第一章:戦場の選定、あるいは等身大フィギュアへの遠き道 真宮寺教授
研究室の重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたのは、大学院生の若葉だった。彼女の纏う空気は、春の嵐というよりは、物欲という名の熱帯低気圧に近い。 若葉:「教授! ウチ、今日こそはドカンと当てて、あの超高級な等身大フィギュア買いたいんです! 予約締切が迫っとるんよ!」
神宮寺教授は、デスクの上に広げられた三体のホログラム・ディスプレイから視線を外さず、冷徹な声で応えた。 神宮寺:「若葉、その騒音レベルはデシベル計で測るまでもなく受忍限度を超えているわ。それに、競馬を『ドカンと当てる』というギャンブル的思考で捉えているうちは、あなたは一生そのプラスチックの塊を手に入れることはできないでしょうね」 若葉:「ええっ、そんなん殺生や! 教授、あんたは天才なんやろ? データの魔術師、確率の支配者、そして今期アニメの『魔法少女マジカル・データ』のモデル疑惑まである、あの神宮寺教授やんか!」 神宮寺:「……最後の情報はどこから仕入れたのかしら。佐倉くん、後で詳しく聞き出しておいて」
神宮寺の傍らで、うず高く積まれた資料を整理していた助手の佐倉が、苦笑しながら眼鏡を押し上げた。 佐倉:「わかりました、教授。若葉さん、落ち着いてください。教授は今、今週開催される複数の重賞レースについて、どの戦場が最も『論理的な勝利』を収めやすいかを選定しているところなんです」 若葉:「そうなん? 佐倉助手! ほな、ウチにピッタリの『億万長者コース』はどれや?」
若葉が身を乗り出してホログラムを覗き込む。そこには三つのレース名が浮かんでいた。
中山牝馬ステークス(GIII) フィリーズレビュー(GII) 弥生賞ディープインパクト記念(GII)
神宮寺:「まず、中山牝馬ステークス。これは論外よ。いい、若葉? 競馬には『ハンデ戦』という悪魔のシステムがあるの。重い荷物を背負わされた実力馬と、羽根のように軽い荷物で走る伏兵。さらに気まぐれな女の子牝馬たちの戦い。過去10年、一番人気の馬が勝った確率は驚異のゼロパーセント。これはもはやレースではなく、闇鍋パーティーだわ」 若葉:「ゼロ!? そらアカンわ。ウチ、闇鍋は嫌いや。こないだの飲み会でチョコバナナと納豆入れたん誰やねん」 確率は残酷だわ。人間は数字で未来を飼い慣らそうとするけれど、馬の心までは計算できない。特にこのレースは、データの外側にある『運』の要素が強すぎる。初心者にギャンブルの洗礼を受けさせるには最適だけれど、私の『美学』には反するわね。不確定要素を削ぎ落とした先にしか、真実は見えてこないのだから。 神宮寺:「フィリーズレビュー。これも却下ね。1400メートルという短距離に、これからスターを目指す女の子たちが20頭以上もひしめき合う。スタート直後のポジション争いは、まるで限定グッズの物販列に並ぶオタクたちのよう。接触、進路妨害、何でもありの格闘技よ。一番人気が勝てない呪いはここでも健在だわ」 若葉:「物販列……! それは死闘やね。ウチもこないだのイベントで始発から並んで、目の前で完売した時の絶望感と言ったら……。教授、そんな地獄にウチを放り込まんといて!」 佐倉:「落ち着け、若葉さん。だからこそ、教授は三つ目のレースを選んだんだ」
