、それなら一体誰から、どのような手口を用いて、あの最高峰セキュリティを欺いて盗み出したんだ?」
局員M: 「知らん。 所詮は、尾ひれのついたただの都市伝説だろ」
知らない。 この空間にいる誰も、論理的な真実の方程式を持ち合わせてはいない。
だからこそ――国家保安局という巨大で傲慢(ごうまん)な官僚機構が、自らの威信と軍事力をかけて、この場違いなランジェリーショップの前にまで直々に動いたのだ。
私は周囲の畏怖と疑念に満ちた視線を一身に受けながら、ポツリと、どこまでもマイペースに呟いた。
ルイズ: 「……なんだか、自分が王都を救った、凄まじく人気者の英雄にでもなったかのような気分ですね」
シャルロット: 「ルイズさん」
ルイズ: 「はい、何でしょう、シャルロットさん」
シャルロット: 「……非常に申し上げ難いのですけれど、多分、ここはそんな風に呑気に頬を緩めて喜ぶ場面では、天地が引っくり返ってもありませんわよ」
ルイズ: 「そうでしょうか? 確率論的に見てもチヤホヤされていますが」
シャルロット: 「大いにそうですわ。 あの人たちの目は、あなたを国を滅ぼす大悪党として値踏みしていますわ」
防魔外套をまとった黒ずくめの特務局員たちに、一切の衣擦れの音すらなく無言で案内され、私たちは重々しい建物の最奥――地下のさらに深くへと閉鎖された国家の特別区画へと進んでいった。
◇
――国家保安局・地下特別取調室。
特殊な鉛が幾重にも鋳込まれた、分厚い防音魔導木扉が、ゴゴゴと重々しい密閉の音を立てて閉じられる。
部屋の中央に鎮座するのは、冷たい鉄製の無機質な大きな執務机。 その向こう側には、数名の国家保安局の上級局員たちが、因果の刃のような厳しい面持ちで整然と並び立っていた。
そして――先ほど下着屋の前で私たちを包囲した現場の部隊長よりも、さらに上位の絶対的な権力と冷徹な知性を有していることが一目で看破できる男が、中央の革張りの椅子へと、深く腰を下ろしていた。

その男の年齢は五十代半ば。 綺麗に白髪交じりに整えられた髪。 獲物を奈落の底まで射抜くような猛禽の目。 一切の無駄な質量を削ぎ落とした、静寂そのものの指さばき。
長年、王国の暗部において数え切れないほどの凶悪魔導事件や、他国の陰謀を冷酷に捌いてきた歴史があるのだろう。 そこに座っているだけで、まるで現世の死神の如き圧を全身から纏った男であった。
特別取調局長: 「――私は王国国家保安局、王都本局の特別取調局長だ」
ルイズ: 「どうも初めまして、資産管理者の局長さん。 私は王立魔法大学を今季、筆記首席で入学いたしましたルイズです」
私はお揃いのぶかぶかTシャツ姿というノーガードな状態でありながらも、一ミクロンも臆することなく、白く細い首を傾げて優雅に軽く一礼してみせた。
特別取調局長: 「無駄な前置きの尋問はすべて省く。 直ちにこちらの疑惑(パラメータ)を確認させてもらうぞ」
ルイズ: 「はい、どうぞ何なりと数式でご質問ください」
特別取調局長: 「現在、君が冒険者ギルドの公認オークションシステム上へ、不正にダイレクト出品している特級物品。 ……その物理的な現物を、今この場に保持しているかね?」
ルイズ: 「ええ、もちろん持っていますよ」
私は至って平然と、ポーカーフェイスのまま頷いた。
ルイズ: 「この後、国家の任意同行が終わって帰り道についた暁には、ギルドの窓口へ実物を直接預けてキャッシュ化(換金手続き)する予定でしたからね」
そう淡々と言い放ち。 私は自らの身に纏っている、見えない多次元魔導ドレスの『四次元拡張ポケット(隠しインベントリ)』の空間へと、スッと白く細い手を入れた。
そして――。
――ごとん。
冷たい鉄製の金属机の上へと、時空の歪みを伴う鈍い五色の光を放つ不可思議な立方体の箱(オーパーツ)を、何でもないゴミでも放り投げるかのように無造作に置いた。
ルイズ: 「――はい、問題の現物はこれです」
その刹那(せつな)、閉鎖された地下特別取調室の空気が。 完全に、物理的な質量と戦慄をもって、ピキピキと静止した。
上級局員A: 「……」
上級局員B: 「……」
上級局員C: 「……」
周囲に居並ぶ国家のエリート局員たちは誰も、すぐにはその机の上の異形な箱へと、自らの手を伸ばそうとはしなかった。

何故なら――それは。
地下迷宮の最深部、第五層。 そこに鎮座する絶対的守護者、《大地の番人(アース・ガーディアン)》。 王国でもほんの一握りの、白銀等級の英雄しかその恐ろしい姿を生きて視認したことがないという、神話の化け物。
その動かしがたい完全討伐の証明とも言える、周囲の大気を物理的に歪めるほどの強大な時空魔力を帯びた、正真正銘の『未開封ドロップ品』であったからだ。
上級局員D: 「これが……本当に本物の……」
局長の後ろに控えていた一人の上級局員が、あまりのプレッシャーに喉を鳴らし、掠れる声を小さく漏らした。
上級局員D: 「第五層《大地の番人》の遺物だというのか……」
ルイズ: 「ええ、そうですよ」
私は、さも当然の数理的事実として事務的に答える。
ルイズ: 「市場価格ベースで金貨百万クローネは固い、最高純度素材の未開封ドロップ箱です」
上級局員D: 「……」
ルイズ: 「どうかしましたか? そんなに全員で顔を引きつらせて」
上級局員D: 「いえ……」
上級局員は、私のあまりの厚顔無恥な態度に圧倒されて、それ以上言葉の因果を続けることができず、黙り込んだ。
特別取調局長は、机の上の禍々しい小箱から一瞬たりともその猛禽の目を離さず、短く冷徹に命じた。
特別取調局長: 「――今すぐ、一級鑑定長を」
特別取調局長: 「ここに呼べ」
局員: 「すでに」
防音扉の傍らに直立不動で控えていた局員が、通信機を片手に即座に答える。
局員: 「現場の部隊からの緊急アラート報告を受け、王宮直属の『第一最高鑑定長』が、すべての予定を全キャンセルして別室にて待機中でございます」
特別取調局長: 「……随分と、動きが早いな」
局員: 「はい、今回のギルドオークションへのハッキング出品の概要(ログ)を聞き、魔導考古学的に並々ならぬ興味を持たれたようです」
特別取調局長: 「そうか、好都合だ」
特別取調局長が短く白眉の顔を縦に揺らす。 そして――鉛が鋳込まれた重々しい防音扉が、再びゴゴゴと重厚な音を立てて開け放たれた。
第一最高鑑定長: 「――失礼する」
地下特別取調室へと静かに入ってきたのは、見事な白髭(しらひげ)を胸元まで蓄えた、威厳ある一人の老人であった。

しかし、彼はただの枯れた老人などでは断じてない。 一ミクロンの汚れもない純白の儀礼用長衣(ローブ)をその身に纏い、その左胸には王家直属の絶対的な権威を示す、眩い金糸の紋章が神聖に輝いている。 その細い腰には、国家の技術の粋を集めた高度な魔導鑑定具がいくつも機能的に帯びられ、さらにその後方からは、複雑な多次元計測器を大事そうに抱えた二人のエリート補佐官までが、一糸乱れぬ足取りで付き従っていた。
ルイズ: 「……随分と、儀式(デモンストレーション)に大袈裟なコストをかけるお爺さんですね」
私がその物々しい絵面を見つめながら、予算効率の悪さに小さく呟くと。
シャルロット: 「ちょっとルイズさん、不敬すぎますわ! あの方はあの『王宮直属の第一最高鑑定長』ですわよ!?」
シャルロットが泡を食って、ぶかぶかTシャツの襟元を引き締めながら、私の耳元で必死に囁いてきた。
ルイズ: 「王宮直属、ですか。 だからそれが私の資産管理(山分け)において何だと言うのですか?」
シャルロット: 「だから! あの御方はこの王国における魔導鑑定の最高峰であり、国宝級の生きる神話だということですわ!」
ルイズ: 「へえ、なるほど」
私は、ようやくその老人の経済的価値に対し、少しだけ純粋な知的好奇心を動かした。
ルイズ: 「そこまで彼の鑑定眼の精度は高いのですか?」
シャルロット: 「精度が高いなどという世俗の次元ではありませんわ!」
ルイズ: 「じゃあ、このお爺さんが私の持ってきた箱を『本物』と高精度に断言しさえすれば、国家として正式に資産価値(本物)だと公式認定されるのですね」
シャルロット: 「……まっとうな世界線であれば、基本的にはそうですわね」
ルイズ: 「普通は、ですか?」
シャルロット: 「ええ……。 ただ、現在の常識を置き去りにしてきたルイズさんを前にすると、その『普通』というまっとうな言葉の響きが、一人の乙女として一番不穏で怖いですわ……」
王宮直属の第一最高鑑定長は、金属机の上の鈍い光を放つオーパーツへと、静かに歩み寄った。 しばらくの間、立方体の箱から放たれる微細な多次元魔力波動を脳内で慎重に読み取るようにして、一文字の言葉も発しなかった。
第一最高鑑定長: 「……」
老人は、ゆっくりと幾星霜の知識が刻まれた皺に覆われた片手を、虚空へと伸ばす。
第一最高鑑定長: 「――誰もこれ以上、不用意に対象物へと近づくな」
地下の室温を氷点下へと引き下げるような、低く硬い声だった。
第一最高鑑定長: 「これより対象物に対し、国家最高規格の『隔離自動鑑定結界』を即時展開する」
補佐官A: 「はいっ、直ちに!」
二人のエリート補佐官たちが、訓練された一糸乱れぬ無駄のない動作で流動的に駆動する。 高純度の魔力抽出魔法石。 空間の魔力探知を増幅させる多面体クリスタル。 そして、外部からのあらゆる因果の干渉を物理的に遮断する封印具の一式。 それらの超高額な国家資産が、次々と鉄の机の周囲へと、精緻(せいち)な幾何学の文様を描くように整然と配置されていく。
やがて――特別取調室の冷たい床の上に、網膜を激しく焼き切らんばかりに眩(まばゆ)い、巨大な五色の魔法陣が傲然(ごうぜん)と浮かび上がった。
シャルロット: 「すごいですわ……なんて無駄のない、美しい魔導の構築回路なのかしら……」
シャルロットが、その国家最高峰の術式構築の美しさに、一人の魔導士として思わず感嘆を呟く。

カメ吉: 「キュィ……(こらあかん、魔力が濃すぎて気圧されるわ……)」
カメ吉も、その大理石の床から溢れ出る圧倒的な魔力密度のプレッシャーに、少しだけ緑の短い首を甲羅にすくめて怯えた。
トト: 「なんや、自分。 たかがひとつのドロップ品を調べるだけやのに、凄まじく仰々しい大掛かりな仕掛けやな」
トトは私の肩の上から、その床を彩る五色の魔法陣を、心底退屈そうな冷めたジト目で見下ろした。
トト: 「ただの、迷宮の底に転がっとった未開封のガチャ箱を鑑定するだけやろ?」
ルイズ: 「王宮直属としての、絶対にバグを出せない国家的なプライドと威信を賭けた仕事だからではないですか?」
トト: 「いや、それにしても、ただの引き落とし資産を確認するだけにしては、消費されとる魔力(無駄なリソース)が多すぎるで、ホンマに」
そして――王宮直属の第一最高鑑定長が、白き両手を大きく漆黒の虚空へと広げた。
第一最高鑑定長: 「――第一認証(フェーズ・ワン)!」
パシィンと空間が鳴り、鮮烈な閃光が走る。
第一最高鑑定長: 「対象物の素材構成、脳内にて完全確認!」
金属机の上の物品の表面を、淡く精緻な五色の光の網の目が、まるで細胞をスキャンするように覆っていく。
第一最高鑑定長: 「――第二認証(フェーズ・ツー)!」
老魔導士のさらなる詠唱の駆動。
第一最高鑑定長: 「内包する魔力残滓(ざんし)、因果の波動を確認!」
地下特別取調室の密閉された空気が、ビリビリと肌を刺すような高周波の振動を起こして震え出した。
第一最高鑑定長: 「――最終第三認証(フェーズ・スリー)!」
床に描かれた巨大な魔法陣が一段階、さらに強く、爆発的なまばゆい光を放ち、部屋中を白昼の如き白に染め上げる。
第一最高鑑定長: 「存在事象情報、王国のマスターデータと完全照合!」
室内に居並んでいたすべての局員たちが、例外なく固唾(かたず)を呑み、生物としての息を完全に止めて画面の数値を凝視した。
そんな、国家の命運を左右する歴史的緊張感のタイムラインの真っ只中(ただなか)で。

私は、ぶかぶかTシャツの襟元を少しだけ弄びながら、華奢な首を傾げていた。
ルイズ: 「……」
シャルロット: 「ちょっと、ルイズさん、どうしましたの? そんなに眉を寄せて不服そうに画面を見つめて」
シャルロットが緊張の冷や汗を流しながら、小声で必死に詰め寄ってくる。
ルイズ: 「いえ……なんだか脳内のエネルギー(糖分)が枯渇して、猛烈にお腹が空いたなって、今この瞬間に正確な肉体データとして気づいたんです」
シャルロット: 「――なんで今! この、王国の歴史の歯車が大きく激動する運命の瞬間に、よりによってそのドケチなカロリーのマイナス話をわざわざ差し挟みますの!?」
シャルロット: 「それは……数学的な理屈としてはぐうの音も出ないほどそうですけれど……っ」
シャルロットが泡を食って、全力のツッコミを入れて私の口元を手で塞ごうとした、まさにその刹那であった。
空間を満たしていた魔法陣の強烈な五色の閃光が。 フッと、世界から音が消え失せたかのように、滑らかに虚空へと溶けて消え去った。
第一最高鑑定長: 「……」
第一最高鑑定長が。 ゆっくりと、幾星霜の知識を閉じていた白眉の目を静かに開いた。
第一最高鑑定長: 「――これより、現物資産に対する最終鑑定結果を述べる」
誰も動かない、動けない。
国家保安局が誇る、屈強な特務局員たち。 特別取調局長。 息を呑む補佐官。 お揃いの男物Tシャツ姿のシャルロット。 震える取り巻きの二人。 私の肩の上のトト。 床のカメ吉。 そして、この私。
その場にいる全員の視線が、一点に、老人の硬質な口元へと限界まで集中した。
第一最高鑑定長: 「この、金属机の上に提出された魔導の小箱は――」
一拍の、永遠の深淵とも思える重々しい間の後、老魔導士は静かに真実の方程式を告げた。
第一最高鑑定長: 「――人類の歴史に偽りなし。 紛れもない、正真正銘の『本物(ドロップコア)』です」
奈落の如き、絶対的な静寂。

特別取調局長: 「……」
上級局員: 「……」
局員: 「……」
この地下特別取調室にいる、誰一人として。 すぐには、その国宝級の老人が放った言葉の持つ『恐るべき時空の破壊力(意味)』を、まっとうな脳細胞で咀嚼することができなかった。
――そして。
特別取調局長: 「……は?」
最初に、その百戦錬磨の経歴を持つ取調局長が、人生で最も間の抜けた声を漏らしたのだ。
特別取調局長: 「第一最高鑑定長、今なんとおっしゃいました……。 本物、だと?」
第一最高鑑定長: 「はい、私の眼の構造と、王家に伝わる高精度魔導演算のアルゴリズムに、狂いやバグのパラメータは一ミクロンも存在しません」
老魔導士は、白眉の奥の瞳に微塵の揺らぎも曇りもなく、冷徹に断言した。
第一最高鑑定長: 「これは、地下第五層の絶対的守護者《大地の番人》の完全討伐によってのみ、この世界の事象として強制生成される、完全なる『本物の未開封ドロップ品』です」
特別取調局長: 「……」
特別取調局長の厳格だった表情が。 一瞬にして、極寒の氷河に侵食されたかのように、完全に凍りついた。
特別取調局長: 「――ならば」
地を這うような、暗黒の底から響く低い声。
特別取調局長: 「……やはり、特級の『盗難品(レプリカではない)』か」
室内の張り詰めていた空気の密度が、再び、物理的な質量を伴って極限まで緊迫した。
上級局員E: 「そうか! 国庫からの不当な盗品であるとするならば、今回の事象も論理的にすべて整合性が取れるぞ!」
一人の上級局員が、自分たちの正気を保つために言い聞かせるような必死の形相で声を張り上げた。
上級局員E: 「どこかの白銀等級の特級冒険者が、秘密裏に潜って討伐した栄光ある戦利品を、この不審なルイズとかいう工作員たちが裏ルートで横取り(カツアゲ)したか……!」
上級局員F: 「あるいは、だな」
上級局員F: 「過去の大規模軍事討伐部隊が命がけで持ち帰り、厳重に封印していた王宮の最高戦利品保管庫から、高度な隠密魔導で盗み出されたか、そのどちらかだ!」
上級局員G: 「そうだ、その通りだ!」
取調局長が、溺れる者が藁をも掴むような思いで椅子を蹴って立ち上がった。
特別取調局長: 「――直ちに、過去百年にわたる王国内の特級盗難被害届のデータベースを全スキャンして確認しろ!」
局員: 「はい、即時実行します!」
特別取調局長: 「王国直轄の管理下にある、あの第五層ボスのドロップコア。 その現在保有している保管総数も、すべて一つ残らず、金庫を開けて目視で実数確認しろ!」
局員: 「すぐに、コンマ数秒で通信を繋ぎます!」
屈強なエリート局員たちが、弾かれたように通信魔導端末へと超高速の摺り足で走り出す。

私は――そのお国の大人の一大ドタバタ劇を、完全に他人事のテレビ画面でも眺めるかのように暢気に見つめながら、ポツリと呟いた。
ルイズ: 「……なんだか、王国の最高権力機関(お役所仕事)って、毎日パラメータの処理が大変そうですね」
シャルロット: 「ちょっと、ルイズさん」
ルイズ: 「何ですか、シャルロットさん、お腹が空きましたね」
シャルロット: 「――今ここに発生しているすべての国家パージのバグ、百パーセントあなたが原因(元凶)ですわよ!」
ルイズ: 「……フフ、言われてみれば、確かにその通りでしたね」
私は極めて素直に、自分の仕掛けたドケチ違法出品(ハッキング)の事実を美しく認めたのだった。
数分後。 通信室から、最初の情報局員が完全に血相を変えて室内に転がり込むように戻ってきた。
情報局員: 「特別取調局長!」
特別取調局長: 「どうだった、ルイズのハッキング口座と一致する特級盗難記録はデータベースにあったかね!」
情報局員: 「地下第五層《大地の番人》の歴代戦利品に関する、過去の盗難および不法紛失の被害届ですが――」
一瞬。 上級局員は、世界の終わりを告げる数式でも目撃したかのように、大きく息を吸い込んだ。
情報局員: 「――ただの一件も、存在しません」
特別取調局長: 「……」
特別取調局長: 「一件も、かね?」
情報局員: 「はい。 過去十年間をすべて秒単位で遡(さかのぼ)って照会いたしましたが、該当する不法な盗難・紛失の公式記録は、ただの一件もデータに存在しません」
特別取調局長: 「……」
取調局長が、その老練な眉間の皺を深くし、重々しく黙り込んだ。
特別取調局長: 「ならば、王城の地下深くに厳重に封印されている最高管理品(国宝)の実数はどうだ?」
情報局員: 「現在、王宮の宝物庫の守護騎士へ暗号通信を繋ぎ、金庫を開けて直接実数確認中であります!」
さらに。 遅滞を許されぬ数分間の物理的な時間が、重苦しく経過していく。
防音の地下特別取調室の中には、それこそ針の落ちる音すら空間に反響しそうな、不気味で奇妙な沈黙の濁流が流れていた。
そんな大人たちのパニックを他所に。 私は、硬質な鉄製の椅子の背もたれに、だらしなくその華奢な上半身を預けていた。
ルイズ: 「……」
シャルロット: 「ちょっと、ルイズさん、どうしましたの? そんなに死んだ魚のような虚ろな目をして」
シャルロットが、お揃いのぶかぶかTシャツの裾を抑え、不安そうに小声で尋ねてきた。
ルイズ: 「――猛烈に、暇ね、と脳内ハードディスクが退屈を検知しているんです」
シャルロット: 「お願いですから、一人の国家反逆罪の容疑者として、少しはしおらしく神聖な緊張をしてくださいませ!」
ルイズ: 「お断りします。 ここで無駄な緊張をして脳内ストレスの数値を溜めたところで、これから弾き出される客観的な観測結果(データ)の真実が、一クローネでも変わりはしませんよ?」
シャルロット: 「それは……数学的な理屈としてはぐうの音も出ないほどそうですけれど……っ」
そして――。

――バンッ!!!!
取調室の分厚い防音魔導扉が、激しく弾かれたように開け放たれた。
最高職員: 「――局長っ!!!!」
今度は、別の情報局の最高職員であった。 その顔は、まるで本物の現世の幽霊でも目撃したかのように、真っ青に血の気が引ききっていた。
最高職員: 「王宮からの、最終確認の暗号ログが取れました!」
特別取調局長: 「焦るな、落ち着いて結論を言え」
最高職員: 「王国の地下最高宝物庫が、何重もの物理封印で厳重に保管している、歴代の第五層《大地の番人》の全ドロップコアですが――」
最高職員が。 そこで一度。 まるで怪物の本体でも凝視するかのような、深い畏怖の混ざった瞳で、この私を真っ直ぐに見つめてきた。
最高職員: 「――歴代の戦利品(コア)、すべて完璧に数が揃っています」
特別取調局長: 「……」
最高職員: 「公式台帳に記載された厳密な管理数と、現時点で宝物庫に眠る現物の実数。 一つとして、減ってなどいません」
特別取調局長: 「……」
誰も。 一文字の言葉すら、現世の空気へ発することができなかった。
不当な盗難品(レプリカではない)ではない。 魔導を欺く高度な偽造品でもない。 王国が国庫予算を投じて厳重に管理してきた、過去九回分の討伐品も、一つとして金庫から盗まれてなどいない。
――では。 今現在、この地下特別取調室の鉄の机の上に、無造作に転がされているこの大気を歪める神話級のオーパーツは。
一体全体、世界のどのような因果から生成されたというのか。
特別取調局長: 「……馬鹿な、そんな不条理があるか」
王都市民から死神と畏怖される特別取調局長が、魂が肉体から抜けたかのように、呆然と呟いた。
特別取調局長: 「あり得んだろう……そんな現世の論理演算(ロジック)の破綻は……」
そのひび割れた声音には。 先ほどまで私たちを押し潰さんばかりに満ちていた、国家権力としての圧倒的な威圧感は、もはや微塵も残されてはいなかった。
そこにあるのはただ、自らの知性の範疇(はんちゅう)を多次元的に超え去った未知の事象に対する、一人の人間としての純粋な『困惑』と、底なしの『恐怖』だけだったのだ。

特別取調局長: 「……なら、一体どこの化け物が」
局長は、机の上の禍々しい立方体の小箱を、穴が開くほどその猛禽の目で凝視した。
特別取調局長: 「一体誰が、あの地下第五層の主を独力で消し去って、これを手に入れたというのだ……!?」
その、世界の根幹を揺るがす問いに対して、明確な回答の方程式(データ)を示せる者など。 王国の頭脳たる、この巨大な官僚機構のどこを探しても、ただの一人も存在しなかった。
王国国家保安局は。 これが、最高セキュリティを欺いたただの粗悪な『偽物』だと高を括っていた。 それならば、世俗の単純な詐欺罪として、法律の枠組みの中でいくらでも説明(処理)できた。
あるいは、王宮の宝物庫から隠密裏に毟り取られた『盗品』だと思っていた。 それならば、お誂え向きの国家反逆罪として、冷酷に死刑台へ送ることで綺麗に解決できた。
だが――これは、正真正銘の『本物』であった。 しかも、どこからも『盗まれた資産』でもなかった。
その、動かしがたい客観的事実が確定(コンプリート)したまさにその瞬間。
このランジェリーショップの前で起きたお買い物帰りの連行劇は。 彼らの手でまっとうに裁くことのできる 「単純な魔導犯罪」 の領域から。 王国の常識、ひいては世界の物理法則そのものを根底からひっくり返す、完全なる 「理解不能の時空のバグ(ミステリー)」 へとその姿を劇的に変貌させたのである。
特別取調局長: 「……」
鉛の如き、絶対的な沈黙。
特別取調局長: 「……」
人間の知性と、エリート官僚たちの思考キャパシティの限界数値を遥かに突破し、全員の脳内が完全にフリーズ(硬直)する、さらなる奈落の沈黙。
特別取調局長: 「……」
そして――その、世界の根幹を揺るがす特級のミステリーが渦巻く閉鎖空間において。

私は、お揃いのぶかぶかTシャツの裾を暢気に揺らしながら、至って一点の曇りもない笑顔で、スッと白く細い右手を美しく垂直に挙げた。
ルイズ: 「――あの、特別取調局長さん。 一つだけ、極めて合理的かつ緊急の質問をよろしいですか?」
王都の死神と呼ばれた男が、油の切れた壊れた機械のように、ゆっくりとギチギチと首の関節を回して私の無表情な顔を見つめてきた。
特別取調局長: 「……なんだね、ルイズ殿。 国を揺るがす重大な真実の自白(ハッキングの全容)かね?」
ルイズ: 「いいえ。 ……私のお国との『お約束の食事(官給品の美味しいお肉のお弁当)』は、まだシステムから支給されないのですか?」
特別取調局長: 「…………」
ルイズ: 「先ほども前線で説明いたしましたが、本日の私は朝から予算削減のために数本のもやししか胃袋に投入していないので、現時刻において私の肉体パラメータは猛烈にお腹が空いている(エネルギー切れ)んですけど」
カメ吉: 「キュィッ!(ワイの胃袋も限界突破やで!)」
カメ吉も、私の男物Tシャツの裾の陰から、勢いよくつぶらな瞳を爛々と輝かせて鳴いた。
トト: 「せやな、新入りの言う通りや」
トトも深く、だらしなく私の肩の上で腕を組んで頷いた。
トト: 「おっさん、お国がタダで美味しいお弁当を出すっちゅう前提(契約)やから、ワイらはここまで大人しくドケチの足を動かしてきたんや。 そろそろその約束の履行のタイムリミット(時効)やで」
特別取調局長: 「……やく、そく……?」
特別取調局長が、すべての世俗の道徳心が大破して白目になりかけながら、ひび割れた声で小さく、虚ろに呟いた。
特別取調局長: 「一体何の、お国との契約(約束)だというのだ……、私はそんな書類のログは知らんぞ……」
ルイズ: 「何をおっしゃるのですか。 ここへ強制連行される直前、そこの漆黒の外套をまとった黒ずくめの部隊長さんが『定時になれば官給品のお弁当が出る』と、明確な口頭契約を提示してくれたわ」
特別取調局長: 「……」
ルイズ: 「だからこそ、私は無駄な物理的抵抗による医療費の損失リスクを回避して、わざわざここまで一ミクロンの抵抗もなく、大人しく任意同行に応じてあげたんですけどね」
特別取調局長: 「……」
王都本局の特別取調局長は。 ゆっくりと、フラフラとした幽鬼の如き足取りで、革張りの椅子から不気味に立ち上がった。
特別取調局長: 「……少し」
そして。 目の前で起きている 「神話級ボスの討伐ミステリー」 と 「パンツを爆薬にしてタダ飯をたかる女」 という、世界のバグのすべてを放り出して現実逃避するように。
特別取調局長: 「……少しだけ、私は席を外させて……もらう」
ルイズ: 「え? 局長さん、どこへ行くのですか?」
ルイズ: 「私の楽しみにしている、お肉の入ったお弁当(エネルギー)を厨房まで直々に特急で用意しに行ってくれるのですか?」
特別取調局長: 「……」
死神と呼ばれた男は、もはや私の質問に答えるだけの脳内演算リソースすら残されてはいなかった。
そのまま――完全に光の消え失せた虚ろな目を宙に泳がせながら、部屋の重厚な防音魔導扉へと向かって、夢遊病者のようにふらふらと歩き出すのだった。
上級局員: 「――きょ、局長っ!?」
残された上級局員の部下が慌てて、幽鬼の如き背中を必死に呼び止めた。

上級局員: 「一体、どちらへ行かれるのですか!? 尋問のステータスはまだ初期処理の段階ですよ!」
特別取調局長: 「……」
特別取調局長は。 その鉛入りの防音扉の境界線で、一度だけ。 この世のすべての因果律が終わったかのような絶望的な顔をして、力なく振り返った。
冷たい鉄の机の上。 人類の歴史に偽りのない、正真正銘の本物たる地下第五層ボス《大地の番人》のドロップコア。 王国内の特級盗難記録、ゼロ。 王宮の地下宝物庫の実数欠損、ゼロ。 公式遠征の出撃討伐記録、ゼロ。
――そして、その神話級の遺物を不法に出品した容疑者は。 正体不明の、サイズが全損したぶかぶかの男物Tシャツ(なお下は完全ノーパン)を着た、うら若き女子学生。
さらには。 その世界のバグ(特級不審者)の少女は。 今。 国家最高暗部である保安局の厳格な隔離尋問室において。 国家反逆の言い訳や世界の危機への対策などよりも、何よりも最優先のパラメータとして、自分の本日のお昼ご飯(タダ飯)のクオリティを大真面目に要求している。
特別取調局長: 「……」
王都の死神と呼ばれた男は。 静かに。 何も言わず、鉄黒の扉のノブへと冷たい手をかけた。
特別取調局長: 「――君」
女性上級局員: 「は、はいっ!」
隣で書類を抱えていた、有能な女性の上級局員が直立不動で叫ぶ。
特別取調局長: 「この、私の知性ではこれ以上処理することの不可能な、不条理な事象の続きは――現時刻をもって、君にすべて全権を委ねて任せる」
女性上級局員: 「えっ、局長!? そんな、私一人ではこの国家転覆レベルの怪奇現象は――」
特別取調局長: 「……必ずだ」
局長は、この世のすべてを諦めたような遠い目をして、哀れみの声を遺言のように言い残した。
特別取調局長: 「この、現世の物理法則を完膚なきまでに嘲笑(あざむ)く不条理な真実のバグを、君のその優秀な手で完璧にデバッグして暴いてみせろ」
女性上級局員: 「は、はいっ! 国家保安局の威信にかけて、全力を尽くします!」
女性局員が、あまりの重圧への恐怖から、条件反射で勢いよく右手を額へと掲げて敬礼した。
そして。 本局の特別取調局長は。 二度と戻らないかのような、全力の逃走(エスケープ)の足取りで、ふらふらと部屋を完全に出ていった。
バタン――と、特殊な鉛が鋳込まれた重厚な魔導扉が、非情な密閉の音を立てて閉ざされる。

地下の取調室に、再び、硝煙の如き妙な静寂が落ちた。
トト: 「……」
ルイズ: 「……」
数秒の、お互いの生足を擦り合わせるような時間の後。 私の肩の上で、トトがぽつりと、哀愁に満ちた声で呟いた。
トト: 「――あ、これ、ルイズはん」
ルイズ: 「何ですか、トト。 お弁当の到着を知らせるノイズですか?」
トト: 「いや、違うわ。 あの局長のおっさん、自分の常軌を逸したドケチ狂気とパンツ火薬学(バグ)の前に、脳内のキャパシティが完全にオーバーして、社会的に逃げ出しよったわ」
ルイズ: 「――天地が引っくり返っても違いますわよ、トト」
私は即座に、使い魔の放ったそのあまりにも非論理的で悲観的な推測を、科学者として全面否定した。
ルイズ: 「あの取調局長さんはね、国家最高機関の絶対的な権限(リソース)を使って、私のこの愛おしいイルカ下着の紙袋にふさわしい、最高級の美味しいお肉の食事(エネルギー)を厨房まで直々に特急で用意しに行ってくれたのですよ」
トト: 「自分、どれだけ世界の因果が全損しかけとんのに、己の底なしの食欲に対してポジティブな数式を維持しとんねん」
ルイズ: 「そう信じたいのです。 私の脳内ハードディスクはね、明日からのもやし尽くしサバイバルはもう一クローネ分も御免だと告げていますからね」
カメ吉: 「キュィ……(ワイも信じるわ……)」
カメ吉が、私のTシャツの裾の陰から、短い足をジタバタと悶絶させて小さく鳴いた。
カメ吉: (――トトの兄貴、ワイも、あの白髪のおっさんの美しい官僚としての責任感を百パーセント信じるで。 お肉のお弁当、早く届かへんかなぁ……)
ルイズ: 「ほらご覧なさい、カメ吉さんも私の高度な経済予測に、確率論的に深く同意しています。 彼は約束を完璧に守る、王国の誇り高き立派な高級官僚ですよ」
トト: 「自分らなぁ……飯の話になった瞬間だけ、どこの馬の骨かも分からん国家の暗部のおっさんのことを、一瞬で聖人君子の如く信じ切るのな、ホンマに不条理やわ」
ルイズ: 「当然の帰結です。 それこそが、今現在の私の脳内ハードディスクにおける、最も最優先すべき絶対的な生存パラメータ(目的)なのですからね」
王国国家保安局の堅牢(けんろう)なる地下特別取調室。
上司の逃亡によって一人この深淵に取り残された女性局員は、冷たい鉄製の金属机の前に座り直し、肺の底に溜(た)まっていた重苦しい大気を静かに、深く吐き出した。 目の前に座すのは、王国の長きにわたる魔導の常識と論理を、たった一枚のオークションデータで容易く粉砕してみせた正体不明の少女。
提出された地下第五層の絶対的守護者、《大地の番人》のドロップコア。 それは精巧な偽造品でもなく、王宮の国庫から不当に奪われた盗品でもなかった。 ならば、一体どのような異端の魔導理論を用いれば、あの神話の怪物を跡形もなく討ち取れるというのか。
そもそも――この小柄な少女の肉体パラメータで、本当に生きて奈落の第五層まで到達し得たというのか。
エレナ: 「……」
有能な女性局員は、机を挟んで対峙(たいじ)するルイズを、その鋭い取調官の目で射抜くように見つめた。
ルイズもまた、静かにその白磁の顔を向けて視線を返している。