佐倉が穏やかに解説を引き継ぐ。 佐倉:「弥生賞ディープインパクト記念。これこそが、我々が今週挑むべき戦場です。若葉さん、このレースの特徴を見てください。登録馬が少なく、実力差がはっきりしている。そして何より、全馬同じ条件、同じ重さの荷物を背負って走る『馬齢戦』だ。余計なハンデの駆け引きがない」 若葉:「おっ、なんか真面目なレースっぽいな! 佐倉助手、具体的に何がええのん?」 神宮寺:「過去10年で、一番人気の馬が三着以内に入る確率は70パーセント。頭数も11頭前後と少なく、馬たちの走るスペースも十分にある。つまり、実力のある馬が、実力通りに走り、実力通りに結果を出す可能性が極めて高いということ。データの再現性を信じるならば、ここ以外に選択肢はないわ」 若葉:「なるほど……。的中率重視ってことやね! でも教授、配当が安くなるんちゃう? ウチ、等身大フィギュアが……」 神宮寺:「若葉、投資の基本は『負けないこと』よ。外れればゼロ、当たればプラス。その積み重ねがフィギュアへの最短ルートなの。それに、このレースには『堅実な表面』の裏側に、まだ誰も気づいていない『論理的な穴』が隠れている予感がするわ……。私の直感が、このデータ群の中にノイズを感じている」 若葉:「ノイズ……? 教授、かっこええやん! まるで見昨日の深夜アニメのラストシーンみたいや!」 神宮寺:「……昨日の深夜アニメ? ああ、あの第三話で急に作画が怪しくなった作品のことかしら? あの展開の裏切り方は、データ的には予測可能だったけれどね」
神宮寺教授は不敵に微笑み、ホログラムを操作して、登録馬の一覧を表示させた。 神宮寺:「さあ、佐倉くん。若葉に競馬の、いえ、世界の構造を教えてあげましょう。ターゲットは『弥生賞ディープインパクト記念』。まずは、この中に紛れ込んだ『走る必要のない馬』たちを、論理という名のメスで切り捨てていくわよ」 佐倉:「了解です、教授。若葉さん、ノートの準備はいいですか? ここからが本番ですよ」 若葉:「任せとき! ウチのペンは、今すでに火を噴きそうやねん!」 一番人気が強い。少頭数で紛れがない。……そんな教科書通りの回答を、私が心の底から信じているとでも? 競馬というカオスにおいて、『論理』ほど疑わしいものはない。それでも、私たちは数字を積み上げるしかないのだけれど……。さあ、この茶番がどこまで真実に近づけるか、試してみましょうか。
第二章:第一次選定、あるいは「落選」の美学
研究室の空気は、解析ソフトが吐き出す熱気と、若葉が持ち込んだコンビニの「激辛明太ポテトチップス」の匂いで奇妙に混ざり合っていた。神宮寺教授は、眉間にしわを寄せながら、11頭の馬名が並ぶホログラムを睨みつけている。 神宮寺:「さて、佐倉くん。準備はいいかしら。今から行うのは、いわゆる『オーディション』の第一次審査よ。キラキラした夢を抱いて集まった若駒たちの中から、論理という名の不採用通知を叩きつける冷酷な作業。ワクワクするわね」 佐倉:「教授、言い方が相変わらずドSですね……。若葉さん、驚かないでくださいね。これがこの研究室の『日常』ですから」 若葉:「ええよええよ! ウチ、こういう選抜モノの番組大好きやねん! 最初に落ちるんは誰や? 歌が下手な子か? それともダンスが盆踊りになっとる子か?」 神宮寺:「競馬はエンターテインメントである前に、残酷な統計学よ。若葉、まずはこの子を見て」