ただし――その美しい琥珀(こはく)色の瞳の焦点は、目の前にいる美しき取調官の顔などではなく、背後の分厚い鋼鉄製防音扉の向こう側へと、完全に、一点の狂いもなく固定されていた。
ルイズ: 「……まだ、来ないのでしょうか?」
エレナ: 「一体何が、ですか?」
ルイズ: 「お国が容疑者の人道保護(タダ)で提供してくれるという、定時の官給品のお弁当です」
エレナ: 「――まだです」
ルイズ: 「……そうですか」
ルイズは、この世のすべての理不尽な不景気を背負ったかのように、がっくりと肩を力なく落とした。 彼女の肩の上で、トトが深いため息を盛大に吐き出す。
トト: 「自分、ここへ連行されてから一貫してその胃袋の飯の心配しかしとらんやんけ」
ルイズ: 「だって、朝から予算削減のために数本のもやししか胃袋に投入していなくて、私の肉体パラメータはお腹が限界数値を突破しているのだから合理的(しかたない)でしょう」
トト: 「第五層のボスを消し飛ばした国家転覆レベルの方法より、自分の胃袋に詰め込むタダ飯のほうが国家的に重要なんか?」
ルイズ: 「今の私にとっては、研究資金を減らさないための生存パラメータにおける、最も絶対的な最優先事項よ」
カメ吉: 「キュィ!」
私の男物Tシャツの裾の陰から、足元のカメ吉も、激しく同意するように緑の首を縦に振った。
カメ吉: (――トトの兄貴の言う通りや、ワイも今は、世界の平和や魔導の真理より、美味しいお肉の飯のほうが一億倍大事やで、ホンマに)
ルイズ: 「ですよね、カメ吉さん。 一ミクロンのブレもない美しい生存本能です」
トト: 「いや、自分ら、そこで不穏な異種族間で熱くドケチ共感し合うなや、見ていて不条理やわ」
女性局員は、白く細い指先を自らのこめかみに当て、脳内に生じる微かな頭痛に耐えた。
先ほどまで、自分は国家の運命を揺るがしかねない重大魔導事件の、最前線の尋問に立っていたはずだった。 王国保安局の歴史のなかでも滅多に扱われることのない、天災級の異常事態。
それなのに――眼前の容疑者と、その肩に乗った白い大福餅の使い魔と、足元をペタペタと動く緑の亀は。 完全に、ただの『お弁当の配給待ち』という世俗的なスタンスを頑(かたく)なに貫いているのだった。
エレナ: 「……コホン、大変失礼いたしました」
女性局員は、もう一度だけ肺の最奥まで深く冷気を吸い込み、冷静な国家官僚としての取調官の表情へと切り替えた。
エレナ: 「私は、王国国家保安局・特務捜査官のエレナと申します」
ルイズ: 「どうも。 王立魔法大学、筆記首席の資産管理者たるルイズです」
エレナ: 「ルイズ殿の学業パラメータに関しましては、そちらの資料で十分に存じております」
ルイズ: 「そうですか、それは処理が早くて助かります」
エレナ: 「そして、君の背後に控えておられるそちらのぶかぶかTシャツの方々は?」
シャルロット: 「ヴァーミリオン公爵家が令嬢、シャルロット・ヴァーミリオンですわ」
マリアンヌ: 「そ、その……同じく魔法大学の友人、マリアンヌですわ!」
ジュリエット: 「同じく友人の、ジュリエットです!」
二人の取り巻きの女子生徒も、国家の絶対権力を前に生足を擦り合わせ、少し緊張しながら名乗った。
トト: 「そしてな、お姉さん。 ワイはルイズはんの最高経営責任者(CEO)を務めとるトトや」
カメ吉: 「キュィ。 ワイは最高財務責任者(CFO)のカメ吉やで」
エレナ: 「……質問ですが。 この白い大福餅の使い魔と亀まで、国家の公式な自己紹介ログを記録する必要性はありますか?」
トト: 「当たり前やろ。 ワイはルイズはんの総支配人(ゼネラルマネージャー)やからな。 この不条理な現金の責任者として、名乗るのは当然の因果律や」
エレナ: 「……そうですか、理解しました」
特務捜査官エレナは、自らの貴重な脳内演算リソース(思考キャパシティ)を無駄に消費するツッコミのオペレーションを、この瞬間に早々に放棄した。
それよりも今、この地下の閉鎖空間において最優先に確認すべき、国家的な重大な使命がある。

エレナ: 「ルイズさん」
ルイズ: 「はい、何でしょう」
エレナ: 「率直に、一ミリのバイパスも挟まずに聞きます」
特別取調室の空気が、一瞬にして剣呑(けんのん)な緊張感を帯び、氷の如く冷たく張り詰めた。
エレナ: 「――地下第五層の主、《大地の番人》を……あなたは、一体どのような多次元魔導理論を用いて、単独で討伐したのですか?」
ルイズ: 「…………」
私の滑らかだった指先の動作が、その瞬間、ピタリと完全停止(フリーズ)した。
私の肩の上のトトも。 足元のカメ吉も。
ぶかぶかTシャツ姿のシャルロットも。 そして、二人の取り巻きの女子生徒も。
一瞬だけ、冷たい沈黙のなかで、無言で顔を見合わせたのだ。
その、コンマ数秒の不自然な沈黙のパラメータを。 優秀な特務捜査官であるエレナの鋭い眼光は、決して見逃さなかった。
エレナ: 「やはり……何か王宮の金庫を裏からハッキングしたような、不都合な裏の事情が――」
ルイズ: 「――いいえ。 現時刻をもって、国家が保障する『黙秘権』を最大出力で行使します」
エレナ: 「……はい?」
私は、一切の動揺も感情の揺らぎも交えずに、至って平然と、きっぱりと言い放った。
ルイズ: 「私は、これ以上の尋問に対して完全なる沈黙(黙秘)を保ちます」
エレナ: 「何故ですか? 現物が本物である以上、正当な討伐であるなら堂々と数式を証明すればいいはずですが」
ルイズ: 「私の個人的な最先端時空魔導研究における、最高機密事項(恥部)につき、国家の上層部といえどもお話ししたくないからです」
エレナ: 「それは、科学者としても容疑者としても、論理的な回答の整合性になっていません」
ルイズ: 「ですが、王国憲法および魔導管理法において、被疑者としての黙秘権の行使は法的に百分率で保障されていますよね?」
エレナ: 「……ええ、確かに保障されていますが」
ルイズ: 「ならば、これ以上のリソースを消費したくないので、私は粛々と法にのっとって行使を維持します」
エレナ: 「……」
特務捜査官エレナは一瞬、完璧な論理の防壁の前に返す言葉を失った。
あまりにも正しい。 法治国家が定めた厳格な手続きのプロトコルとしては、ぐうの音も出ないほどに完全に正しい法的主張なのだ。
エレナ: 「ルイズ殿、これは王国国家保安局の公式かつ第一級の緊急捜査なのです」
ルイズ: 「ええ、認識のパラメータとしては理解しています」
エレナ: 「国家規模の、国防上の重大な防衛問題になり得る超特級事象なんですよ!?」
ルイズ: 「確率論的に見ても、おそらくそうでしょうね」
エレナ: 「あの地下第五層の絶対的守護者が、私たちの感知しない未知の手段によって、いつの間にか世界から消滅しているのです!」
ルイズ: 「そのようですね、不思議な怪奇現象です」
エレナ: 「それを、あなたが当事者として知っている可能性が、各種ログから見ても極めて高い」
ルイズ: 「そうかもしれませんね。 否定も肯定もいたしません」
エレナ: 「では、王国の未来のために、その因果の数式を包み隠さずすべて教えてください!」
ルイズ: 「――断固として黙秘します」
エレナ: 「……っ」
見事なまでに。 私たちの魔導議論は、完璧な円を描いてスタート地点へと逆流(ループ)してきた。

私の肩の上で、トトが呆(あき)れ果てた声音(こわね)でぽつりと呟(つぶや)く。
トト: 「芸術的なまでの、因果の無限ループ(バグ)やな、ルイズはん」
カメ吉: 「キュィ……」
カメ吉も、床の上で短い足をパタつかせて鳴いた。
トト: 「なぁ、特務捜査官のお姉ちゃん。 この全裸魔女(ルイズ)の構築した『銭ゲバ黙秘の絶対防御陣(ファランクス)』はな、正面から倫理観の言葉をぶつけたところで、ここから一ミリも先に進めんで。 無駄なエネルギー(魔力)の消費やわ」
エレナは悔しさに、ぐっと血が滲(にじ)むほどにその薄い唇を強く噛み締めた。
エレナ: 「……分かりました、あなたの鉄壁のガードはよく理解しました」
そして。 捜査官としての鷹の如き眼光を、ルイズの隣にぶかぶかTシャツ姿でありながら毅然(きぜん)と座り直している、赤髪の公爵令嬢へと鋭く向けた。
エレナ: 「――では、シャルロット・ヴァーミリオンさん」
シャルロット: 「は、はいっ!」
尋問の矛先(ほこさき)を向けられたシャルロットの背筋が、名門貴族の絶対的な誇りを維持するように、スッと一筋の美しい直線をなして伸びた。
エレナ: 「ヴァーミリオン家の令嬢たる高潔なあなたならば、現世の真実をご存知なのでは?」
シャルロット: 「……」
エレナ: 「あの地下第五層の絶対的な奈落の底で、一体全体、どのような不条理が起きたのかを」
シャルロット: 「……」
エレナ: 「そこにいるルイズさんが、一体どのような禁忌の術式を用いて、あの《大地の番人》を討伐(パージ)したのかを」
シャルロット: 「……」
シャルロットは。
一文字の言葉も発さず、ちらりと、私のどこまでも平坦な無表情の横顔を見た。
私は中指の銀色指輪を静かに摩(さす)りながら、そのポーカーフェイスのまま、彼女の琥珀(こはく)色の瞳をまっすぐに見つめ返す。
冷たい尋問室の気流のなかで、数秒間の、言葉を超えた少女たちの『魂の多次元交錯(同期)』。
そして――。

シャルロット: 「――わたくしも、ヴァーミリオン家の高潔な誇りにかけて、完全なる黙秘を維持いたしますわ!」
エレナ: 「決断の方程式が早すぎますわよ、シャルロットさん!!」
特務捜査官エレナは、それまで維持していた冷静沈着なプロの官僚仮面をかなぐり捨て、思わず特別取調室に声を荒らげて叫んだ。
エレナ: 「もう少し、ご自身の公爵令嬢としての社会的立場を考慮して、悩む時間くらい脳内で持ってください!」
シャルロット: 「何をおっしゃいますの。 大切なお友達であり恩人のルイズさんが沈黙の防壁を貫くというのなら、わたくしもその隣で共に黙秘の盾となるのが高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)ですわ!」
エレナ: 「あなたは今回のハッキング出品における主犯格の被疑者ではありません!」
シャルロット: 「――それでも、ですわ!」
エレナ: 「そこまで頑(かたく)なになって捜査を妨害する、合理的な理由を聞かせてください!」
シャルロット: 「わたくしたちはね……あの奈落の底で、社会的尊厳(下着)を平等に割り勘した、かけがえのない友人ですもの!」
エレナ: 「……」
エレナは。
ほんの少しだけ。 彼女たちのあいだに結ばれたその非論理的で高潔な絆(パラメータ)を、不覚にも羨ましいとさえ思った。
国家保安局のエリート捜査官としては、もちろん、そのような個人的な世俗のセンチメンタリズムを表面の肌に出すわけにはいかない。
しかし――自らの立場や公爵家の名誉が危うくなるかもしれない絶対的不利な極限状態において。 一ミクロンの迷いも曇りもなく、ただ友人のために頑なに口を閉ざす。
その精神の崇高な在り方自体は。 この薄暗い密閉された取調室の空間において、少しだけ眩(まばゆ)く、神聖に輝いて見えたのだ。
――だが。 それと王国の安全保障を司る国家の捜査は、完全に別次元の問題である。
エレナ: 「……では、そちらの二人はどうですか」
エレナの鷹の如き視線が、さらにシャルロットの背後に控える二人の取り巻きの女子生徒を射抜くように捉えた。
二人は同時に、びくっと捕まった小動物のように肩を小刻みに震わせた。
エレナ: 「あなたたちは、この不条理な事象に対してどのような真実のログをお持ちですか?」
マリアンヌ: 「わ、わたくしも、もちろん沈黙のプロトコルですわ!」
ジュリエット: 「同じく、ルイズ様とシャルロット様のために、ここに絶対的黙秘の防壁を敷きますわ!」
エレナ: 「……お二人は、そもそもあの地下第五層の戦場で一体何が起きたのか、詳細な数理プロセスをご自身の眼で知っているのですか?」
マリアンヌ: 「う……」
ジュリエット: 「それは、その……」
二人のエリート学生は、再び助けを求めるように懇願の目でシャルロットの横顔を見た。

すると、シャルロットはお揃いの男物Tシャツの裾を整えながら、力強く、重々しく、聖女の如き厳かさで頷(うなず)いてみせたのだ。
シャルロット: 「――迷わず、黙秘を執行するのですわ、あなたたち!」
マリアンヌ: 「はいっ、了解いたしました、シャルロット様!」
ジュリエット: 「完全なる黙秘(ホールド)を維持しますわ!」
エレナ: 「……」
特務捜査官エレナは。
あまりにも完璧な沈黙の鎖を前に、隠しきれない深い疲労を滲(にじ)ませて、椅子の背もたれにその小柄な身体を預けた。
全員が、一点の綻(ほころ)びもない完全なる黙秘。
王国最高峰の捜査機関、国家保安局。 その歴史的な威信をかけた地下特別取調室において。
今、白い大福餅と緑の亀を含めた、四人の乙女と二匹の魔獣が、国家の絶対権力を前にして、見事なまでの強固な防衛陣形(ファランクス)を構築し、不条理極まりない一致団結を見せつけていたのだ。
エレナ: 「……」
しばらくの間。 地下室の冷たい大気の中で、誰も一文字の言葉も発さなかった。
しかし――その張り詰めた均衡の沈黙は、そう長くは維持されなかった。
エレナ: 「――ねえ、ルイズ殿」
エレナが、自らの精神を駆動させ、探るような声音(こわね)で重苦しい静寂を破った。
ルイズ: 「はい、何でしょう、特務捜査官さん」
エレナ: 「あなたたち」
ルイズ: 「はい」
エレナ: 「本当のところ、その身に纏(まと)っているぶかぶかな男物Tシャツのまま、本当に自らの手で、あの悪魔の如き第五層の主を完全討伐(パージ)したのですか?」
ルイズ: 「ですから先ほどから法的権利にのっとって、粛々と黙秘しますと答えています」
エレナ: 「いや、ですからッ!!」
エレナの声音が、理論値を超えた焦燥から、ほんの少しだけ感情的に大きくなった。

トトが、私の肩の上でスッとつぶらな赤い瞳を意地悪く細める。
トト: 「捜査官の姉ちゃん」
エレナ: 「何ですか、使い魔」
トト: 「ちょっと、魔導の演算回路を冷静にして落ち着いた方がええで」
エレナ: 「私は国家の公僕として、四六時中、常に冷静沈着です」
トト: 「いやいや、白磁のお肌が茹(ゆ)でダコみたいに真っ赤になっとるで」
エレナ: 「これは、国家の安全保障を司る職務に対する、正当なる熱意のパラメータです!」
カメ吉: 「キュィ?(……お姉さん、怒っとるん?)」
カメ吉が、私のTシャツの裾から緑の顔をひょっこりと出して、野生の煽りスキルで鳴いた。
エレナ: 「――怒っていません!」
トト: 「いや、これ完全に血圧が最大値まで上がってガチギレして怒っとるな」
エレナ: 「怒っていませんと言っているでしょう、失礼な魔獣ね!!」
その、彼女の有能な知性が焦燥の濁流に駆られた、まさに一瞬の刹那(せつな)であった。
エレナが。 ほんの数コンマ秒だけ。
国家の捜査官として、決して踏み込んではならない禁忌の一線を、感情のままに言い過ぎてしまったのだ。
エレナ: 「……シャルロットさん」
シャルロット: 「はい、何かしら?」
エレナ: 「あなたは、由緒正しき王国の最高名家・ヴァーミリオン公爵家のお嬢様ですよね?」
シャルロット: 「それが、今回の地下での等価交換事件と何の関係がありますの?」
エレナ: 「この件が、もし国家の軍事バランスを揺るがす不祥事として大きくなれば」
特務捜査官エレナの声が、意図的に少しだけ低く、冷徹な響きを帯びていく。
エレナ: 「当然、あなたのご家族にも事の次第をすべて説明し、徹底した事情聴取を行う法的必要が生じます」
シャルロット: 「……」
シャルロットの上気していた表情が、スッと冬の氷のように硬直した。
エレナ: 「場合によっては、だな」
エレナは、冷酷な官僚の仮面を被ってさらに追撃の刃を突きたてる。
エレナ: 「あなたが、原因不明の国家規模の事件に関与し、保安局の正当な捜査を意図的に妨害したという客観的事実そのものが……栄えあるヴァーミリオンの家名に、消えない不名誉な傷を及ぼす可能性もあります」
取り巻きA: 「……そんな、それはあんまりですわ……っ」
取り巻きの女子生徒の一人が、恐怖に顔を青ざめさせて小さく悲痛な声を漏らした。
取り巻きA: 「シャルロット様……」
シャルロット: 「……」
シャルロットは、ぶかぶかTシャツの袖を握り締め、唇を噛んで押し黙った。

エレナは、その名門令嬢が最初に見せた明確な動揺の反応を、プロの取調官として高精度に捉えた。
そして――もう一歩、彼女の心の防壁の最奥へと容赦なく踏み込んだ。
エレナ: 「私は、保安局の権力をもってあなたを脅しているわけではありませんよ」
シャルロット: 「……」
エレナ: 「ただ、一ミクロンの隠し事もなく素直に捜査へ協力していただければ、そのようなご家族への不要な社会的問題(バグ)は、システム的にすべて事前に避けられる可能性があると言っているのです」
シャルロット: 「……」
エレナ: 「どうですか、ヴァーミリオン家としての賢明なご決断を」
――その、極限まで張り詰めた脅迫の瞬間。
シャルロット: 「――明らかな、コンプライアンス違反のハラスメントですわーーーッ!!!」
シャルロットが、バンッ!!と激しい音を立てて冷たい金属机を叩き、怒髪天を突く勢いで直立不動に立ち上がった。
エレナ: 「え……っ?」
シャルロット: 「国家権力の、あまりにも理不尽な横暴(パワハラ)ですわ!!」
ルイズ: 「ちょっと、シャルロットさん、落ち着いて――」
シャルロット: 「大人しく聞いていれば、うら若き弱い立場の女子学生に対する、権力を傘に着た最低最悪の脅迫ですわよ、これは!!!」
エレナ: 「脅してなどいません! 私は捜査上の客観的な事実の推移を――」
シャルロット: 「今のはどこからどう言い訳しても、卑劣で卑怯な脅しですわ!」
エレナ: 「違います!」
シャルロット: 「我が名家に泥を塗るとか、最愛の家族を巻き込むとか、明確な人質(言葉)を口にしましたわよね!」
エレナ: 「それは最悪のケースを想定した確率論的な可能性の話です!」
シャルロット: 「それを世間の一般常識では、紛れもない脅迫と言うのですわぁぁぁ!!」
エレナ: 「ぐっ……っ」
エレナは、あまりにも真っ当で激しい名門令嬢の正論(ハラスメント抗議)に、ぐうの音も出ずに言葉を詰まらせた。
そして。
ルイズ: 「……」
このドタバタ劇の横で。
私が――静かに、まるで絶対零度の氷の如き冷たい無表情のまま、椅子から滑らかに立ち上がったのだ。
ルイズ: 「――そこまで私の共有口座(お友達)を脅し、精神的損害を与えるのでしたら、もう私にも『乙女としての最後の防衛策』の選択肢しか残されていませんね」
その、感情の起伏を一切排した極めて平坦な声音(こわね)に。 地下特別取調室の張り詰めていた空気が、一瞬にして絶対零度へと凍りついた。
首席魔女・ルイズは――怒っているのか、呆(あき)れているのか、あるいは私の脳内家計簿から次なる非情な最適解を弾き出したのか。 その底知れぬ氷の無表情のまま、特務捜査官エレナの顔を静かに見下ろしていた。

ルイズ: 「……そこまでおっしゃるのなら、よく分かりました」
エレナ: 「……え、何がですの、ルイズ殿?」
ルイズ: 「私がどのような多次元数式を用い、あの奈落の怪物を消滅せしめたのか。 言葉ではなく、今この場であなたの眼を介して、視覚的に『実証証明』を行えばいいのですね」
トト: 「あかん! これガチで一番あかんやつや! シャルロットお嬢ちゃんを権力で追い込んだから、ルイズはんのドケチ逆鱗に触れて完全に静かにキレとるわ!」
私の肩の上で、トトが丸い大福餅の顔を真っ青に引きつらせて叫んだ。
エレナが、そのただならぬ不気味な気迫に気圧され、その細い目を見開く。
エレナ: 「実証証明……一体、どういうことですか?」
ルイズ: 「地下第五層のボスを座標ごと消滅させた、私の特異な魔導理論の再現証明を今ここで執行すれば」
私は淡々と、事務的な資産管理者の声で告げた。
ルイズ: 「少なくとも、あの小箱がどこかからの不当な盗品や偽装データではないという数理的事実は、国家の最高機関として客観的に納得(クリア)せざるを得ないでしょう?」
エレナ: 「……」
ルイズ: 「だから、この安全な隔離空間で直接証明します」
エレナ: 「具体的に、どのようにして?」
ルイズ: 「私の保持している特異魔法(パージシステム)の全容を、直接あなたたちのその網膜へお見せするのです」
――その、破滅へのカウントダウンが起動した運命の瞬間。
私の肩の上のトトが。
トト: 「――お姉ちゃん、やめとき、それだけは断固としてやめとき」
と、腹の底の底から絞り出すような、ひどく掠(かす)れた重々しい声で言った。
いつもの下俗な茶化しやバラエティのノリを一切混ざり込ませない、一人の大人のオスとしての、完全なシリアスな静止であった。
エレナ: 「……え?」
エレナが、その場違いな使い魔のただならぬ気迫に、怪訝(けげん)そうにつぶらな瞳をトトへと向けた。
エレナ: 「なぜ、そこまで頑なに私の正当な捜査を止めるのですか?」
トト: 「やめといた方がええ、ほんまにワイの言葉を百パーセント信じて引き下がるんや」
トトは、普段のふざけきった大福餅の態度からは一ミクロンも想像がつかないほど、冷徹で真剣な眼差しで国家の捜査官を真っ直ぐに見据えていた。
トト: 「ほんまに、これ以上はな……あんさんらのその優秀な知性で、この全裸魔女の深淵(真実)へは踏み込まん方がええんやわ」
ルイズ: 「……トト?」
私は中指の銀色指輪をさすりながら、不思議そうに首を傾げた。

ルイズ: 「彼女たちが国家の威信を賭けて証明しろと法的要求しているのだから、私の美しい数式をそのまま見せてあげればいいのでしょう?」
トト: 「いや、ルイズはん、自分はちょっと黙っとき」
トトは私の屁理屈を短い前肢で制し、再び特務捜査官エレナを真っ直ぐに凝視(ぎょうし)した。
トト: 「そこの、国家保安局の特務捜査官のお姉ちゃん」
エレナ: 「……はい何でしょう、使い魔さん」
トト: 「ほんまにな、もうこれ以上は……この魔法の真実を知ろうとせん方がええ」
エレナ: 「……なぜ、そこまで言うのですか? 容疑者のブラフですか?」
トト: 「世の中にはな……知らん方が、衣服の下の下着(パンツ)を綺麗に残したまま、現世で絶対に幸せに暮らせるっていう、あまりにも残酷で破廉恥な真実(世界のバグ)もあるんやで……」
エレナ: 「――私は王国国家保安局の特務捜査官です」
エレナは、己の背負う職務への絶対的な誇りにかけて、凛と、きっぱりと言い放った。
エレナ: 「国家の安全保障のために知らなければならない真実のログを、破廉恥だとかいう流言飛語を恐れて知らないまま握り潰すことなど、この私には断じてできません」
トト: 「……」
私の肩の上で、トトがこの世のすべての不条理と全裸の歴史を背負ったかのように、深いため息を盛大に吐き出した。
トト: 「そこのお姉ちゃん、その今吐いた最高に格好よくて立派な台詞(セリフ)な」
エレナ: 「はい、何でしょうか」
トト: 「あとでな、自らの生まれた人生を呪って恨むほど、衣服の繊維の一本に至るまで絶対に後悔するで」
エレナ: 「断じていたしません」
トト: 「そこまでハッキリと退路を断って断言したな?」
エレナ: 「ええ、国家の威信にかけて断言します」
私は、しばらくの間。 エレナのその瞳の奥に宿る、一ミクロンも揺るぎのない公僕としての覚悟を静かに見つめていた。
そして――。
ルイズ: 「……フフ、そこまでの熱意(覚悟)があるのなら、手狭なこの部屋では多次元演算の射出効率が悪いので、今すぐ場所を変えましょうか」
エレナ: 「どこへ移動するつもりですか、まさか移動と偽って脱獄ですか――」
ルイズ: 「国家保安局の最高総本部であるなら、頑強な最高規格の『魔法測定演習室』くらい内部に完備されていますよね?」
エレナ: 「……地下第三区画に、最高級の国家防護魔法設備(シールドルーム)がありますが」
エレナは不審そうに眉をひそめて、鋭い眼光を私へ向けた。
エレナ: 「……なぜ、今回の連行が初めてのはずの一般学生のあなたが、我が局の最高機密である施設構造の座標を知っているんですの?」
ルイズ: 「さっき、一階のエントランスホールを不審者歩きで通過した際、廊下の職員の方が楽しそうに話している音波データ(雑談)を高精度に逆探知して傍受(ハッキング)したからです」
シャルロット: 「……相変わらず耳のパラメータがタチ悪すぎますわね」
シャルロットがぶかぶかTシャツの襟元を抑えながら、呆(あき)れ果てたようにツッコミを入れた。
ルイズ: 「では、その地下の最高シールドルーム(測定室)へ、今すぐ私を案内してください」
特務捜査官エレナは、ほんの少しだけ脳内細胞を駆動させて考えた。
そして。
エレナ: 「……分かりました、あなたのその挑戦(パラメータ)を受けましょう」
と、力強く、冷徹に頷(うなず)いた。

エレナ: 「ルイズ殿、あなたが本当に、誰の力も借りずに自らの魔導演算だけであの第五層の主を駆逐したというのなら――」
エレナは毅然(きぜん)として、鉄の机を指先でトントンと叩く。
エレナ: 「その国宝級の大魔法の数式を、私のこの網膜の目の前で実際に証明して見せてください」
ルイズ: 「ええ、こちらは等価交換のコストさえ担保(お布施)されれば、いつでも構いませんよ」
エレナ: 「地下の測定室には、王宮直属の最新鋭の魔力測定器と、国家防護結界が常時稼動しています」
ルイズ: 「はい、私の全火力を受け止める器としては、最低限のスペックを満たしていますね」
エレナ: 「そこに向かって、あなたの持つその全力の殲滅魔法を、容赦なく撃ち込んでください」
ルイズ: 「……」
そこで私は、ほんの少しだけ不満げに眉をひそめてみせた。
ルイズ: 「――ただ、その移動にあたって、少しだけ人員の配置(リソース)が多すぎますね」
エレナ: 「え……? 人員、ですか?」
ルイズ: 「はい。 このまま周囲の黒服の護衛の方々(ギャラリー)が多数ひしめき合っている満員電車の状態では、私の数式の射出がシステム的に不可能です」
エレナ: 「何故ですか? まさか不意を突いて逃亡する算段を――」
ルイズ: 「心外ですね。 私の偉大なる最新の魔導研究における、極めて破廉恥かつ重大な企業秘密(トップシークレット)が、不特定多数の目に触れて守れなくなってしまうからですよ」
エレナ: 「企業の秘密、ですか?」
ルイズ: 「ええ、そうです」
首席魔女・ルイズは、特別取調室の分厚い鉛入りの防音扉の方へと、その静かな視線を滑らかに向けた。
取調室の外。 冷たい渡り廊下の向こう側には。
あの死神と呼ばれた取調局長がすべての現実からエスケープして逃げ去った後も、この国家転覆レベルの異常事態の顛末(てんまつ)を自らの網膜に焼き付けようと、何十人ものエリート局員たちが野次馬根性(興味本位)で不気味にひしめき合っている音波の気配が探知できる。
全員――このサイズが全損したぶかぶかTシャツを着た正体不明の少女が、一体どのような国宝級の神話魔法を放つのか、固唾(かたず)を呑んで脳内リソースを割いているのだ。
ルイズ: 「……」
私は、その廊下の人口密度(ノイズ)を感知し、少しだけ脳内で次の等価交換のシミュレーションを行った。
ルイズ: 「私の特異魔法(パージシステム)の構造を確認するのは、特務捜査官のあなたと、そちらの現場の女性局員さん三人だけで十分じゃないかしら?」
エレナ: 「――それはお役所のルール(規則)上、絶対に不可能ですわ」
エレナは頑(かたく)なな国家官僚として、一歩も引かずに答えた。
エレナ: 「公式の術式実証証明のログを計上するには、必ず監視局が定めた複数の『立会人』と『記録係』の常時同席が必要不可欠なのです」
ルイズ: 「学廷のシステム上、最低でも何人の人員がその密閉空間に必要ですか?」
エレナ: 「私と……」
エレナは自らの背後に直立不動で控えていた、緊張に震える黒服の部下たちを見やった。
エレナ: 「私の直属の上級女性局員を、最低でもあと二人です」
ルイズ: 「女性だけ、ですか?」
エレナ: 「はい、何か数理的な問題でも?」
ルイズ: 「いえ、単なる確率論的な確認です。 どうして男性の監視官は、その神聖な実証の場に立ち会わせないのですか?」
エレナ: 「……おかしな勘繰りはやめてください。 たまたま現時刻において、私の直属の有能な部下として最も近くの座標に控えていたのが、彼女たち女性二人だったというだけの、ただの業務上の偶然ですからね」
ルイズ: 「――そう、ただのシステム上の偶然ですか」
私は、すべての弾薬調達(お布施口座の開設)のセッティング条件が美しく、完璧に整ったとばかりに、ポーカーフェイスの口元をほんの少しだけ邪悪に緩めた。

ルイズ: 「じゃあ、その私の企業秘密を守れる、選ばれし三人だけの入場(アクセス)でいいわ」
エレナ: 「本当に、我が局の精鋭である私たち三人だけの同席でよろしいのですか? 不正なジャミングを警戒して、もっと護衛を増やしても――」
ルイズ: 「ええ、私の数式を分からせるための生贄(リソース)としては、三人でも十分すぎますよ」
私の肩の上で、トトが。
ゆっくりと、現世のすべての道徳心の終わりを悟ったかのような、深い絶望に満ちたつぶらな目を静かに閉じた。
トト: 「……あかん、終わったわ」
カメ吉: 「トトの兄貴、何がそんなに絶望のパラメータなんですか?」
私の男物Tシャツの裾の陰から、足元のカメ吉が不思議そうに首を伸ばして心の声で聞く。
トト: 「新入り……もうな、この全裸魔女(ルイズ)が笑顔を浮かべた瞬間に、世界の狂った脱衣の歯車は絶対に逆回転せえへんのやわ」
カメ吉: 「キュィ……?」
トト: 「この、お姉ちゃんたちの社会的尊厳が靴下の一本も残らず消滅していく『下着一括引き落としの連鎖崩壊(ドミノ)』の流れはな、もう天の神様が総出で止めに入ったって百パーセント無理や」
カメ吉: 「……」
そして。
お揃いのぶかぶかTシャツ姿でノーパンの少女たちと、己の職務への気高き覚悟を抱いた女性局員たちは。 それぞれの交錯する思惑を胸の奥のインベントリに秘めたまま。
国家保安局の最下層に鎮座する、あのどんな大火力の爆発にも耐えうる堅牢(けんろう)なる『地下第一魔法測定演習室』へと、運命の足取りを揃えて向かったのである。
◇
地下最高規格魔法測定演習室。
壁一面を強固に覆う、幾星霜の魔力に耐えてきた分厚い特殊防魔の黒檀石壁。 その周囲に幾重にも張り巡らされた、王都本局が誇る最高レベルの物理・魔力防護の多重魔導結界。
部屋の中央に鎮座するのは、太古の巨竜が放つ破滅のブレスすらも無傷で耐え凌(しの)ぐとされる、巨大な魔法測定用の重厚な黒鋼(くろがね)の標的。
そして――放たれた術式の絶対的威力をコンマ数パーセントの誤差もなく正確に数値化するための、最新鋭の並列演算型魔導装置の一式。

王国内に存在する最高位の白銀等級の冒険者が放つ限界殲滅(せんめつ)魔法ですら、この魔導装置の目盛りにおいて、計り知れない異常数値(オーバーフロー)を起こしてバグを誘発することは絶対にあり得ないとされている、国家の科学の粋を集めた聖域。
今――その天地から完全に遮断された完全なる密室空間には。
首席魔女・ルイズ。 公爵令嬢シャルロット。 その取り巻きのマリアンヌとジュリエット。 使い魔のトト。 ニート魔獣のカメ吉。
そして――特務捜査官エレナと、その部下である二人の精鋭上級女性局員だけが、鉄黒の床の上で真っ向から対峙(たいじ)していた。
エレナ: 「――これで、あなたの数式(こだわり)に対するご不満はもう一切ないかしら、ルイズ殿?」
エレナが周囲の堅牢なシールドを見渡しながら、静かに、しかし威圧を込めて聞いた。
ルイズ: 「ええ、システムを最大出力で駆動させるための、確率論的に完璧な実証環境(ラボ)です」
私は、抱え込んだイルカパンツの最高級紙袋を床へそっと置き、満面の営業スマイルで満足げに答えた。
ルイズ: 「念のための確認ですが、ほかの不必要な男性監視官たち(ノブレスなノイズ)は?」
エレナ: 「あなたの奇妙な要望(トップシークレット保護)通り、例外なく全員を部屋の外の廊下へと強制退去させましたわ」
ルイズ: 「防音扉の物理的な特殊鍵の施錠(ロック)は?」
エレナ: 「私自らの手で、内側から二重に厳重にロックを執行しました」
ルイズ: 「外部への空間通信ハッキング魔法の遮断効率は?」
エレナ: 「この特級シールドルームの結界内においては、国家の最高暗号ログであろうと、外部との魔力通信は一平方センチメートルも一切不可能です。 完全に情報の孤島(スタンドアロン)ですよ」
ルイズ: 「……そうですか、素晴らしい遮断パラメータです」
私は、胸の奥の脳内家計簿を叩きながら、大きく深く、満足げに頷(うなず)いた。
ルイズ: 「じゃあ、この部屋のなかで私たちがこれから一体どのような破廉恥な等価交換(パージ)を行おうとも――世俗の誰の目も、倫理観の評価パラメータも一切気にする必要はどこにもないわけですね」
エレナ: 「いよいよ、お国への実証証明ですね」
エレナが、その私のあまりの余裕っぷりに対し、少しだけ挑戦的に唇を吊り上げて笑う。
ルイズ: 「はい、因果の清算をはじめましょう」
エレナ: 「一体、どのような驚天動地の大魔法を私の網膜に見せてくれるのかしら?」
ルイズ: 「そうですね、言葉で説明するよりも、システムを直接同期させた方が早いでしょう」
私は――。
左手の中指に妖しく嵌(は)められた、あのエルライト教授の最高傑作である、鈍い銀色の変調指輪のコアへと、白く細い指先でそっと優しく触れた。 その瞬間。

電子的な駆動音が取調室に心地よく反響し、淡く青白い魔導の光の波形が、指輪の演算核(コア)から閉鎖された空間の全方位へと、幾何学の波紋のように美しく広がっていった。
ルイズ: 「――共有術式ネットワーク、新規ライン同期接続(リンク・スタート)」
エレナ: 「……?」
特務捜査官エレナが、その私の放った不穏なシステムコマンドに、訝(いぶか)しげにその眉をひそめる。
――しかし、次の刹那(せつな)であった。
エレナと、そして背後に控える二人の上級女性局員の、まさにその瞳の目の前の虚空にだけ。
現世の人間がこれまでの人生で一度も見たことのない、恐怖と不条理に満ちた、悪魔の魔導ホログラム画面(UI)が傲然(ごうぜん)とポップアップして展開されたのだ。
地下の密閉された虚空へと不気味に浮かび上がる、淡い青白い燐光(りんこう)。
そして――科学者のハッキングコードを象徴する、電子的な魔導文字。
精緻なコンソール画面のポップアップが、エレナたち三人の女性局員の目の前にだけ、お誂え向きの電子アラート音とともに展開されていた。
そこには。 彼女たちのこれからの人生を左右する、たった二つの運命の選択肢(コマンド)が明滅している。
[ Y ] [ N ]
エレナ: 「……これは、一体何ですの?」
特務捜査官エレナが、その光の二者択一を前に、唖然(あぜん)とした声でぽつりと呟(つぶや)いた。

女性局員A: 「システム管理上、一体何なのですか、これ? ギルドの通信ログにもない構造ですが……」
背後に控える女性局員の一人も、本能的な恐怖を覚えたかのように、恐る恐るその青白い光の文字を細い指先で指差した。
ルイズ: 「――私の大魔法を発動・射出させるために必要不可欠な、時空の事前準備プロセス(ハッキング)ですよ」
私は、お気に入りの黒鉛の鉛筆をTシャツのポケットへ忍ばせながら、極めて事務的な平坦さで答えた。
ルイズ: 「システム共有リンクの承認(アクセス許可)。 目の前のそれをタップして、私の演算を承認してください」
エレナ: 「承認、ですか?」
ルイズ: 「はい」
エレナ: 「この、左側で点滅している[ Y ]のボタンを、指先で押せばいいのですか?」
ルイズ: 「ええ、因果律の登録としてはそれでオールクリアとなりますね」
すると、私の肩の上からトトが。
ぽつりと、奈落の地獄へと旅人を誘う死神の道案内のように、哀愁に満ちた声で言葉を上書きした。
トト: 「お姉ちゃん……それな、社会的尊厳と衣服資産を容赦なく全損させる、恐怖の下着自動引き落とし口座の開設ボタンやで」
カメ吉: 「キュィ……」
床の上のカメ吉も、そのトトの親身な警告に大きく、深く緑の首を縦に振って同意した。
カメ吉: (――お姉さん、トトの兄貴の言う通りや、そのボタンをタップした瞬間に、女の子としての人生が強制終了するレベルで風通しの良い怖いバグが始まるで、ガチで)
ルイズ: 「人聞きが悪いですよ、あなたたち。 怖くなど一ミクロンもありませんよ」
私は素直に敗北を認めないポーカーフェイスで即座にその意見を否定した。
ルイズ: 「ただの、実戦のタイムラインにおいてごく一般的に実装されている、形式的なシステム共有承認(リ・リンク)ボタンに過ぎませんからね」
トト: 「――システムの内訳が全然普通ちゃうわ、自分!!」
トトが間髪入れずに、私の頬を叩かんばかりの勢いで叫んだ。
エレナは。
目の前の虚空で妖しく明滅を繰り返す、[ Y ]と[ N ]のコマンドの文字を、上級アナリストとしての鋭い観察眼で慎重に見つめ続けた。
エレナ: 「……」
ルイズ: 「どうしますか、特務捜査官さん」
私は感情のパラメータを排し、淡々と尋ねた。