神宮寺が指差したのは、モウエエデショーという名前だった。 若葉:「モウエエデショー? 名前はめっちゃ強そうやん! 『もうええでしょ!』って言いながらライバルを突き放す感じやろ?」 神宮寺:「逆よ。むしろ『もうええでしょ(勘弁してください)』とファンが泣きたくなるようなデータだわ。佐倉くん、この子の経歴を初心者の若葉にもわかるように説明してあげて」 佐倉:「はい。若葉さん、この馬はですね、プロの舞台に上がるための『予選(未勝利戦)』を勝ち上がるのに4回もかかっているんです。しかも、最後に勝ったのは小倉という、今回の戦場である中山とは全く質の違う、いわば『地方の小さなライブハウス』なんです」 若葉:「ライブハウス……? 広いステージじゃないん?」 佐倉:「そう。中山競馬場は『日本武道館』のような、急な坂があって、非常にタフさが求められる場所。そんな場所で、プロデビューに手間取った子が、いきなりトップクラスの精鋭たちと戦って勝てると思う?」 若葉:「ううむ。のび太くんがジャイアンとスネ夫と出木杉くんを相手に、いきなり100メートル走で勝とうとするようなもん?」 神宮寺:「良い例えね。しかもこの子、中山のコースですでに何度も走って、ボロ負けしているの。データ的に見て、ここでいきなり覚醒して魔法少女に変身する確率は、私が明日からアイドルデビューする確率より低いわ」 統計上の足切り。それは「情」を捨てる行為。でも、数字の裏にある馬たちの努力を切り捨てるたびに、自分の心が少しずつ機械化していくような錯覚を覚えるわ。……いや、そんなセンチメンタルは不要。私はただの、観測者なのだから。 若葉:「ほな、モウエエデショーくんは落選やね。バイバイや! 次は?」
神宮寺は、次にメイショウソラリスの名前を赤く染めた。 神宮寺:「この子は、すでに一度『大きな模試(重賞)』を受けて、11頭中の11位、つまり最下位を叩き出しているわ。しかも、その時の『実力スコア(指数)』が86。今回の合格ラインは105以上よ。若葉、あなたならこの子を合格させる?」 若葉:「うわっ、それは厳しいなぁ……。佐倉助手、86点と105点って、どれくらい違うん?」 佐倉:「そうですね……。100メートル走で言えば、勝ち馬がゴールした時に、まだ20メートルくらい後ろで必死に足を回しているくらいの差です。しかも前走で大敗したショックというのは、馬にとっても大きい。今回、メンバーのレベルはさらに上がるんです。逆転のシナリオが、どこにも見当たりません」 若葉:「なるほど。一回赤点取った子が、いきなり全国模試でトップ狙うんは無理があるってことやね。納得や!」
「そして、最後はこの子。バリオス」 若葉:「ええっ! この子、前走のデビュー戦で勝っとるやん! ピカピカの新星やないの?」 神宮寺:「そう、そこが罠なのよ。若葉。佐倉くん、この『一発屋』の危険性を教えてあげて」 佐倉:「バリオスは確かにデビュー戦を勝ちました。でも、キャリアはたったの『1戦』。弥生賞という過酷なレースを過去に勝った馬たちのデータを調べると、例外なく3回以上は実戦を経験しているんです。中山の急坂は、経験の浅い若駒にとっては、迷路に放り込まれたようなものなんですよ」 若葉:「ええーっ! 才能だけじゃあかんの? 最近のアニメの主人公みたいに、最初からチート能力で無双できへんの?」 神宮寺:「アニメと現実は違うのよ、若葉。競馬は『経験値』という名の武器が必要な戦場。まだ一度も敵と剣を交えたことがない子が、歴戦の勇者たちに囲まれて、最後まで冷静に走れると思う?」 若葉:「……確かに、ウチも初めてのバイトでレジ打ちした時は、テンパってお客さんに『温めますか?』って聞くところを『お幸せですか?』って聞いてもうたわ。経験値、大事やね……」 神宮寺:「結論は同じよ。モウエエデショー、メイショウソラリス、バリオス。この三頭は、私たちの検討リストから永遠に抹消される。論理的に見て、彼らが掲示板に乗る姿は、私の網膜には映らない」 若葉:「よっしゃ! 三頭消えた! これで残り8頭や! だいぶ絞れてきたんちゃう?」 信じる……。科学者には、最も似合わない言葉ね。さあ、次は第二次選定。さらに深く、残酷に、この『弥生賞』という迷宮を解剖していくわよ。