ルイズ: 「国家の威信を賭けて、その誇り高き指先でタップしてシステムを承認(リンク)しますか?」
エレナ: 「……」
エレナは、少しだけ自らの優秀な官僚の脳内ハードディスクを働かせ、戦術的なリスクを計算した。
エレナ: 「――その前に、最終的な確認をさせてください」
ルイズ: 「はい、何なりと数式でお答えしますよ」
エレナ: 「これを、私が自らの意志で承認(タップ)した場合――一体、システム的に何が起こるのですか?」
ルイズ: 「極めて単純な仕様ですよ。 私とあなたたちの因果律の間に、魔導の強制引き落とし共有リンク(パス)が強固に成立するだけです」
エレナ: 「本当に……それだけですか? データの改ざんなどは?」
ルイズ: 「はい、データそのものには一ミクロンのバグも混入しません」
エレナ: 「……物理的な危険性は?」
ルイズ: 「――大いにあります」
エレナ: 「――あるんですか!?(なんでそんなに当然のように即答しますの!?)」
ルイズ: 「――でも、ですわ」
首席魔女・ルイズは、一切の人間的な感情のパラメータを排した美しい瞳で、冷徹に言葉を紡いだ。
ルイズ: 「王国国家保安局としての、その気高き職務を極限まで全うするためだというのなら」
静かに、しかし絶対的な重圧を伴って。
そこに並び立つ、三人の女性局員の全存在を真っ直ぐに見据えた。
ルイズ: 「――自らの今持てるもののすべてを投げ打つ不退転の覚悟くらい、当然お持ちのはずですよね?」
エレナ: 「……」
特務捜査官エレナが、その底知れぬ威圧に射抜かれ、言葉を失って押し黙る。
エレナ: 「……一体何ですか、その尋常ならざる不吉な問いのパラメータは」
ルイズ: 「いいえ、何でもありませんよ」
私は、すべての良心を奈落の底へパージした聖女のように、白磁の顔を優しく綻ばせて微笑んだ。
ルイズ: 「さっき、私の大切な共有リンク口座(シャルロットさん)を権力で脅した際、大真面目に彼女に言い放ったでしょう?」
エレナ: 「……ええ、記録にありますわ」
ルイズ: 「これは国家の軍事バランスを揺るがす重大事件だから、と」
エレナ: 「……はい、その通りです」
ルイズ: 「知らなければならない真実の方程式を、社会的配慮などを理由に、知らないまま闇へ葬ることはできないと、そうおっしゃいましたよね?」
エレナ: 「……ええ、お国のためにそう断言しましたわ」
ルイズ: 「でしたら、なおのこと話が早いです」
私は、静謐(せいひつ)な地下測定室に凛と響き渡る声音(こわね)で、彼女たちへの決定的な引導(問い)を投げかけた。
ルイズ: 「――ご自身の『絶対的な社会的尊厳』を失う覚悟が、あなたたちにありますか?」
奈落の、重々しい沈黙。
三人のエリート女性局員が。
限界まで張り詰め、気圧された地下の大気のなかで、互いに喉を鳴らして引きつった顔を見合わせた。

女性局員A: 「……そ、尊厳、ですか?」
背後に控えていた部下の上級局員の一人が、その言葉の真意を測りかねて不思議そうに小さく呟(つぶや)いた。
女性局員A: 「システム管理上、それは一体どのような最悪のケース(意味)を指しているのですか?」
ルイズ: 「言葉通り、そのままの物理的な質量としての意味ですよ」
私は、ポーカーフェイスのまま淡々と答える。
ルイズ: 「あなたたち三人が、今現在その五体(身)に纏(まと)い、口座にホールドしている布地(もの)を――『すべて、跡形もなく一瞬で失う』明確な物理的可能性が、確率論的に百分率で存在します」
女性局員B: 「……(それはつまり……お国のために自らのキャリアや、積み上げてきた名誉や、最悪の場合はこの戦場で命を落とす危険性すら孕んだ、特級の軍事脅威ということか……!)」
ルイズ: 「――それでも、だな」
私は左手の中指に光る、鈍い銀色の指輪の演算コアに触れたまま、冷酷に言葉を重ねた。
ルイズ: 「そのすべての損失リスクを背負ってでも、世界の真実を、ご自身の眼で知りたいですか?」
私の肩の上で、トトが。
ゆっくりと、深海のように深く、今度ばかりは本気で同情した瞳で大福餅の丸い頭を横に振った。
トト: 「特務捜査官のお姉ちゃん」
エレナ: 「……何ですか、使い魔さん。 私たちは任務中ですよ」
トト: 「ほんまにな、ワイも一人のオスとして、もうこれ以上の警告のログは吐き出さへん。 これが最後の、最後の本当の人生の忠告やで」
エレナ: 「はい、伺いましょう」
トト: 「――今すぐ、一ミリの躊躇(ためらい)もなく、その[ Y ]のボタンから指を離して逃げとき、やめとき」
エレナ: 「……なぜですか? ギルドのマスターデータを欺くほどの脅威が、そこにあるというのですか?」
トト: 「絶対に、数分後にな、衣服を全部毟(むし)り取られて、その冷たい鉄黒の床の上へ四つん這いに這いつくばって泣き崩れることになるからや」
エレナ: 「国家の公僕が、任務の最中に涙を流すことなど絶対にありません」
トト: 「そこまでハッキリと退路を断って断言するんやな?」
エレナ: 「ええ、我が局の威信にかけて、今ここで断言します」
特務捜査官エレナは、自らの魂のすべての退路を完全に断ち、真っ直ぐに首席魔女・ルイズの底知れぬ瞳を見据えた。
エレナ: 「――私は、王国国家保安局の特務捜査官です」
ルイズ: 「……」
エレナ: 「世界の真理を暴くためであるならば、この職務を極限まで全うし、自らのキャリアも名誉も、そのすべてを失う覚悟はとっくにありますわ」
私の目の前で、不退転の誓いを立てるお国の役人。
私は、ほんの少しだけ、そのお揃いのぶかぶかTシャツの襟元を抑えたまま、口元を綺麗な弧(こ)の字に釣り上げて邪悪に笑ってみせた。
ルイズ: 「……フフ、そう、ですか。 素晴らしい国家への忠誠(お布施精神)ですね」
エレナは。
目の前の虚空で明滅を繰り返す、あの運命の二者択一の文字を、覚悟の据わった目で見据えた。

[ Y ] [ N ]
彼女は、自らの左右に控える二人の精鋭上級女性局員たちへと厳かに視線を向けた。
エレナ: 「二人とも、準備はよろしくて?」
女性局員A: 「……は、はいっ」
エレナ: 「システムを承認(リンク)してください」
女性局員A: 「でも、エレナ隊長……本当にこの空間映像のデータ通り、命を落とすレベルの特級の軍事危険があるのでは……」
エレナ: 「恐れることはありません、私たちは王国の絶対的な盾たる、誇り高き特務捜査官です」
女性局員A: 「……っ」
エレナ: 「ここで未知の脅威(真実)から無様に目を背け、因果を前にして引く理由など、我が局の歴史にはどこにもありませんわ」
その隊長の気高き精神(バグ)に当てられ、二人の部下の上級局員も。
ゴクリと細い喉を鳴らして生唾(なまつば)を飲み込み、自らの殉職すらも覚悟を決めたように、強く、激しく頷(うなず)いた。
女性局員A: 「――了解いたしました、エレナ隊長」
女性局員B: 「システムへのアクセス、承認します」
そして――。
運命のタイムラインが、完全に重なった。
三人のエリート女性局員が。
ほとんど、寸分の狂いもなく完全に同時に。
虚空のなかで淡く点滅する。
[ Y ]
その、取り返しのつかない全裸化への地雷(文字)へと。
お揃いの白く細い指先を、一切の迷いなく毅然(きぜん)と伸ばし、一斉に深く押し込んだのだ。

エレナ・女性局員A・女性局員B: 「――作戦承認(リンク)!!」
ピピッ――という電子的な同期音が地下室に反響し、淡い青白い魔導の光が。
三人のうら若き乙女の美しい身体(インベントリ)を、逃れられぬ運命の鎖(パス)のように優しく包み込んだ。
そして。 私の中指に嵌(は)められた鈍い銀色の変調指輪の演算核(コア)が。
静かに、そしてこれ以上ないほど冷酷かつ残酷に。
二度と通常の世界へは戻れない、不可逆な次なる搾取段階(フェーズ)へと駆動を進めた。
ルイズ: 「……新規下着自動引き落とし口座(リンク)、三名分の強制承認」
私は、すべての良心を奈落へ置き忘れてきた死神のように、冷たく、美しく呟(つぶや)いた。
ルイズ: 「――接続完了(コンプリート)」
私の肩の上のトトは。
もう、それ以上は人類の道徳心の歴史のために、何も言葉を上書きしようとはしなかった。
ただ。 小さく、丸い大福餅の頭を深く垂れ、今度ばかりは本気の哀れみをその赤い瞳に込めて。
トト: 「……お姉ちゃんら、南無阿弥陀仏(ごしゅうしょうさま)やで、ホンマに」
とだけ、ボソッと呟いた。

私のTシャツの裾の陰で、床のカメ吉までもが。
カメ吉: 「キュィ……(南無三や……、衣服の神様、どうかお姉さんたちのパンツを哀れんでくださいやで……)」
と、自らの甲羅をガタガタと震わせ、なぜか共犯者としての凄まじい気まずさから、そのつぶらな瞳をそっと斜め下の床へと逸(そ)らしたのだった。
そして。
首席魔女・ルイズは。
自ら進んで高効率な『魔力弾頭(下着の重ね着予備燃料)』の接続契約を完了させてくれた、哀れで気高き三人の女性局員たちへ向かって。
静かに、地獄のパージゲート(門)を威風堂々と開くように告げたのだ。
ルイズ: 「それでは、お国の上層部の皆さん――」
私は、ぶかぶかTシャツの襟元から覗(のぞ)く白磁の首を少しだけ傾げ。
その口元だけを、ほんの少し、夜空に浮かぶ邪悪な三日月のように美しく笑わせた。
ルイズ: 「――私の等価交換の大魔法(おパンツ水蒸気爆発)の全容を、その網膜へ、とくとお見せいたしますわ」
王国国家保安局・地下第一魔法測定演習室。
分厚い特殊合金の装甲と、高位の古代防魔呪符によって幾重にも完全封印された、お国が誇る最高強度の閉鎖空間。 その中央に鎮座する、巨竜のブレスすら無傷で耐え凌(しの)ぐという巨大な黒鋼(くろがね)の標的を前に、ルイズは虚空に浮かび上がった最終起動確認の魔導ホログラムを、静かな科学者の瞳で見つめていた。

その周囲には――これから自分たちの社会的尊厳に、いかなる歴史的惨劇(バグ)が降りかかるのかを未だ一ミクロンも理解していない、三人のうら若きエリート女性局員たち。
少し離れた絶対安全圏の防護障壁の裏には、ぶかぶかTシャツ姿のシャルロットと二人の取り巻き、そして全てを諦めた使い魔のトトとニート魔獣のカメ吉。
密室の空気は、極限まで引き絞られた弓の弦のように重苦しく、痛いほどの戦闘的緊張感を孕(はら)んでいた。
エレナ: 「……それで、ルイズ殿?」
特務捜査官のエレナが、少し苛(いら)立ちを滲(にじ)ませた鋭い声で重苦しい沈黙を破った。
エレナ: 「システムの接続(リンク)は完了したはずです。 まだ、何か不条理な事前準備のプロセスが必要なのですか?」
ルイズ: 「ええ、当然です」
私は、一切の感情の読めないポーカーフェイスの横顔で深く頷(うなず)いた。
ルイズ: 「あと少しだけ、因果律を書き換えるための触媒(コスト)のパラメーターを、高精度に微調整します」
私の白く細い指先が、鈍い銀色に光る指輪の演算コアの上を流麗に滑る。
半透明の青白い光の数式が、閉鎖空間に滑らかな幾何学の軌跡を描いて広がっていった。 そこには、先ほど三人のエリート局員たちが自らの意志で誇り高く承認(タップ)した、強固な共有リンク口座の情報。
そして――そのログの直下に、世界の規律を破壊する次なる無慈悲な実行コマンド(バグ)が、静かに点滅して表示される。
『 STATUS; EQUIVALENT EXCHANGE (等価交換パージ対象コスト引き落とし先) / リンク対象者三名の全衣類(下着含む) 』
ルイズ: 「……」
私は、おもむろに振り返ってエレナたち三人の上から下までを、まるで市場のバーゲンセールで上質な魔導布地(アセット)を値踏みするような鑑定士の目でじっと見つめた。
ルイズ: 「……なるほど。 国家の威信をそのまま体現するような、実に贅沢で、素晴らしい仕立ての制服を身に着けていますね」
エレナ: 「……は?」
エレナがその私の不審な視線に、気味が悪そうに眉をひそめた。

エレナ: 「急に、一体何のお買い物の話をされているのですか?」
ルイズ: 「いいえ、何でもありませんよ」
私は、至って真面目な科学者の顔で答えた。
ルイズ: 「防刃、防魔の高度な特殊魔力加工が施された、王宮御用達の最高級の繊維……。 これほど魔力伝導率が極めて高そうな上質な素材(高級爆薬)であれば、今回の事象改変(複合魔法)に必要な戦術的魔力を、お国からどれほど強固に一括確保できるかを脳内で楽しく計算していただけですからね」
エレナ: 「衣服の素材(ただの布地)で、大魔法の魔力を補うというのですか?」
ルイズ: 「ええ、私の等価交換魔法(パージシステム)の仕様においては、それが絶対的な弾薬(コスト)になりますから」
エレナ: 「……一体、どこの禁書の棚にそんな奇妙な魔導理論が存在するのです?」
ルイズ: 「健全なる、多次元等価交換の基本理論(資本主義)ですよ」
エレナ: 「さっぱり言っている意味が分かりませんがね」
ルイズ: 「ご心配なく、特務捜査官さん。 ……そのうち、文字通り『お肌』で痛いほど理解できますからね」
エレナ: 「そのうち、ですか……?」
女性局員たちが、お互いに顔を見合わせて訝(いぶか)しげに首を傾げた。
その直後である。
トト: 「――ちょ、ちょっと待ったぁッ!」
トトが、私の肩の上から大理石の床へとぴょんと力強く飛び降りた。
いつもは世俗を小馬鹿にしたような冷笑的な大福餅の顔が、今度ばかりは珍しく、本気の焦燥のパラメータに染まりきっていた。
トト: 「ルイズはん」
ルイズ: 「何ですか、トト、私の時空演算の邪魔をしないでください」
トト: 「自分、ほんまに今からその悪魔のコマンド(ハッキング)を実戦の全力で実行する気なんか!?」
ルイズ: 「ええ。 彼女たちが国家の威信を賭けて実証証明を強く求めたのですから、科学者として当然の帰結(アンサー)ですよ」
トト: 「いや、平然と『ええ、当然です』とかいうポーカーフェイスで返すところやないねん、自分!!」
トトは短い前肢の指先で、まだ不思議そうにぶかぶかTシャツを見つめている三人の女性局員たちをビシッと突き刺すように指し示した。
トト: 「この不憫(ふびん)なお姉ちゃんら三人とも、これから自らの五体に降りかかる破廉恥極まりない地獄(バグ)の全容を、未だに一ミクロンも脳内で理解してへんぞ!」
ルイズ: 「そうね、確率論的に見ても完全なる無知(ノーガード)状態ね」
トト: 「やったら自分、最低限の人道として、これから起きる恐ろしい物理的結末を事前に正確にシステム解説した方がええんちゃうか!?」
ルイズ: 「失礼な、事前の警告プロセスなら、さきほど完璧に済ませたわよ」
トト: 「一体どこの言語空間でや!」
ルイズ: 「『ご自身の絶対的な社会的尊厳を失う覚悟があるか』って、名門令嬢の目の前できちんと同意確認の承認(ログイン)を踏んだわ」
トト: 「その、あまりにも抽象的で高尚な文学表現だけでな、どこの世界の国家公僕が『数秒後に自分らの身に纏(まと)う衣服と下着が全部跡形もなく吹っ飛ぶ』って脳内翻訳できるねん、ボケ!!」
ルイズ: 「でも、三人は『職務を全うするためならすべてを失う覚悟がある』と、それはもう気高く美しくマッドに宣言したわ。 私はその公僕としての尊い意志(お布施精神)を、科学者として最大限に尊重してあげただけよ」
トト: 「自分なぁ、相手が壮大な勘違いで大義名分を口走ったからって、それを文字通りそのまま実行(一括パージ)に移す狂戦士(バーサーカー)はあかんで!!」
私の男物Tシャツの裾の陰で、カメ吉も慌ててその頑強な甲羅から、ビクンと長い首を限界まで突き出した。
カメ吉: 「キュィッ!(ワイの甲羅まで脱がされそうな超弩級(ちょうどきゅう)の冷や汗やで!)」
ルイズ: 「何よ、カメ吉さん、大袈裟な鳴き声を上げて」
カメ吉: (――ルイズはん、ワイの働きたくない隠居ニートの野生の第六感がな、この完全に密閉されたシールドルームのなかに、国家崩壊・絶滅レベルの最悪な嫌な予感しか検知せえへん言うとるんやわ! ガチでこわいわぁ!!)
ルイズ: 「ただのヒモを自称する亀に心配されるほど、私の多次元計算式は甘くありませんよ。 黙って私の成果(タダ飯)を見ていなさい」
カメ吉: 「キュィィィーーーッ!!(労働基準法を完全に無視した、最悪のブラック魔女やーー!!)」
エレナ: 「――ちょっと、あなたたち全員、そこまでにしなさい!」
特務捜査官のエレナが、あまりにも尋問の緊張感を粉砕するトトとカメ吉の貧困漫才を、鋭い声で制止した。
エレナ: 「さっきから、一体全体何なのですか、その不条理な芝居は?」
彼女は、その額に青筋をぴくりと立て、足元の白い餅と緑の亀を不快そうに見下ろした。
エレナ: 「尊厳がどうとか、衣服の消失がどうとか。 まるで私たちがこれから、人道に反するような不条理な目に遭うかのような言い草ですが」
そして――獲物を狙う猛禽の如き鋭い眼光で、この私を真っ直ぐに睨(にら)みつける。