第三章:第二次選定、あるいは「血と格差」の断頭台
研究室のホワイトボードには、生き残った8頭の馬名が誇らしげに並んでいる。しかし、神宮寺教授の瞳は、それらを慈しむどころか、顕微鏡で有害な細菌を観察するかのように冷徹だった。 神宮寺:「さあ、第二次オーディションを始めるわ。ここからは『なんとなくダメ』じゃない。DNAレベルでの適正と、過去の膨大な死屍累々が築き上げた『呪いの法則』に従って、さらに絞り込んでいくわよ」 若葉:「教授、ホワイトボードの横に盛り塩した方がええんとちゃう? 雰囲気が怖すぎるわ!」 神宮寺:「若葉、オカルトに頼るのはデータが尽きた時だけよ。佐倉くん、例の『血統と実績の複合フィルター』を起動して」 佐倉:「了解です、教授。若葉さん、ここからの審査基準はさらに厳しくなりますよ。まずは、このステラスペースから見ていきましょう」 若葉:「ステラスペース! なんかSFアニメの戦艦みたいでかっこええやん! ウチ、この子応援したいわ!」 佐倉:「残念ですが、この馬のお父さんはレイデオロ。つまり、日本競馬界の絶対王者であるサンデーサイレンスの血を継いでいない『非サンデー系』なんです」 若葉:「お父さんがサンデーさんやないとアカンのか? 差別や! 血筋差別や!」 神宮寺:「差別ではなく、統計学的な『不適合』よ。中山2000メートルにおいて、過去10年の三着以内30頭中、実に25頭がサンデーサイレンス系なの。それ以外は、ただの『持続力不足の部外者』に過ぎないわ。さらに前走G3で5着以下に敗れた馬の巻き返し確率は5%未満。ステラスペースはこの二重の呪いに挟まれているの」 血統は物語であり、残酷な設計図。抗えない宿命を数値化するのは心が痛むけれど、勝負の世界に「もしも」は存在しない。ステラスペース。君の血が輝く舞台は、ここではない。ただそれだけのこと。 若葉:「わかった、ステラスペースくん、焼かれる前にお好み焼きの具材になる前に落選や!」 神宮寺:「次は、宝石の名前を持つアメテュストスね」 若葉:「宝石! ウチ、最近『宝石の国』を読み返してボロ泣きしたばっかりやねん。この子は守ってあげたい!」 佐倉:「若葉さん、残念ながらこの馬の実力指数は104で止まっています。今回求められるのは108以上。つまり、現時点での『能力の天井』が完全に見えてしまっているんです」 若葉:「天井……。若手の声優さんが『この役が一生の代表作やな』って悟ってしまうようなもん? もう上にはいかれへんの?」 神宮寺:「ええ。厳しいようですが、一度『頭打ち』になった子が、いきなり覚醒することは稀よ。キラキラしとるだけじゃ、この坂道は登れないわ。落選よ」 神宮寺:「最後は、バステール。新馬戦2着、未勝利戦1着。ピカピカの戦績ね」 若葉:「負けてないやん! この子はエリートコースやろ? さすがにこの子は残るんちゃう?」 佐倉:「逆です。バステールはキャリアわずか2戦。未勝利勝ちから直行して好走したのは過去10年でわずか2頭。この馬は重賞の厳しい流れを一度も経験していない『温室育ち』なんです」 若葉:「ひええ……! まるで『ダンジョン飯』のレッドドラゴンに初心者が挑むようなもん? 丸焼きにされてまう……」 神宮寺:「わかってきたじゃない。ステラスペース、アメテュストス、バステール。この三頭も、私たちの視界からは消えてもらうわ。これで残ったのは、たったの5頭よ」 これで残った5頭。パントルナイーフの指数111、アドマイヤクワッズの112。これらは確かに強力。けれど、理論は完璧なはずなのに、何かが足りない。まるですべてのパズルが揃っているのに、完成図が歪んでいるような……。 若葉:「ひええ、あんなにおったのに、もう5頭だけ? 寂しいなぁ……」 神宮寺:「寂しがっている暇はないわ。ここからは、この5頭の中で誰が最も『王座』に近いか、順位をつける『格付け』の時間よ」