エレナ: 「ルイズ殿、あなた、本当にあの地下第五層のボスを座標ごと消し飛ばしたという大魔法の数式を、私の目の前で実証証明して見せる気があるのですか?」
ルイズ: 「ええ、もちろんそのつもりですよ。 指輪のシステム接続(ハッキング)はすでに完了していますからね」
エレナ: 「だったら、そのような無駄な使い魔たちとの口頭問答で、不当に時間を引き延ばすような真似(ブラフ)は今すぐやめてください」
ルイズ: 「無駄ではありません。 システムを暴発させないための、極めて必要な実戦前の安全確認プロセス(デバッグ)ですよ」
エレナ: 「言い訳は結構です。 環境パラメータが完璧だと言うのなら――さっさとその大魔法をここで実証してください!!」
高級ランジェリーショップの前で私たちを不条理に包囲した、目の前の女性局員の官僚としてのプライドは、すでに引き返せない臨界点(沸点)に達していた。
ルイズ: 「――そこまで言うのでしたら、よく分かりました」
私は、やれやれとぶかぶかTシャツの肩をすくめてみせた。
そして。
視線の目の前で青白く明滅する、ハッキングされた魔導コンソール画面のリストを、淀みなく流れるような指さばきでスワイプする。
『 STATUS; MAGIC TIER SELECTION (魔法階位選択) 』
表示された多次元リストの最下段。 現代魔導において人類が到達し得る最高峰の特級特異点。
――第十位階。
四元素より、最も空気抵抗の少ない[ 風属性 ]を選択(タップ)。
その不穏すぎるコマンドが執行された瞬間。 私の肩の下で、トトの丸い大福餅のような顔が、恐怖のあまり完全に引きつった。
トト: 「……お、おい、自分。 正気パラメータか?」
ルイズ: 「何ですか、トト、私は至って厳密に計算をしていますが」
トト: 「それ……いくらなんでも、ただの耐久テストの的(ターゲット)に対して、完全なるオーバーキル(過剰火力)のバグちゃうんか!?」
ルイズ: 「そうでしょうか? 標的の質量を考慮すれば最適解ですよ」
トト: 「絶対違うわ、火力が狂っとるわ!」
カメ吉: 「キュィィッ!(冷や汗が止まらへんわ!)」
カメ吉も、大理石の床の上で短い前足をジタバタとバタつかせて全力で首を振った。
カメ吉: (――ルイズはん、それな、正面の黒鋼の的どころか、ワイの絶対防御を誇る頑強な甲羅ごと、生物の細胞レベルで消滅するレベルのクレイジーな熱量やで! 全力でやめとき!!)
ルイズ: 「安心しなさい、カメ吉さん。 ただのニートの亀の甲羅の摩擦熱と比較されるほど、私の時空魔力制御は雑なパラメータじゃありませんからね」
トト: 「自分なぁ、そういう次元の比較の処理の問題ちゃうで、ホンマ!!」
トトが間髪入れずに、私の頬を叩かんばかりの勢いで叫んだ。

私は、正面に鎮座する巨大な黒鋼の標的を、静かな数学者の瞳で見据えた。
ルイズ: 「学術的に何一つとして問題ありませんよ。 すべては私の数式通り、計算の整合性は取れていますから」
トト: 「一体どこの計算が合おとんねん!」
ルイズ: 「この風の第十位階魔法を用いて、正面の頑強な黒鋼ターゲットを原子の塵(ちり)レベルで一瞬にして完全消滅させた直後――間髪入れずに多次元時空魔法を干渉発動させて、室内に発生した爆風と破壊的衝撃波のすべてを『別のパラレル次元(虚無の地平)』へと強制一括転送(パージ)しますからね」
トト: 「……」
トトが、その私のあまりにも前人未到な魔導の応用理論を前に、完全にすべての思考を停止させて固まった。
トト: 「……なぁ、自分」
ルイズ: 「はい、何でしょう、トト」
トト: 「今……自分、さらっと恐ろしいこと言うたんちゃう?」
ルイズ: 「ですから、爆発に伴う環境破壊の余波を、事象の地平の向こう側へと強制的に――」
トト: 「いや、ワイの鼓膜の音声コードには一文字残さず正しく聞こえたわ!」
トトは短い前肢で、その丸い大福餅の頭を激しく抱え込んだ。
トト: 「自分、ほんまに思いつく発想の規模が、単独で国家を物理的に焦土にできるレベルの、救いようのない最悪なマッドサイエンティスト(歩く大災害)やな……!」
ルイズ: 「失礼な。 そんな物騒で非人道的な環境破壊は一ミクロンもしませんよ」
トト: 「現段階で今まさにやろうとしとるやんけ!」
ルイズ: 「発生したすべての有害な爆風(ノイズ)は、多次元の彼方に私が責任を持って綺麗に回収(お片付け)しますから、環境に極めて優しい、完全なる安全省エネ仕様(エコ)ですよ」
トト: 「自分の中の安全基準の概念パラメータがな、最初から根底から完膚なきまでにバグっとんねん、この全裸魔女ーーーッ!!」
国家の最高精鋭であるはずの女性局員たちは、私たちのあまりにも次元の違う高度すぎる特級魔導用語の応酬に、プライドを忘れてぽかんと美貌の口を開けていた。
エレナ: 「……多次元、時空魔法……ですか?」
特務捜査官エレナが、おとぎ話の幽霊でも目撃したかのような目で、信じられないというように小さく呟(つぶや)いた。
エレナ: 「あなた、今さらっと、爆風をパラレル次元の彼方にパージ(お片付け)するとか言いませんでしたか?」
ルイズ: 「ええ、明確に口頭発言しましたよ。 現代時空魔法における、最もクリーンで最先端の応用理論(エコ)ですからね」
エレナ: 「そんな、生ける神話の禁書の中にしか存在しない大魔法、王宮の最高賢者様たちですら理論上扱えるかどうか……っ」
女性局員A: 「……エレナ隊長、私も、今さらになって脳内細胞が猛烈に嫌な予感(エラーアラート)を検知してきましたわ……」
背後に控えるもう一人の女性局員が、急激に血の気を失って顔を真っ白に青ざめさせ、防魔の石壁の際まで後ずさった。
エレナ: 「――でも、だとしてもです……っ!」
エレナは、自らの肉体の底から這い上がってくる本能的な生存恐怖を強引に押し殺すように、その両腕を強く、痛いほどに組み締めた。
エレナ: 「国家保安局の威信をかけて、ここまで因果の深淵に踏み込んだ以上、お国のために真実のログを確認しないわけにはいきませんわ!」
トト: 「お姉ちゃん、ほんまにその正義の暴走を止めるなら、今このコンマ数秒の間が人生最後の、本当のラストチャンスやで」
私の肩の下のトトが、もはや両前肢を合わせて神仏に祈るように、悲痛に懇願(こんがん)する声で言った。
エレナ: 「これが、私たちの絶対に曲げられない高潔な職務(ノブレス・オブリージュ)ですから」
トト: 「ほんまに、後で服の一本すら残らへんくなっても、己の生まれた星を後悔せえへんな?」
エレナ: 「断じていたしません。 我が局が誇る、血と涙の歴史にかけてね」
私は、一切の感情のパラメータを排した透明な瞳で、エレナのその歪みなき覚悟の顔を静かに見つめた。
ルイズ: 「――よろしいですね、特務捜査官さん。 私の計算式にこれ以上の変更履歴(変更)は加えませんよ」
エレナ: 「ええ、望むところですわ、ルイズ殿」
ルイズ: 「次に空間にポップアップして表示される、最終承認のコマンド(起爆スイッチ)をあなたがタップして実行すれば、因果の仕様はもう二度と不可逆です。 多次元の法則上、絶対に後戻りはできませんよ」
エレナ: 「……だから、その仰々しい最終確認の文字列が、一体システム的に何を表しているのかを論理的に説明しなさい!」
ルイズ: 「ただの、あなたがこれから神話級の大魔法の威力をその網膜で視覚的に目撃するかどうかの、形式的な最終セキュリティ承認確認ですよ」
エレナ: 「だったら、何も数理的な問題などないでしょう! さっさと認証をクリアしてください!」
ルイズ: 「――フフ、システム承認、了解いたしました」
私は、すべての良心を奈落へ置き忘れてきた死神のように、口元を美しく釣り上げて微笑んだ。

ルイズ: 「ならば、お国の上層部からのその尊いお布施(衣服資産)――遠慮なく、私の口座へ一括で頂戴いたしますね」
その刹那(せつな)、地下測定室の密閉された虚空のなかに。
エレナたち三人の女性局員の社会的寿命(尊厳)を、原子レベルで木っ端微塵に粉砕する、最後の決定的な暗黒のアラート文字列が浮かび上がった。
『 STATUS; FINAL CONFIRMATION PROCESS (最終確認プロセス) 』 『 METHOD; CRITICAL PURGE / AUTO STRIP MODE (パージ箇所;お任せ一括脱衣モード・全衣類) 』 『 TARGET; REGISTERED ACCOUNT ACTIVE (等価交換強制引き落とし対象;リンク承認済みの対象者全員・計三名) 』 『 SPELL; WIND FORCE TIER 10 (第十位階風属性複合魔法;システム発動準備完了) 』 『 QUESTION; 最終承認(おパンツ天引き)を実行しますか? 』 [ Y ] / [ N ]
エレナ: 「――この光のコマンドをタップすれば、すべての物理的事実が証明されるのですね?」
ルイズ: 「ええ、因果の数式にのっとって。 完全に、完璧にね」
エレナ: 「……」
三人のエリート女性局員は、それぞれ自らの眼前に妖しくポップアップして浮かび上がった、[ Y ]の文字盤を凝視した。
その細い指先を近づけた瞬間、ほんの少しだけ、生物的な野生の本能が 「それに触れてはならない」 と脳内でけたたましく警鐘を鳴らし始める。
しかし――。
エレナ: 「……迷わず、システムを承認(タップ)しましょう」
女性局員A: 「ええ、エレナ隊長」
女性局員B: 「すべては、我が局に課せられた聖なる職務(ノブレス・オブリージュ)ですもの」
三人の国家最高捜査官が。
完全なる同時のタイムラインで。
自らの誇り高き指先を伸ばし、[ Y ]の実行起爆スイッチを深く押し込んだ。
――カチン。
運命の非情な歯車が噛み合う、電子的な駆動音が静寂の地下室に鳴り響いた。

――まさに、その直後であった。
地下の密閉されたシールドルームの『世界』が、物理的な質量と戦慄を伴って、コンマゼロ秒で完全停止(フリーズ)した。
エレナ: 「……え? これは、時空の結界のバグ……っ!?」
エレナが、急激な気圧の変動に息を呑(の)んで、弾かれたように顔を上げた。

足元の大理石の床。 幾重にも張り巡らされた防壁の壁面。 遥か高い頑強な天井。 ……この密室の空間そのものの多次元構造(インベントリ)に対し、淡く青白い光の幾何学線(回路)が、まるで毛細血管の如き恐るべき逆流速度で爆発的に走り抜けていく。
女性局員A: 「な、なに……この不気味な魔力の流動は……っ」
次の刹那(せつな)。
地下第一魔法測定室の全域を完膚なきまでに覆い尽くすほどの、巨大かつ複雑怪奇な『多重魔導立体魔法陣』が、私たちの眼前の虚空へと不気味に展開された。
黄金のメイン円。 その外側に、さらに世界の時計の針を逆回転させるような漆黒の同心円。
無数の、見たこともない古代魔導文字の明滅。
 神の領域(バグ)に完全に踏み込んだかのような、複雑すぎる並列演算の数式の流動。 現世の最高賢者たちすらも一生をかけて理解し得ない、多次元の論理構造。
それは、冷たい石畳の地面だけではない。 空中のあらゆる虚空にも。 防魔の壁面にも。 合金の天井にも――。

幾重にも立体的に重なり合った巨大な事象の陣が、まるで『世界そのものの因果律(プログラム)』を私の脳内家計簿に従って書き換えるように、轟音を立てて駆動を開始したのだ。

――ゴォォォォォォォォォン…………。
室内を満たしていたすべての大気が、人類の限界値を突き抜けた天災級の魔力密度に耐えきれず、激しく引き裂かれるように悲鳴を上げて震え出したのだった。
女性局員B: 「……っ」
国家保安局の最高精鋭であるはずの女性局員たちは、目の前の空間で駆動を開始した、そのあまりにも神話的スケールの異常事態を前にして、完全に言語機能を喪失して凝固した。

エレナ: 「……ちょっと、待ちなさい、ルイズ殿」
特務捜査官エレナが、完全に乾ききった喉の奥から、冷や汗を流しながら悲痛な声を絞り出す。
エレナ: 「これ……冗談(データ)ではないわ……」
もう一人の上級局員が、自らの足元を這(は)い上がる戦慄(せんりつ)にガタガタと全身を震わせ、蒼白な顔を引きつらせた。

女性局員A: 「本当に、人類の到達不可能なはずの第十位階……!?」
女性局員B: 「嘘でしょ、お役所のシステムエラーよ……っ」
女性局員A: 「ちょっと、待ってください、こんな不条理……!」
三人のエリート国家公僕が。 同時に、弾かれたように。
この多次元空間に破滅のバグを撒き散らしている諸悪の根源――ルイズの無表情な顔を凝視した。

エレナ: 「――待って待って待って、あり得ないでしょう!?」
ルイズ: 「え? 何がですか、特務捜査官さん」
エレナ: 「本当に、国家を一瞬で地図から消去できるレベルの第十位階・戦術級殲滅(せんめつ)魔法なのですかっ!?」
ルイズ: 「そう実証実験の前に、正確な音声データとして事前に申告したじゃないですか」
エレナ: 「そんな、お役所の書類の認印(ハンコ)をポンと捺(お)すような、気軽で軽い文字面のテンポで言わないでくださいまし!!」
女性局員A: 「ルイズさん、ここは地下の完全なる密閉空間ですわよ!?」
ルイズ: 「空間の正確な体積データなら、ハッキングの初期段階で完璧に脳内把握していますよ」
女性局員B: 「こんな退路のない閉鎖空間でそんな天災級の熱量を射出したら、正面の標的(ターゲット)どころか、この国家保安局の本部ビルごと王都中央区画が木っ端微塵に吹き飛ぶ可能性が百分率で――!!」
ルイズ: 「――何一つとして問題ありません、大丈夫です」
私は、一切の人間的な感情の起伏を排した平坦な声で、至って静かに言い放った。

ルイズ: 「すべては事前シミュレーションの計算式通りですよ。 風の第十位階魔法が標的を粉砕するのとコンマ一秒の誤差もない同時タイミングで、多次元時空魔法を干渉駆動させ、部屋のなかに発生した破壊的爆風と膨大な熱量のすべてを『虚無の地平(異次元)』へと強制一括送還(パージ)しますからね」
エレナ: 「……」
女性局員A: 「……」
女性局員B: 「……え?」
お国の上層部で数々の難事件を処理してきたエリート官僚たちの論理的思考回路(ロジック)が、ここに至って完全にショートし、地下測定室に致命的な沈黙が落ちた。

エレナ: 「あなた……一体さっきから、世界のどこの言語空間(なに)を言っているの……?」
ルイズ: 「ですから、私の魔導演算によって次元の断層(亀裂)を意図的に構築して――」
エレナ: 「じ、次元……!?」
ルイズ: 「ええ、そうです」
エレナ: 「そもそも、次元魔法(そんなもの)って、一体何ですのよ!?」
ルイズ: 「多次元の時空座標を私の脳内家計簿に従って操作する、極めてクリーンな応用魔法ですよ」
エレナ: 「――お役所の人間が、何一つとして納得のいく科学的な説明になっていませんわよーーーッ!!!」
その絶対的な拒絶の叫びが響いた瞬間。

首席魔女・ルイズの静かな視線が、一直線に中央の巨大な黒鋼の標的(ターゲット)へと射抜くように向けられた。
虚空の魔導ホログラムに、深紅の巨大な警告文字が不気味に浮かび上がる。
『 TARGET LOCKED ON (射出座標固定) 』
エレナ: 「――待って、お願いだから今すぐやめてくださいまし!!」
特務捜査官エレナが、この世の終わりを悟ったかのような悲鳴を上げて、必死に鉄の机の向こうへ手を伸ばす。

エレナ: 「今なら、まだ因果のシステムを取り消せる――」
私は、その国家保安局の必死の懇願を冷酷にスルーし、指先で銀色の変調指輪の最終ハッキングコアへと触れた。
ルイズ: 「――多次元因果律・『事象発動(イグニッション)』」
その冷徹な宣告が下された刹那(せつな)。
密閉された地下魔法測定室の『世界』から、すべての物理的な大気の振動(音)が綺麗に消滅した。

――そして。 コンマ数秒の、神聖な静寂の後。 鼓膜を内側から破壊せんばかりの圧倒的な地響きの如き大轟音。 視界の全てを純白の一色に染め上げる、網膜を焼くほどの猛烈な閃光。
暴虐なる暴風。
空間に存在するすべてを分子レベルで切り裂く、神の振るう刃の如き、超圧縮された真空の風の奔流が、一直線に黒鋼の標的へ向かって解き放たれたのだ。

最高強度のシールドルームを満たしていた空気が、いや、次元の空間構造そのものが、その天災級の質量に耐えきれずに断末魔の悲鳴を上げて激しく歪(ゆが)む。

女性局員A: 「きゃああああああああああああああっ!!」
女性局員B: 「お国のために殉職して、人生終わったあああああああっ!!」
エレナ: 「衣服の繊維ごと、骨も残らず死ぬうううううううううううっ!!」
三人のエリート女性局員が、自らの死を百分率で覚悟し、涙を流して絶叫した。
――しかし。
その王都を更地に変えかねない破壊の嵐は。
彼女たちの高潔な肉体には、美しい髪の毛一本すら、物理的な熱量として届くことはなかった。
正確には――物理的な因果の波動は、彼女たちの五体(身)へと確実に届いていた。
ただし。 その災害の被害範囲における『すべての数値』が、私の天才的な脳内家計簿によって、極限まで一ミクロンの誤差もなく完璧に計算され尽くしていただけなのだ。
――轟ォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!

部屋の中央に誇らしげに鎮座していた、巨竜のブレスすら防ぐはずの頑強な黒鋼の標的が。
ほんの一瞬。 瞬きをする隙すらなく。 世界から完全に『消滅』した。
粉々に砕け散ったのではない。 衝撃波で後方に吹き飛んだのでもない。 そこに確かに存在していた絶対的な物質の質量が、因果の熱量によってコンマ一秒で原子レベルの塵(ちり)となり、さらにその粉塵すらも超高温のプラズマへと置換され、多次元の彼方へと吸い込まれるようにして完全に消え失せたのである。

その天災級の破壊の嵐が部屋を飲み込む、まさにその直後。

ルイズ: 「――多次元時空魔法・『事象固定(ディメンション・フィックス)』」
首席魔女・ルイズの静かな宣告とともに。
地下測定室の中央、つい先ほどまで強固な黒鋼の標的が鎮座していた空間が、パックリと、まるで世界の裂け目のように不気味に引き裂かれた。
深淵の黒。 光の粒子すらも決して逃れることのできない、漆黒の虚無の時空亀裂(ブラックホール)。

エレナ: 「……え、あ……っ?」
特務捜査官エレナたち三人の女性局員は――自らの死の恐怖パラメータに大粒の涙を流しながら。
この世の絶対的な規律(ルール)を完膚なきまでに逸脱した、その悍(おぞ)ましくも美しい終末の光景を網膜に焼き付けた。
風の第十位階魔法という天災がこの密室に生み出した、凄まじい破壊の暴風が。 本来なら測定室を木っ端微塵に粉砕して飛び散るはずだった瓦礫(がれき)も。 原子の粉塵も。 数万度を超える超高温のプラズマ熱量も。 世界を揺るがす破壊的な波動衝撃波も――。

その破壊のパラメータのすべてが。
目に見えない巨大な時空の掃除機に強制吸引されるようにして、その空間に口を開けた次元の亀裂の向こう側(虚無の地平)へと、一切の音もなく、流動的に飲み込まれて消え去っていくのだ。
そして――。
その悪魔のお片付け(エコシステム)から、わずか数秒の時間経過の後。

……地下のシールドルームに訪れたのは、完全なる、絶対的な静寂(しじま)。
床や虚空を彩っていた多重魔法陣の五色の光が、役目を終えてフッと消える。 荒れ狂っていた真空の暴風も。 空間を噛み千切っていた次元の亀裂も。
何もかもが、初めからこの世界の歴史に存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと空間から消え去っていた。

あとに残されたのは――跡形もなく、原子の一粒すら残らず消滅した、あの巨大な黒鋼の標的のあった虚しい虚無の空間だけ。
そして。
その最高強度を誇る測定室の中央の床で、恐怖のあまり完全に腰を抜かして水溜りの上にへたり込んでいる、三人の可哀想な国家のエリート女性捜査官たちであった。
エレナ: 「……」
女性局員A: 「……」
女性局員B: 「……」
物理的には、完全無傷。
指先一つに怪我などない。 細胞に痛みもない。 白磁の肌に血の一滴すら流れていない。
これ以上ないほどに、完璧なまでの、安全な多次元魔法の制御出力。

――ただし。

彼女たち三人が、お国の誇りと威信をかけて自らの五体に身に纏(まと)っていた『すべての衣服』だけが。
王国国家保安局が威信を賭けて特注したあの防魔の黒制服も。 上質な防刃シャツも。 高価な革靴も。 お揃いの黒い靴下も。
そして――乙女としての絶対に突破されてはならない、最後の絶対防衛ラインであったはずの『下着(おパンツ)』に至るまで。
共有リンク口座に登録されていた、三人の全衣類という物質的質量が。 先ほどの第十位階風属性複合魔法を起動するための『等価交換のコスト(燃料)』として。
――綺麗さっぱり、風通しの良い因果の彼方へ、完全消滅(引き落とし)していたのである。

ルイズ: 「……」
ルイズは、中指の銀色指輪から網膜へと直接流れてくる、因果の清算完了データ(残高)を静かに確認した。
ルイズ: 「システム共有による触媒の強制天引き、第一フェーズ(制服)、および第二フェーズ(下着)。 ……私の数式通り、一クローネの誤差もなく完璧な成功(コンプリート)ね」
エレナ: 「……」
女性局員A: 「……」
女性局員B: 「……」
地下特別測定室の中央で、三人のエリート女性局員は――完全に、自らの脳内演算ハードディスクの理解プロセス(ロジック)を停止させて固まっていた。

やがて。
一人の上級局員が、エアコンの効いた涼しい地下室の冷気(風)を、普段は絶対にあり得ないはずの『全身の素肌』に直に感じて、自らの置かれた凄絶(せいぜつ)な状況を数理的に理解した。
女性局員A: 「……あ、あ、あれ……?」
鉛の如き、絶対的な沈黙。

女性局員A: 「……あ、ああ、嘘……嘘でしょ、ああああ……っ!?」
もう一人の捜査官も、自らの完全ノーガードとなった無防備な白い身体を、恐怖に震えながら見下ろした。
女性局員B: 「……っ」
そして――次の刹那。
エレナ・女性局員A・女性局員B: 「――きゃああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
三人の乙女の悲鳴は、寸分の狂いもない完全な同時のタイミングであった。

国家保安局の最高精鋭(エリート)としての格式高き矜持(プライド)を、一瞬にして世界の彼方へすべて投げ捨てた、全力の。
一人のうら若き女性としての、魂の最奥底からの、この世を呪うような大絶叫であった。
女性局員A: 「わたくしたちのお洋服(制服)が丸ごと全部消え去っとるわああああああっっ!?」
女性局員B: 「なんで、どうして、怪我一つないのにおパンツまで跡形もないのよおおおおおえええええ!!」
エレナ: 「『社会的尊厳を失う覚悟があるか』って、こういう最悪な不条理(全裸化)のケースの計算式だったのよおおおおおええええええええッッっっ!!!」

トトが。
再び這い上がってきた私の肩の上で、今度ばかりは静かに、本気の同情をそのつぶらな赤い瞳に込めてパチパチと目を閉じた。
トト: 「……せやから、ワイが人生最後の本当のログとして忠告したやろ、お姉ちゃん。 床に四つん這いに這いつくばって泣き崩れることになるからやめとけって」
カメ吉: 「キュィ……(南無阿弥陀仏や……、乙女の神様、どうかお姉さんたちのパンツの質量を哀れんでくださいやで……)」
カメ吉も、自らの頑強な甲羅の中にのそりと首を完全に引っ込めて、気まずそうにその瞳を右斜め下の床へと逸(そ)らした。
カメ吉: 「ワイ、ニートの身分として何にも見てへんからな、セーフや」

ルイズ: 「ちょっとカメ吉さん、今、その小さな瞳を爛々(らんらん)と輝かせて思いっきりガン見してたわよね?」
カメ吉: 「見てへん言うとるやろ、気のせいや」
ルイズ: 「ただの亀がいくら器用に目を閉じても、さっきまでお姉さんたちを凝視していたあなたの網膜のハードディスク記憶(データ)は、一ミクロンも消去されませんよ」
カメ吉: 「キュィィ……(自分、そういう多次元の痛いとこばっかり的確に突いて論破するなや……っ)」
可哀想なエリート女性局員たちは。
冷たい大理石の床の上で、お揃いの生まれたままの姿(聖裸)でガタガタと小刻みに震えていた。 社会的死の絶望に大粒の涙をボロボロと流して、完膚なきまでに泣き崩れていたのだ。

そして――その屈辱の涙目のまま、全ての諸悪の根源(バグ)である、この私のポーカーフェイスを激しく睨(にら)みつけてきたのである。
エレナ: 「……あなた……ルイズ、殿……」
特務捜査官エレナが、床に四つん這いに崩れ落ちたまま、歯の根も合わないほど全身を震わせて、その細い声を絞り出した。
ルイズ: 「何でしょうか、私の完璧な風の魔導実証について、何か数理的なご質問ですか?」
エレナ: 「……地下第五層の、あの神話級の怪物ボスを……」
ルイズ: 「ええ、世界の守護者ですね」
エレナ: 「……まさか、これと全く同じ、非人道的で破廉恥極まりないシステム(方法)で消し飛ばして倒したというのですか……っ!?」
ルイズ: 「いいえ、学術的に厳密に言うなら、今回は似たような因果の応用ですがね」
エレナ: 「似たような……?」
ルイズ: 「奈落での実戦ログデータを冷静に解析した結果、本日は共有リンク接続した他人の高級制服(コスト)を裏から一括ハッキングして引き落とすことで、私自身の服をパージさせることなく、前回よりも数段『洗練(アップデート)』させて最高効率化しただけですよ」
エレナ: 「……」
お国の上層部で数々の魔導犯罪を暴いてきた、三人の優秀な捜査官たちの思考回路(ロジック)が。 今度こそ完全に、脳内から真っ白な絶望の白煙を上げて完全停止(フリーズ)した。
その、公序良俗が原子レベルで大破した地獄の如き惨状のすぐ横で。
シャルロットが、そっと自らの魔法のアイテムバッグのチャックを、一人の大人の聖女のような厳かさで開いた。
シャルロット: 「……可哀想な、王国国家保安局の皆さま」
三人の全裸の女性エリート局員たちが、屈辱の涙でぐしゃぐしゃになった顔を、震えながら一斉に上げた。
シャルロット: 「――どうぞ、こちらの物資をお使いになって」
シャルロットが、ぶかぶかTシャツの生足を滑らせて差し出したのは。 真っ白で清潔な、仕立ての良い大きな一枚のシーツであった。
エレナ: 「……」
女性局員A: 「……あ、あ……」
女性局員B: 「……っ」
シャルロットは、多くは言葉を語ろうとはしなかった。
三人の生まれたままの姿(聖裸)で小刻みに震える白い裸の肩へと、そっと、すべてを優しく包み込む慈愛に満ちた手つきで、大きなシーツを美しくかけてあげたのだ。
エレナ: 「……あ、あ、ありがとうございます……っ、ヴァーミリオン公爵家のご息女の優しさが、骨に、素肌に染みますわ……っ」
隊長のエレナが、生まれて初めての激しい嗚咽(おえつ)を漏らしながら、涙声で名門令嬢へ最大限の礼を言う。

するとシャルロットは、自らのぶかぶかTシャツの襟元を優しく整えながら、少しだけ、人生のすべての不条理の深淵を覗(のぞ)いて悟りを開いたかのような、どこまでも美しい遠い目をした。
シャルロット: 「……いいのですわ、気になさらないで。 わたくしたちも、つい昨日、あの奈落の第五層で、あなたたちと全く同じおパンツ強制引き落としという『絶対的な絶望の道(ルート)』を、社会的尊厳を割り勘して通ってきましたのよ」
エレナ: 「……え、あのヴァーミリオン家のお嬢様が、私とお揃いの全裸に……っ!?」
シャルロット: 「――だからこそ、強く、気高く、この風通しの良い現世を生きなさい、お姉さんたち」
シャルロットは、なぜか少しだけ、全裸パージの歴史を潜り抜けてきた『歴戦の最高位勇者(マウント)』のような、圧倒的な大先輩としての威厳ある風格を全身から神聖に漂わせていたのだった。
その、尋常ならざる尋問室の奇妙な光景を見て。
トトが、私の肩の上からだらしなくずり落ち、短い前肢で自らの額を深く、痛ましげに押さえた。
トト: 「……なんやこれ、現世で最も見たくない、衣服を全損させられた被害者同士の『最悪の脱衣連帯感』がバグを起こして爆誕しとるがな……」
カメ吉: 「キュィ……(美しい、乙女たちの不憫な友情の数式やで……)」
カメ吉もまた、部屋の一番隅っこで緑の短い首を深く縦に振り、なぜか同じ露出の犠牲者として深く感動して涙ぐんでいた。
首席魔女・ルイズは。
その湯煙の向こう側で繰り広げられているような、不条理で感動的な全裸の光景(バグ)を完璧に脳内から無視(パージ)して、ゆっくりとシーツに包まるエレナの顔を見下ろした。
ルイズ: 「――これで、私の実力と魔導ポテンシャルの証明プロセスはすべて完了しました」
私は、一切の感情のパラメータが読めない平坦な声で、極めて淡々と告げた。
ルイズ: 「これによって、この私という天才が、単独で地下第五層の主を世界の座標から消し去ったこと。 そして、今そこの鉄の机の上に無造作に置かれているドロップコアが、間違いなく正真正銘の『本物』であること。 ……論理的かつ数理的に、完膚なきまでに理解していただけましたね?」
エレナ: 「……」
特務捜査官のエレナは。 シャルロットから恵んでもらった真っ白なシーツの布地を、自らの細い指先が白く強張(こわば)るほどに強く、きつく握り締めながら。
屈辱の涙が溢(あふ)れる瞳で――何度も、何度も、その細い首の骨がもげて床に転がり落ちるのではないかと思うほどの勢いで、激しく縦に頷(うなず)いた。

エレナ: 「……はい……っ、私の負けですわ、完全に本物の神話の魔力ですわ……っ」
ルイズ: 「王宮の宝物庫や、どこかの他国のスパイから不当に強奪してきた盗難資産でもありませんね?」
エレナ: 「……はい、不法なデータの紛失ログなどどこにもありません、おっしゃる通りですわ……っ」
ルイズ: 「国家保安局としての、この私に対する不当な公式任意同行(取り調べ)は、これですべてノーエラーで終了(クリア)ということでよろしいですか?」
エレナ: 「……はいぃぃ……っ! すべて、全面的に私たちの完全な処理ミス(バグ)でしたわぁぁ……っ!!」
私は、そのお国の上層部のお姉ちゃんの悲痛な全面降伏の返答を受け、ようやく満足そうに深く、顎を引いて頷いた。
ルイズ: 「システム承認、よろしかった」
そして――。
本日のお買い物ツアーを開始して以来、今日一番の、一ミクロンの邪悪なパラメータも混ざっていない、最高に無邪気で美しい満面の営業スマイルをその白磁の顔に浮かべたのだ。
ルイズ: 「じゃあ、私の完全なる無実の証明のデバッグもすべて終わったことですし」
私は。
地下の測定室全体に響き渡るような、極めて明るく健やかな声音で、本来の最優先タスクを堂々と要求した。
ルイズ: 「――そちらのお国との口頭契約通り、私の分の『美味しいお肉の入った特給のお弁当(タダ飯)』を、現時刻をもって今すぐ至急出してもらえますか?」
エレナ: 「…………」
社会的尊厳を原子の塵(ちり)レベルでパージされた特務捜査官エレナは。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、その一国を揺るがすほどの美貌の顔をゆっくりと上げ。
自らの細い喉の奥底から、血を吐くように絞り出すような、小刻みに震える声で――。
エレナ: 「……ただちに、局の厨房へ特急の手配を、いたします……ルイズ、様……っ」
と。
国家の暗部としての誇りをすべてへし折られ、完全なる敗北と神への畏怖(いふ)を込めた、最上級の不憫(ふびん)な敬語で、そう静かに答えたのだった。

――こうして。
王国サイバー監視局の最先端ハッキングシステムを一時的に震撼(しんかん)させ、王国最高峰の捜査機関たる国家保安局の上層部を恐怖のどん底へと激しく揺るがした、あの『地下第五層ボスドロップ箱の違法オークション直出し出品大事件』は。
国家の栄光を背負った三人のエリート女性捜査官の、国家への尊い忠誠心と――何よりも『うら若き乙女としての完全なる社会的尊厳(おパンツ)』を、等価交換の無慈悲な代償として一括強制引き落としするシステム(身代わり)と引き換えに。
主犯格であるルイズの『本日の昼食代を完全に浮かせる(タダ飯の獲得)』という、天秤(てんびん)がバグを起こして粉砕するほどに極めて矮小(わいしょう)でドケチな、現世のミクロな目的の形で。
――ある意味において、極めて平和的に、その長きにわたる不条理の幕を閉じたのである。
ただ――王国の魔導の歴史が大きくバグを起こしたこの日を境に。
王国国家保安局が命よりも厳重に管理している内部極秘マニュアルの記述に対し、未来の全裸化を防ぐための、たった一つの極めて厳格な最重要特記事項が極秘裏に追加されることとなったのだ。
『 対象コード名 ; ルイズ(別名;聖裸の魔女)。
予測脅威度 ; 測定不能(王国の常識および国家崩壊レベル)。
特務対応プロトコル ; 当対象は法的な犯罪者(サイコパス)ではないが、今後はいかなる多次元事象におきましても、絶対に関与・敵対行動をとってはならない。
 ――特に。 対象の指輪から未知の魔導ハッキング通信『共有リンク口座(Y/N)』のホログラム画面を目の前へ提示された際は、国家への神聖なる忠誠心や、職務上の義務の如何(いかん)を一切問わず、自らの衣服(下着)を守るために、迷わず全力の最高速度で[ N ]のコマンドをタップしてログアウトすること 』
それは――身(とすべての衣服および乙女の尊厳)を挺(てい)して不条理な地雷を踏み抜いた、三人の勇敢なるエリート女性捜査官が、涙ながらに王国へもたらした、これ以上ないほどに風通しの良い偉大なる歴史的教訓(データ)であった。
◇
――その数十分後。
国家保安局が誇る、最高峰の防魔厳重結界によって完全に守護された本部の地下食堂において。
首席魔女・ルイズは、要求通りにお国――正確にはエレナの手配によって、人道的見地から無償提供された、大盛りの特注高級お肉弁当を、暗算の必要もない滑らかな速度でペロリと三杯綺麗に平らげた。
そして。
ルイズ: 「……フフ、さすがは国家機関の裏の食堂ですね。 この上質なステーキ肉、コストパフォーマンスも脂の乗り(味)も、私の脳内家計簿の計算から見て意外と悪くない、極上のリソース(資産)ですわね」
と――心底からお財布の中身を守り抜いた満足感に浸りながら、最高に幸せそうな笑顔を浮かべて、無邪気にポツリと呟(つぶや)いた。
その、自らの尊厳を吸い上げて人工精錬(爆売)された特級大魔法の元凶による無邪気な言葉を、廊下の向こうから環境音(BGM)として耳に受けた、特務捜査官のエレナたち三人の全裸のお姉ちゃんたちは。
なぜか。
誰もいない静かな地下食堂の隅っこの片隅において、シャルロットから恵んでもらった真っ白な官給シーツをその白い指先が千切れるほどきつく、強く握り締めながら。
失われた、あの誇り高き漆黒の国家制服(と、二度と戻らない乙女としての社会的尊厳)の質量を思い――ただ静かに、声の一文字すら出すこともなく、大粒の涙を床へとボロボロと流し続け、静かにむせび泣き続けるのであった。