第四章:TOP5の格付け、あるいは「距離の壁」という名の絶望
研究室の大型モニターには、生き残った5頭の精鋭たちが映し出されている。もはや「走る必要のない馬」はいない。ここからは、誰が一番「勝利の女神」に愛される資格があるかを決める、残酷な格付けの時間だ。 神宮寺:「いい、若葉。ここからが真のデータ・アナリシスよ。単に強い馬を選ぶのではないわ。この中山2000メートルという『迷宮』に最も適したパズルのピースを探し出すの」 若葉:「パズルのピース! 教授、それってパズルを完成させたら、願いが叶うとかいう伝説の……」 神宮寺:「それは千年パズルか何かの話かしら? 競馬のパズルを完成させても、手元に残るのは的中馬券か、ただの紙屑のどちらかよ。佐倉くん、まずは第5位から発表して」 第5位:タイダルロック
理由:中山2000mの経験は豊富だが、すでに底が見えている。非サンデー系の血統背景も、勝ち負けには不向き。 若葉:「タイダルロック! 潮の岩! 海の男って感じで強そうやん!」 佐倉:「若葉さん、名前は爽やかですが、中身はかなり苦しいです。すでにこのコースを2回走って最高4着。つまり限界がバレているんです。おまけに父モーリスは非サンデー系。重い呪縛となります」 若葉:「足首に重りつけられた囚人さんやったん……」 タイダルロック。経験はある、実績もある。けれど「爆発力」がない。統計学で言うところの期待値が一定で、上振れが期待できない馬。彼らは常に走り続け、そして常に誰かの背中を見送る運命にある。 第4位:テルヒコウ
理由:重賞実績はあるが、上位馬との力関係がすでに決着済み。2000mへの距離延長もリスク。 神宮寺:「続いて第4位。若葉、残念ながら競馬に飛行機能は実装されていないわ。この子は大きなレースで4着になったけれど、今回の上位陣に完敗しているの。逆転の論理的根拠が見当たらないわ」 若葉:「空飛ぶ予定が、滑走路で足踏み状態か……。世知辛いなぁ」 第3位:ライヒスアドラー
理由:中山での勝利経験があり、タフなコース適性は高い。しかし、非サンデー系の血が「1着」への道を阻む。 佐倉:「第3位はライヒスアドラーです。馬券圏内(三着以内)に食い込む確率は高いですが、血統の壁が厚い。過去10年、このレースで非サンデー系の馬が勝った例はゼロ。勝ち切るまでには至らない、それがデータの限界です」 若葉:「帝国も血筋には勝てんのか……。最近の転生モノでも結局は血筋やもんなぁ……」 神宮寺:「さあ、残るは2頭。ついに頂上決戦よ」 第2位:アドマイヤクワッズ
理由:実力・指数(112)ともに最強クラス。しかし「1600mしか走っていない」という距離延長が最大の毒。折り合いを欠けば沈む。 若葉:「一番人気になりそうな子が2位? なんでやの教授!」 神宮寺:「マイルのスピードで走り続ける馬にとって、最後の400メートルの延長と中山の急坂は地獄の苦しみよ。能力だけで押し切る可能性はあるけれど、論理的には全幅の信頼は置けないわ」 第1位:パントルナイーフ
理由:重賞完勝(指数111)、中山1800mでの圧勝実績。1800mからの200m延長はリスクが最小。能力と適性の黄金バランス。 佐倉:「栄光の第1位はパントルナイーフです。アドマイヤクワッズが『1600mからの延長』なのに対し、この子は『1800mからの延長』。わずか200メートルの差ですが、これが決定的な差になります」 若葉:「画家のパントルくんが坂道をスイスイ登って、優勝の文字を書くってわけやね! 決まった!」 パントルナイーフの指数111、アドマイヤクワッズの112。これらは確かに強力。けれど、データが美しく揃いすぎている。もしもこのレースが「理屈」が通用しないほど荒れるとしたら? 誰かが私の計算式にノイズを放り込んでいるとしたら? 神宮寺:「若葉、私はこの『正解』を疑っているわ。佐倉くん、もしもこの1番人気、2番人気が同時に飛ぶような『大波乱』が起きるとしたら……そこまで考え抜かなければならないわ」 佐倉:「了解です。若葉さん、次はダークサイドへの潜入です。心の準備はいいですか?」 若葉:「ウチ、怖くなってきた……。でもフィギュアのために付いていくわ!」
第五章:波乱のシナリオ、あるいは「闇堕ち」する解析学
研究室の照明がいつの間にか落とされ、複数のモニターから放たれる青白い光が三人の顔を怪しく照らし出していた。神宮寺教授は、まるでお気に入りの悪役(ヴィラン)が覚醒するシーンを待つかのような、不敵な笑みを浮かべている。 神宮寺:「いい、二人とも。ここまでは『光』の世界の話。つまり、順当に、理屈通りに物事が進んだ場合のシミュレーションよ。けれど、競馬の神様は往々にして意地悪。もしも人気馬が飛ぶ『大波乱』が起きるとしたら、評価を根本から反転させる必要があるわ」 若葉:「きょ、教授……。なんか雰囲気が完全に『ラスボス』のそれやんか。背景に黒い翼が見えそうやで!」 佐倉:「これは教授なりの『リスクヘッジ』なんですよ。人気馬が中山の急坂で力尽きた時、この戦場は『地獄のサバイバルレース』へと変貌します。その地獄を生き残る『真の怪物』を特定しましょう」 若葉:「地獄のサバイバル……! よし、覚悟決めたわ! そのダークサイドのTOP5、教えてや!」 第5位:アドマイヤクワッズ 第4位:パントルナイーフ
理由:波乱シナリオにおける「最大の犠牲者」。1600m~1800mのスピードで指数を稼いだ彼らにとって、中山2000mのタフな消耗戦は、スタミナ切れの毒となる。 スピード指数112。それはあくまで『マイル』という短い距離での数値に過ぎない。もしレースが淀みのない消耗戦になったら? 肺が焼け、筋肉が悲鳴を上げる中山の坂で、そのスピードはただの『重荷』に変わる。彼らは王座から転落する最も美しい生贄なのよ。 佐倉:「彼らは二人とも2000メートルが初めてです。もし展開が激しくなれば、スマホの充電がボス戦の途中で1%になるような絶望に直面します」 若葉:「スマホの充電1%! 必殺技出す前に画面真っ暗や! ほな、その地獄で笑うんは誰なん?」 第3位:テルヒコウ 第2位:ライヒスアドラー
理由:上位馬に瞬発力では劣るが、「バテないしぶとさ」を持つ。人気馬が自滅するサバイバル展開で、HP(体力)の高さが活きる展開。 神宮寺:「第2位ライヒスアドラー。新馬戦で中山を勝ち上がっている実績は大きく、コース経験がモノを言うわ。人気馬が苦しむ中、しぶとく抜け出すシナリオが描けるわね」 若葉:「『地味な俺が実は最強』系の主人公みたいやな! で、教授。その頂点……波乱の王は?」 第1位:タイダルロック
理由:唯一の中山2000m重賞(京成杯)での掲示板実績。スピード不足が、消耗戦においては「確実なスタミナの生存証明」へと反転する。 神宮寺:「究極の穴馬……それは、タイダルロックよ」 若葉:「あの『海の囚人』くんか!? なんでやの!」 佐倉:「タイダルロックは唯一、この舞台での完走が証明されているんです。指数107という平凡な数値が、極限の消耗戦においては『最後まで走り切る力』へと化けます。これぞ逆転の真実ですよ」 若葉:「弱みが強みに変わるなんて、サブキャラが最終回で大活躍する展開やん! 教授、ウチ、タイダルロックくんのこと好きになってきたわ!」 でも、若葉。忘れないで。これはあくまで『もしも』の話。そして、この私の分析すらも、所詮は数字という名の『まやかし』かもしれないわ。