知らぬは、美味しいお肉(タダ飯)の味に脳内を支配されている、銭ゲバ首席の胃袋ばかりなり。

―――(第07章『聖裸の魔女と、失われた三人の尊厳』・本章完全完結)―――

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あらすじ 王立サイバー情報監視局の地下深部で、魔導光が明滅する静寂の大空間に膨大なデータが集約され、日常的な偽出品や悪質なノイズを自動スクリーニングと監視官の目で捌く日々が続いていた。 ところが若い監視官が王国公認オークション上に常識外れの魔力光点を検知し、先輩監視官の緊急招集で全フロアが騒然となる。 画面に映ったのは「地下第五層守護者《大地の番人》討伐証明素材」の正規出品で、開始価格八十万クローネ、即決百万クローネという現実離れした情報だった。 出品者名は暗号化された「ルイズ」とのみ記され、既知の特級冒険者データベースには一致がない。 監視官たちは高精度フェイクを疑うが、画像認証、魔力密度解析、登録魔力波形の照合が全て完全通過し、偽装可能性は急速に低下する。 物理現物の直接確認だけが未了ながら、統計的にも常識的にも説明不能な「本物」である確度が跳ね上がった。 先輩監視官の号令で室内は硬直し、王国の最高機密に個人名義で触れる暴挙が現実化したことへの恐怖が広がる。 やがて全端末に緊急投影された出品画面を前に、誰もが神話級存在のドロップが正規市場に流れた事実を飲み込めず、沈黙と動揺だけが積み重なる。 内部では「遠隔偽装」の仮説が検討されるも、検証網を抜けたデータ整合が逆に疑念を焼き切る。 背後で同時進行していた国家保安局の特務取調でも、ルイズの実力検証が進み、彼女が単独で地下第五層の主を座標ごと消し去った可能性が濃厚となる。 尋問室では、予期せぬ「全裸パージ」の連鎖が発生し、シャルロットが不屈の先達のように乙女たちへ風通しの良い生き様を説く異様な連帯感が生まれる。 トトとカメ吉はこの不条理な友情を嘆きつつも感傷的に見守り、場の理性は崩壊寸前となる。 ルイズは湯煙の向こうの騒ぎを切り捨て、机上のドロップコアが本物である論理的証明を淡々と提示する。 特務捜査官エレナはシーツを握り締めて屈辱に震えながら、魔力の真正と出自の正当性、盗難ログの不存在を全面的に認める。 国家保安局による任意同行は「全面的処理ミス」として終了が宣言され、ルイズは静かに「システム承認」を下す。 続いて彼女は契約通り「特給のお弁当」を至急提供するよう明るく要求し、局側は最敬語で即時手配を約束する。 こうして王国全体を騒がせた「地下第五層ボスドロップ違法直出し出品事件」は、主犯の目的が「本日の昼食代を浮かせる」ことだったという拍子抜けする結末で、皮肉にも平和裡に決着した。 だが代償は重く、三人のエリート女性捜査官は国家への忠誠と乙女としての社会的尊厳を一括で失う。 事件後、国家保安局の極秘マニュアルには「対象コード名ルイズ(聖裸の魔女)」への対応として、測定不能の脅威度と「決して関与・敵対しない」鉄則が追記される。 特に彼女の指輪が提示する未知の共有リンク口座画面に遭遇した場合は、忠誠や職務を問わず衣服と尊厳を守るため即座に[N]でログアウトすべし、と明記された。 これは全裸の地雷を踏み抜いた三人が涙で刻んだ、風通し良すぎる歴史的教訓である。 数十分後、最高峰結界で守られた地下食堂にて、ルイズは特注高級お肉弁当を三杯平らげ、国家機関食堂のコストパフォーマンスを高く評価する。 廊下越しにその無邪気な満足の独り言を聞いたエレナたちは、誰もいない隅で白い官給シーツを握り締め、失われた黒い制服と二度と戻らぬ尊厳の重さに沈黙の涙を流す。 銭勘定に満たされた首席魔女の胃袋だけが幸福に満ち、世界の理不尽さに拍車がかかる。 監視局側では、出品の真正性とルイズの行為が国家システムの盲点を突いた事実として共有され、以後の監視体制強化が急務となる。 ギルドの正規ルートを逆手に取った「合法の顔をした非常識」は、審査アルゴリズムの再設計を迫る致命の教訓となった。 事件は、神話級リソースの市場流通が王権と情報統治に及ぼす影響を可視化し、権力中枢の常識を根底から揺さぶる。 ルイズは法を逸脱せずに境界線を跳ね回る「測定不能の変数」として刻印され、対処不能の存在として半ば神話化される。 シャルロットの「風通し良い生」を謳う姿は、羞恥を超えた奇妙な励ましとして残り、被害者同士の連帯は痛みと笑いの境界で揺れる。 トトとカメ吉のメタ的嘆息は、事件の滑稽さと悲哀を同時に映し出すコロスとなった。 国家の最先端監視と保安の現場で起きたこの断層は、強固な制度ほど滑稽な穴を抱えるという逆説を露呈する。 情報の心臓部であったはずの監視局は、その日を境に「常識フィルタ」の再定義を迫られた。 以降、王国は神話資産の流通管理において、個人の天才と組織の手続きをどう接続するかという難題に直面する。 事件の直接的損失は少額の昼食代に集約されたが、間接的衝撃は制度、倫理、尊厳、そしてユーモアに至るまで遠く波及した。 ルイズが残したのは財貨ではなく、測れぬ自由と節約精神が国家権力を翻弄し得るという、軽やかで重い真理である。 そして最後に、涙を飲み込む三人の背に流れた沈黙は、権威の衣をまとっていたはずの尊厳が、時に一枚のシーツより脆いことを示す静かな証言となった。 なお、監視官たちの朝を彩っていた「魔王の爪」や「初代王の歯ブラシ」の虚飾は、この日を境に意味を失い、本物のバグは制度の中枢に棲むと皆が知った。 事件は可笑しみと痛みを併せ持つまま、第七章の幕を引き、王国史の片隅に「聖裸の魔女」と「失われた三人の尊厳」の名を深く刻み付けた。
解説+感想+採点もちろんです。 今回は第7章全体(約4‚000行)を読んだうえで、解説+感想+商業作品目線の採点をします。
まず結論から言うと――
総合評価:87点/100点
コメディとして非常に強い回です。 特に「国家規模のシリアスな危機」と「ルイズ本人の極めて俗っぽい目的」の落差を徹底的に利用した構成が面白いです。
一方で、ギャグの反復・修飾語の過剰さ・性的な裸ネタの扱いは、読者層や投稿サイトによって評価が大きく分かれるポイントでもあります。
① この第7章の構造解説
この章は非常に明確な三段階のコメディ構造になっています。
第1段階:国家がパニックになる
冒頭では王立サイバー情報監視局が登場します。
最初は、
偽物の王家の秘宝 伝説の歯ブラシ 魔王の爪
などを処理する、ゆるいコメディからスタートします。
そこへ突然、
> 地下第五層守護者《大地の番人》の討伐証明素材
という、国家レベルの異常事態が出現します。
この導入はかなり上手いです。
特に、
「いつものくだらない偽物」 ↓ 「いや、これは本物かもしれない」 ↓ 「国家規模の討伐記録が存在しない」 ↓ 「じゃあ誰が倒した?」
という段階的な緊張感があります。
この部分だけ読むと、かなり本格的なファンタジー・サスペンスです。
国家側が、
> 「一体どこのどいつが、あの神話級の怪物を、私たちの知らないうちに独力で消し去ったというのだ?」
と恐怖するのも、読者からすると非常に楽しい。
なぜなら読者は、
「いや、たぶんルイズだよ」
と知っているからです。
この情報格差による笑いが、この章の大きな武器です。
② ジョーカー登場で「国家側の視点」が強化される
ジョーカーというキャラクターを投入したのも良い判断です。
彼は単なるモブではなく、
元白銀等級冒険者 現在は国家の分析役 冷静 論理的 国家規模の危機を扱える人物
として描かれています。
つまり作者は、
「普通の人が驚いている」
だけではなく、
「この世界でもトップクラスに有能な人物が理解不能になっている」
という構造を作っています。
これによってルイズの異常性がより際立ちます。
特に、
> 聖なるのかね? > 裸なのかね? > 魔女なのかね?
の三段階確認はかなり面白いです。
ジョーカーの、
「情報を論理的に処理したい」
という性格と、
「聖裸の魔女という単語が論理を完全破壊してくる」
というギャップがきれいに噛み合っています。
この章ではジョーカーはかなり良いツッコミ役になっています。
③ 最大の笑いは「国家の陰謀」ではなく「ランジェリーショップ」
ここは完全にこの章の勝ちパターンです。
国家側は、
国家最高機密 神話級モンスター 偽装の可能性 国家転覆級の脅威 特務部隊投入
と、とんでもなく深刻な話をしています。
しかし実際のルイズは、
高級ランジェリーショップで買い物中。
この落差が非常に強いです。
しかも、
> 王都のメインストリートに店を構える、高名な貴族御用達の超高級ランジェリーショップ
という地点にいる。
国家側からすると、
「未知の国家的脅威の潜伏先を発見した」
のに、
実際には、
「下着を買っている女子学生」
です。
この発想自体がかなり良いです。
④ 国家保安局 VS ルイズ
ここから章のメインイベントです。
特務部隊が、
「国家の根幹を揺るがす犯罪容疑」
としてルイズを包囲します。
しかしルイズ側は最初、
> 街頭アンケート調査ですか?
という温度感。
ここでも国家側とルイズ側の認識が完全にズレています。
国家側:
「神話級の危険人物」
ルイズ:
「なんか変な役人に囲まれた」
このズレが面白いです。
そして途中で、
> ……あ
と、ルイズがオークション出品を思い出す。
ここは非常に良いです。
なぜなら、
世界を震撼させた大事件が、ルイズにとっては単なる「出品したことを忘れていた」程度の出来事
だからです。
主人公の強さを、
「本人だけ自覚していない」
形で表現できています。
⑤ 後半の魔法実証シーン
ここはこの章のクライマックスです。
ルイズは自分の実力を証明するために魔法を実演します。
そして、
共有リンク口座 ↓ 承認ボタン ↓ 等価交換 ↓ 他人の衣服がコストとして消費される
という、ルイズらしい極めて理不尽なシステムが発動します。
ここで重要なのは、
ルイズ本人は、
「非常に合理的な魔法の実証」
として扱っていることです。
一方、被害を受けた側からすると、
人生最大級の災害。
この温度差がこの作品最大のギャグ構造になっています。
最後に、
> 「私の負けですわ、完全に本物の神話の魔力ですわ……っ」
と国家側が敗北を認める流れも綺麗です。
つまり、
国家保安局がルイズを尋問する ↓ ルイズが魔法を実演する ↓ 国家保安局の尊厳が吹き飛ぶ ↓ 国家側が全面降伏する
という完全な逆転劇になっています。
⑥ オチが非常にルイズらしい
個人的にかなり好きなのが最後です。
これだけ国家規模の事件を起こした後、
ルイズが求めたものが、
「タダ飯」
なのが最高です。
> 「美味しいお肉の入った特給のお弁当(タダ飯)」
ここにこの作品の本質があります。
ルイズは、
国家を支配したいわけでもない 世界征服したいわけでもない 権力が欲しいわけでもない
ただ、
自分の出費を減らしたい。
国家規模の事件の結末が、
「昼食代を浮かせた」
というのは非常に綺麗なオチです。
このスケール感の崩壊が『聖裸の魔女』らしいですね。
感想
率直に言うと、かなり笑いました。
特に良かったのは、
「国家側が真面目であればあるほど面白くなる」
ところです。
ジョーカーたちは本気です。
本当に国家転覆レベルの脅威だと思っています。
でも読者は、
> いや、ルイズが変な魔法を使っただけだろうな……
と察している。
この状態が非常に気持ちいいです。
シャルロットも良い役割をしています
今回のシャルロットは単なる付き添いではありません。
後半では、
国家保安局の女性局員たちにシーツを渡す役になります。
そして、
> 「わたくしたちも、つい昨日、あの奈落の第五層で、あなたたちと全く同じ……」
という経験者ポジションになる。
これはかなり面白いです。
被害者同士なのに、
なぜか先輩風を吹かせるシャルロット
という構図が成立しています。
トトの、
> 「最悪の脱衣連帯感」
というツッコミも的確です。
特に評価したいポイント
1. スケール感のコントロール:95点
国家の危機と個人の買い物をぶつける構成が強いです。
この章は、
「世界観を大きく見せながら、最終的にものすごくくだらないところへ着地する」
という技術ができています。
これはギャグファンタジーではかなり重要です。
2. キャラクター性:90点
ルイズのキャラクターはかなり固まっています。
彼女は、
天才 圧倒的に強い 数理的 合理主義 変なところで常識がない お金に細かい 食べ物に弱い
という要素がはっきりしています。
今回も、
どんな場面でもルイズらしい。
これが強いです。
3. ギャグの発想:93点
特に、
国家が神話級アイテムでパニック 聖裸の魔女という噂 下着店で逆探知 特務部隊が大真面目に包囲 魔法実証で服がコストになる 結果的にタダ飯
という流れは発想力があります。
単発のギャグではなく、
章全体が一つの巨大なコントになっています。
改善した方がいいポイント
ここからは少し厳しめです。
① 同じギャグが少し長い
この章は面白いのですが、
「全裸になった!」「尊厳が消えた!」
というギャグが後半かなり長く続きます。
一度目は強烈です。
二度目も面白い。
しかし、その後も、
尊厳 下着 全裸 聖裸 社会的死 パンツ
が繰り返されるため、読者によっては少し疲れる可能性があります。
改善案
クライマックスの爆発後は、
文章量を現在の8割程度に削る
だけでもテンポがかなり上がると思います。
ギャグは、
説明すればするほど弱くなる場合がある
ので、
最大の爆発の後は早めに次のオチへ進む方がさらに強くなります。
② 修飾語が非常に多い
これは作品全体の文体特徴ですが、
例えば、
完全に 極めて 一ミクロンも 数理的に 物理的に 脳内演算 ロジック バグ
などがかなり高頻度で登場します。
もちろん、これは作品の個性です。
ただし、
常に最大出力
なので、長編になると読者が慣れてしまう危険があります。
たとえば、
「極めて絶望的な状況」
より、
「絶望的だった」
と短くした方が、逆にテンポが良くなる場面もあります。
③ 真面目な世界観設定が重複している
監視局パートとジョーカーパートで、
《大地の番人》がどれほど危険か、
かなり似た説明が二度あります。
もちろん、
「一般監視官」 ↓ 「ジョーカー」
という視点変更には意味があります。
ただ、
情報としては少し重複しています。
ここは改善可能です
最初の監視局パートで、
「歴史上九回しか討伐されていない」
というインパクトを出したなら、
ジョーカー側では数字を繰り返すより、
「だからこそジョーカーが信じられない」
という心理描写中心にした方がさらに締まります。
商業作品として見た場合
ギャグラノベとして:かなり強いです
特に、
WEB小説系のハイテンションギャグファンタジー
として考えると、読者を引っ張る力があります。
タイトルと作品内容の一致度も高いです。
『聖裸の魔女』という作品名を見た読者が期待する、
「一体なんなんだこの作品は」
という方向に、しっかり応えています。
ただし注意点
この章には、
裸・下着を中心としたギャグ
が多く含まれています。
そのため、
コメディとして楽しめる読者 こうしたギャグが苦手な読者
で評価が大きく分かれるでしょう。
また、登場人物が学生である設定の場合、性的な見せ方になりすぎないように、今後もコメディ・非露骨な表現に徹するのが安全だと思います。
今回の章は基本的にはギャグとして処理されていますが、商業作品を意識するなら編集段階で表現の整理は入る可能性があります。
項目別採点
| 項目 | 点数 | 評価 | | | : | | | ストーリー構成 | 89点 | 国家の危機からコメディへの落差が強い | | キャラクター | 92点 | ルイズの個性が非常に明確 | | ギャグ | 94点 | 発想と落差が強い | | 会話 | 90点 | ジョーカーやトトのツッコミが良い | | 世界観 | 88点 | 国家機関の視点追加で広がった | | テンポ | 82点 | 後半の反復がやや長い | | 文章 | 80点 | 個性は強いが修飾過多 | | 商業性 | 86点 | 刺さる層には強烈に刺さる |
最終評価
87点/100点
この章の最大の魅力
> 世界を揺るがす神話級の事件を、最終的に「タダ飯を手に入れる話」へ落とすところ。
ここが本当に作品らしいです。
特に今回、
国家の情報機関 → 国家保安局 → 特務部隊 → 神話級モンスター → 最高位魔法
と、どんどん話の規模を大きくしたうえで、
最後のルイズの目的が、
> 「お肉の入った弁当を出してもらえますか?」
なのは非常に良いオチでした。
そして最終的に国家側が、
「この人物には絶対関わるな。特に共有リンク口座の承認画面では[N]を押せ」
という極秘マニュアルを作るところまで含めて、この第7章は一本の完成したコメディとしてまとまっています。
一言で評価すると、
「発想力とキャラクターの強さで押し切る、非常に勢いのあるギャグ回。少し削れば、さらに爆発力が増す章」
です。
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◀第06章『銭ゲバ魔女の収支報告と、消えない呪い』③
▶第08章 異常なダンジョン
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