第六章:不確実性の円舞曲、あるいは「信じない」ための結論
研究室の窓の外では、深夜の静寂が大学のキャンパスを包み込んでいた。モニターに表示された「パントルナイーフ」と「タイダルロック」という二つの名前が、青白く、どこか挑戦的に光っている。 神宮寺:「……というわけで、若葉。これが私たちの旅の終着点よ。理屈が勝つならパントルナイーフ。理屈が壊れるならタイダルロック。これ以上ないほど、美しく、そして危うい二段構えだわ」 若葉:「決まった……! ついに決まったで、教授! 1位の画家くんと、逆転の海の男! これでウチの等身大フィギュアは手に入ったも同然や! 予約ボタン、ポチる準備は万端やで!」 佐倉:「若葉さん、まだ早いですよ。競馬に『絶対』はありませんから。教授、最後にあの『疑念』について話しておかなくていいんですか?」 若葉:「え、またそれ? なんでやの、教授! 講義は完璧やったやんか!」 神宮寺:「弥生賞というのは、あくまで『予選』なの。多くの馬にとっての目標は、その先にある皐月賞や日本ダービー……つまり『本番』よ。トップクラスの馬ほど、ここでは8割の力しか出さない『叩き台』として使うことがある。逆に権利が欲しい馬は120パーセントで来る。この『熱量』の差は、指数には現れないわ」 若葉:「ひええ……! それじゃあ、データの上の実力差なんて、一瞬でひっくり返るやんか!」 データは嘘をつかない。けれど、馬も人間も、データ通りに動くほど素直ではない。この結論も、私が自分自身の論理を肯定したいがための心地よい幻覚ではないかしら。昨日のアニメの作画崩壊のように、現実もまた、予期せぬ場所から崩れていくものなのよ。 ―― 最終考察の結論 ――
本命候補:パントルナイーフ (論理的必然。能力と適性の黄金比)
逆転穴馬:タイダルロック (消耗戦の覇者。スタミナの生存証明) 若葉:「教授……。それ言ったらおしまいよ! ウチ、何を信じたらええのん!」 神宮寺:「何も信じなくていいのよ、若葉。競馬も、科学も、そしてアニメの展開も、不確実だからこそ面白いの。私たちは、ただその不確実性を、少しだけ数字で照らしてみたに過ぎない。……さあ、帰りましょう。脳がオーバーヒートして、もっともらしい嘘(ハルティネーション)を吐き出す前にね」 佐倉:「若葉さん、フィギュアの予約はレースの結果を見てからでもいいんじゃないですか?」 若葉:「……せやな。ウチ、ちょっと冷静になるわ。帰りにコンビニでイチゴ大福買って帰るわ。……あ、でも大福も中身のイチゴが酸っぱいかもしれんっていう『不確実性』があるんやね……」 神宮寺:「それは単なるハズレよ、若葉。……おやすみなさい。週末の中山に、真実は落ちているのかしらね」
神宮寺教授が研究室の照明を消すと、暗闇の中に最後まで残ったのは、モニターの隅で点滅する「的中」という文字の空虚な輝きだけだった。 結局、私たちは何も分かっていないのかもしれない。でも、それでもいい。解けない謎があるからこそ、解析はやめられないのだから。……ふふ、もしタイダルロックが勝ったら、私もあの等身大フィギュア、買ってみようかしら。研究資料としてね。
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